日常への帰還
R4アフター うだうだランス◇2007/07/31 R4
魔法使いから力を吸収し無限に回復する闘神ユプシロン。
シィルが奴の増幅装置であるポッドに閉じこめられ形勢不利になった時、シィルは自分に向けて攻撃魔法を撃ち、
ポッドを破壊して俺様を勝利に導いた。
それはまあ、俺様の奴隷として当然の行為なのだが、戦闘が終わり動かなくなったシィルを目の当たりにして、
常に冷静沈着な俺様らしからぬ、非常にこっ恥ずかしい態度をとってしまったようだ。
無論、マリア達には冷静に脱出の指示を出したのだが、その後、シィルと二人っきりになったところで……
いや、アレはほんの気の迷いだな。確かに便利な奴隷ではあるが、シィルが死んだと思いこんでたからって、
俺様が涙を流すなどあり得ん。頬が濡れていたのは、狭い部屋で激しい戦闘をしたから、
埃が目に入っただけだ、うむ、ただそれだけだ。
あの時、シィルが本当に死んでいたら、墜落するイラーピュにそのまま身を任せてもかまわない、なんて、
俺様ともあろうものが、全くどうにかしていた。
◇◇◇
「ランス様、さっきから何をぶつぶつおっしゃってるのですか?」
結局、無事地上に降り立った俺様とシィルは、自宅のあるアイスに向かって歩いていた。
「……」
道中、イラーピュでのことを思い出していたのだが、ついうっかり、変なことを口走ってしまったのだろうか。
シィルの表情を伺ってみるが、にこにこ笑ってるのはいつもの事だし、よくわからない。
「ランス様?」
「……何でもない」
ぷいっと、シィルから顔を背けて、すたすた歩き出す。
「ま、待ってください、ランス様あ」
シィルが慌てて追いかけてくる足音が聞こえる。おそらく、泣きそうな顔をしているのだろう。
ほんの少し立ち止まってやればすむ事ではあるが、これ以上シィルをつけあがらせるわけにはいかん。
シィルは奴隷で俺様はそのご主人様、その前提を崩すわけにはいかないのだ。
シィルを失う時、そんな時は絶対に来ない。なぜなら俺様は天才だからだ。
天才だから、道具の管理は完璧だ。自分の道具をなくすなんて、絶対にあってはならない事だ。
「……?」
ふと、シィルの足音が聞こえない事に気づく。振り返ってみると、かなり距離が離れている。
「ちっ、何やってるんだ、愚図が」
仕方なく立ち止まり、のろまな奴隷を待ってやる事にする。
俺様が待っている事に気づいたのか、シィルは顔を上げ、少し嬉しそうな顔で走ってきた。
「走れるならもっと早く走らんか」
「はあはあ、ず、ずっとは走れません……」
思えば素っ裸でイラーピュに飛ばされたのに、様々な武具防具、アイテムを手に入れ、
こうしてシィルに背負わせて帰路に就いている。やはり俺様は天才だ。
「ら、ランス様」
重い荷物を背負って走ったため肩で息をしながら、シィルはそれでも笑顔を作ってみせる。
「無事、お家に帰れそうで……よかったですね」
「そうだな、アイテムもたんまり手に入れたし、しばらくは遊んで暮らせるな」
「はい!」
さらに嬉しそうな顔になるシィル。む、いかん、誤解させたか?
「別にお前と遊ぶとは言ってないぞ、アイテムを売っ払った金で飾り窓のおねーちゃん達と……」
「うっ……」
たちまち、シィルの目に涙がたまる。
こう、ころころと表情を変えるところは、飽きが来なくて非常に良い。
◇◇◇
……それにしても、これからどうするか。さっきシィルに言ったとおり、しばらくの間は遊んで暮らせるだろう。
しかしその金が尽きた時。冒険に出るにしても、またシィルにもしもの事があったら心配……いや、えーと、
なんだ、ほら……そう、迷惑、だ。奴隷のくせに、ご主人様に心配……じゃなくて迷惑をかけるなんて、
許される事ではない。
だからといって、一人で冒険に出かけるのも面倒くさい。女冒険者と別れてシィルを引き取るまでの二年弱は、
一人で冒険に出ていたが、今更荷物を自分で持ったりなんだりするのもな。
「ランス様……」
「うるさい、俺様は今、大事な考え事をしているのだ、邪魔をするな」
シィルに怒鳴りつけてから、さらに考えを進める。
冒険の時もそうだが、家でだらだらしている時、うっかりシィルに優しくしてしまいそうな予感がする。
……いや、まあ、道具を大事にする事も紳士のたしなみではあるが、あまり優しくすると、
俺様に愛されているとシィルが勘違いするおそれがある。
もちろんシィルという便利な道具を手放すなんて馬鹿な真似をする気もないが、
二人っきりの生活は、今後いろいろと面倒そうだ。
「ランス様……」
「ああもう、何だよさっきから!」
できるだけ不機嫌な表情を作って振り向くと、そこにはシィルともう一人、
長い髪を二つ結びにした女の子がいた。えーと、こいつは確か……
「あー……あんてな5号だっけか?」
「あてなはあてな2号れすよ」
「あてなちゃん、フロストバインさんに人間の勉強をしてこいって、言われたんだそうですよ」
「あてな、ご主人様のところでお勉強したいのれす」
あてな2号、天使の蜜と悪魔の蜜を集めて完成させてやった人造人間だ。
戦闘能力は高かったし、シィルの代わりに冒険に連れて行けるかもしれん。
「うーん……」
「あてな、頑張るのれす、だから……」
「ランス様、あてなちゃんも連れて行ってあげませんか?」
「ふん、まあいいだろう、ただし面倒はお前が見るのだぞ、シィル」
「ランス様、ペットじゃないんですから」
「いーやペットだ、あてな、お前俺様のペットでいいよな?」
「わーい、あてな、ご主人様のペットれす、わんわん、それともにゃんにゃん?」
大喜びのあてなと納得いかないような顔のシィル。
その頭をぽかぽかと殴りつけてから、二人に背を向ける。
「そうと決まればもたもたしている暇はない、さっさと家に帰るぞ!」
「はい、ランス様」
「あいあいさー」
今後の冒険のお供と、二人っきりの気まずさを紛らわせる存在。
その両方を兼ね備える新しいペットができた事で、俺様はほっと胸をなで下ろし、
アイスへ向かう街道を足取り軽く歩き始めた。