黒い魔剣
カオスとガイ◇2007/06/15 世界観妄想
魔人に恋人を殺され復讐を誓った男は神に謁見し、魔人を倒す力を望み、受け入れられた。
だが、その形は、男が望んだものではなかった。
男と同じように魔人を倒す力を望んだ女は、出身地であるJAPAN特有の剣、日本刀へと姿を変えられた。
そして、その男カオスは、黒い剣に自身が変化したことを知った。
あれからどれほどの時が経ったのだろう。
カオスが憎んだ魔王ジルは、未だ魔王の座に就いている。腕に覚えがあるものを諭し魔王に挑ませてみたが、
魔王に対する畏怖とカオスの深い憎悪に蝕まれ、誰もが魔王を倒すことなく散っていった。
「あの黒い剣は魔剣だ」
カオスを手に魔王に挑んだ者が精神を崩壊させている様を見た人々は、そう噂しあった。
『危険な魔剣』と認識されたカオスはとある教会に封印された。
(これではいつまで経っても復讐……いや、魔王を倒すことなどできないではないか)
剣となった身では単独で魔王と戦うことはできない。焦れるカオスの念が、
魔剣と呼ばれるにふさわしいオーラに変わるのは、時間の問題だった。
「お前が魔人を、いや、魔王をも斬れる剣か」
すっかりふて腐れていたカオスに声をかけてきた男は、ガイと名乗った。
「お主、儂が怖くないのか?」
「持ち手の心を蝕むという噂か?ならば恐れてはいない」
ガイはカオスの懸念を笑い飛ばした。卓越した剣の腕、そして『禁呪』に属する魔道を極めた頭脳。
魔法剣士ガイは、二重人格のハンデを逆手にとり、ただ、魔王を倒すことに執念を燃やしてきたのだという。
「魔王を倒すためにはなりふり構わぬ、か……儂と同じじゃのう」
カオスはそのオーラをガイに向かって伸ばす。
「同じ目的を持つ者よ、お主を儂の使い手と定めよう」
◇◇◇
カオスとガイは、魔王ジルを後一歩のところまで追いつめることに成功する。
「……人間ごときが」
「黙れジル、これでお主ももう終わりじゃ、やれ!」
圧倒的な優位を確信したカオスが、使い手であるガイに叫ぶ。だが、ガイは動かなかった。
「……」
「どうしたガイ、あとひと突きでジルは死ぬぞ!」
カオスの脳裏をいやな予感が掠める。カオスの柄を握る手が、細かく震えていた。
「ガイ!」
善と悪の相反する人格を持つガイ。魔王を倒し人類が安心して暮らせる世界を望んだガイの中の善。
そして、ジルの人類奴隷化政策に賛同するガイの中の悪。
「あら……風向きが変わったようね」
ガイの異変をめざとく見つけたジルは、唇の端で小さく笑った。
「そんな……ここで『悪』の人格が現れるなど……」
ジルの微笑みに微笑みで応えるガイの顔を、カオスは絶望のオーラで見た。
ガイののど笛に食らいつくジル、それを喜悦の表情で受け入れるガイ。
見たくもない光景が、カオスには手に取るように感知できる。
「これからは私の魔人として働いてもらうわね、ガイ」
すっかり魔人と化したガイの目が不意にぎらりと光り、打ち捨てられたカオスを手に取った。
「巫山戯るな!私はお前を倒すため……」
ガイはカオスの剣先をジルに向ける。一歩踏み出せばその剣先はジルの胸に埋まるというのに、
ガイはそれ以上動けなかった。
「魔人は魔王に絶対服従……私を狙っていたくせに、そんなことも知らないの?」
「っ!」
魔王の強制力に抗う魔人ガイを、ジルは楽しそうに見つめている。
「おもしろい男……気に入ったわ、あなた、私の男になりなさい」
◇◇◇
魔王ジル年代が終焉を迎え強制力が弱まったことに気づいたガイは、再びカオスを手にジルに挑んだ。
ジルの気まぐれで愛人とされたガイが、ジルを狙うチャンスは幾度となくあった。
「今夜こそジルを葬り去る」
ガイは手にしたカオスに決意を表明する。
「もう一人の私は薬と魔法で押さえ込んである……今度こそ失敗はしない」
「そうあってほしいものだがのう……」
宣言通り、ガイはジルを倒すことに成功するが、二つの誤算があった。
一つは、任期の終焉を知ったジルが、自身に延命処置を施していたこと。
しかしこれは、カオスを鍵として闇しかない異次元に封印したことで、とりあえずの事なきを得た。
そしてもう一つ。
「すまぬカオス、ジルの血を多量に浴びたせいで、私自身が魔王となってしまったようだ」
ジルの封印をしているため動けないカオスに、ガイが膝をつき頭を垂れた。
「魔人にされた時といい、お主は本当に詰めが甘いのう」
憎まれ口を叩きながらも、カオスは決してガイを恨んではいなかった。
とりあえずとはいえ、自身でジルにとどめを刺すことができたのだ。
「幸い、こちらの人格は魔王の破壊衝動に汚染されていないようだ」
ガイの中の善が、カオスに語りかける。
「私は、人類には不干渉で臨もうと思う……どこまでできるかわからぬがな」
「ああ、人々が安心して朝を迎えられる世界を作れよ」
「もし私が、もう一人の私に支配され、人類を虐げるようなことがあったら……」
「その時は儂がお主を殺す、案ずるでない」
笑ってその場を離れるガイの背中を、カオスはじっと見つめていた。
それが、ガイとカオスの最後の会話となった。
◇◇◇
魔王ガイはカオスとの約束を違えず、その任期中は人類不干渉を貫いた。
そして魔王交代の際、次期魔王リトルプリンセスが覚醒を拒んだことで、魔人は二派に分かれ争うことになった。
その争いは、いつしか人間界をも巻き込んでいく。
そんな時代、カオスを手にしても心を冒されることのない男が現れた。
(この男ならあるいは……いや、期待をかけすぎるのも危険かのう……)
ジル復活をもくろむ魔人ノス。ランスはその野望を防ぎジルを異次元に再び封印するが、
下心が災いして、ジルと共に異次元に引きずり込まれてしまう。
そのランスを追って、自ら異次元に飛び込んだ少女。
残された人間たちが絶望に沈む中、カオスだけは、この二人と再び魔人と対するであろう予感に、
密かに心躍らせていた。