最善の選択
五十六ルートアフター◇2007/05/28 戦国R
「よろしかったんですかランス様、大切なお子様を置いてJAPANを発つなんて……」
五十六が出産した子供、織田と山本の跡取りでありゆくゆくはJAPANの王になる子供が、
特に問題もなく育ちそうな事を確認したランスは、シィルを連れて大陸に戻る事にした。
五十六の望みを叶え、信長と香の無念を晴らした事で、ランスの中で『JAPANでやるべき事』は、
既に終了している。もうしばらくJAPANの美女達と遊んでいても良かったのだが、3Gの監視が厳しいのか、
はたまた国母たる五十六に気を使っているのか、愉快ではない結果に終わる事がほとんどだった。
もう一つ、ランスには気がかりな事があった。
ここしばらく、シィルの様子がおかしい。感情の起伏が激しかったり、ランスを怒らせるような事をしたり、
とにかく、『ランスが知っているシィル』とはどこか違うのだ。
(やっぱり子供作ったのがショックだったのかなあ)
五十六の子供以前にも、フェリスとの間に生まれたダークランスがいるが、
意識して産ませたわけではないし、そもそも人間の子供ではない。
(だが、シィルに産ませた子供をJAPANの王にはできない、って3Gに止められたしなあ)
香が無惨な死を遂げた後に見つかった信長の遺書には、ランスの血を引く子を織田の跡取りに、
としか書かれていなかった。しかし、ランスによる織田家のJAPAN統一がほぼ完了した事で、
織田の跡取りはすなわちJAPANの王、という事になる。ランスは仕方なくシィルとの子作りを提案したのだが、
日本人の血が入っていない者をJAPANの王にするわけにはいかないと、3Gに猛反対された。
その後のシィルの落ち込みようは酷いもので、ランスなりに気を使って構ってやったりしたものだ。
それまでは何かと家に帰りたがっていたシィルが、それ以降、一度も『帰りましょう』と言わなくなった事も、
ランスの心に引っかかっている。
「いいのだ、ガキなどいらん」
半分本音、残りの半分は無意識にシィルを気遣ってしまったのか、
いつものようにぶっきらぼうに答えてから、ランスはふと思い出す。
(そういえばあの後、シィルも子供を欲しがってたっけな)
当然その場では叱り飛ばしておいたランスだったが。
(子供……子供か……)
フェリスにしろ五十六にしろランスは種を提供しただけで、後の子育てなどは、
乱暴な言い方をしてしまえばランスには何の責任も被さってこない。
しかし、シィルが子供を産んだとしたら、そういうわけにも行かないだろう。
(『父親』にならなきゃいかんのだろうなあ、この年でそれはいやだなあ)
大きくため息をついてからランスが振り返ると、シィルは少し俯いて立ち止まっていた。
「どうした、シィル?」
「子供……いりませんか?」
シィルは思い詰めた表情でぽつりと呟いた。
「へっ……?」
「喜んでいただけると思っていたのですが……」
シィルはそっと自分のお腹に手を添えた。
「……まさかお前……」
避妊魔法が切れている時に、酔った勢いでいやがるシィルを無理矢理押し倒した事を、
ランスはうっすらと思い出す。
「う……嘘だろ?シィル……」
突然の告白に、ランスはそう言うのが精一杯だった。
シィルはしばらく黙っていたが、やがて、顔を上げて、にこっと笑った。
「てへっ、嘘ですよランス様、私、妊娠なんかしてませんよ」
「……」
「えっとその……子供ができたら、ランス様喜んでくださるかなあって」
「この大馬鹿者がー!」
ランスは、愛想笑いをしているシィルに拳を振り上げた。
「奴隷の分際で俺様を試しやがったな!今夜はみっちりお仕置きだ、覚悟しておけー!」
「ひーん、すみません、ランス様あ」
◇◇◇
やりたい放題やったランスが眠りに就いたのは、夜明け近くであった。
ランスの寝顔を横目でちらりと見てから、シィルはベッドの中でお腹に手を当て、小さい声で呪文を唱える。
(ん、駄目だったな)
シィルが使ったのは生命感知呪文、別名『妊娠判定魔法』と呼ばれる呪文だ。
その魔法は、シィルの内に育ち始めた小さな命の存在を示している。
(『駄目』……って言うのも、本当は変なんだけど)
ランスの乱暴な行為で自然流産するかも知れないと、自身の妊娠を知ったシィルは、
あえてランスを怒らせるような事をしてきた。アイスの街に帰るこの旅路でも、重い荷物を背負っている。
(ごめんね、悪い母親で……でも……あなたは生まれてきたいと願っているのかしら)
信長の遺書に従って織田の跡取りを作らなくてはならないと決まった時、
一度はシィルの名を出したものの、最終的にランスは五十六を選んだ。
そして、暴走した美樹から、怒りに燃えるザビエルから、身を挺してランスを庇ったのは、
シィルではなく五十六だった。もちろんシィルもランスを庇うつもりだったのだが、
武人である五十六には、身体能力が追いつかなかった。
(ランス様のお役に立てない私なんて……)
その上、ランスが望まぬ妊娠をしてしまった。かといって、
かつての出来事で中絶がトラウマになっているらしいランスに堕胎がばれてしまうのは避けたかった。
「ごめんなさい……」
それは、お腹の子供へか、あるいはランスに向けての贖罪だったのか。
小さな声で呟くと、シィルはそっとベッドを抜け出した。
「さようなら、ランス様」
シィルは自分の物だけが入った小さな荷物を手に、宿の部屋の扉を静かに閉めた。
ランスの枕元には、以前から用意してあった手紙を残してある。
静まりかえった廊下の窓からは、薄明るい日の出の前触れが見える。
「これからは、この子と二人で頑張らなくっちゃね」
泣きはらした目をもう一度擦って、シィルは宿を後にした。
◇◇◇
ぱたん、と扉が閉まった小さな音でランスは目を覚ました。窓の外の景色は、まだ朝になりきっていない。
そして隣はぽっかりと一人分空いている。
「シィルの奴、便所か?」
寝入りばなに起こされてしまい、ランスは不機嫌そうに伸びをした。かさり、と手に何か当たる。
「何だ?」
手に取ってみると、それはシィルからの手紙だった。びりびりと雑に封を切り、中の紙を引っ張り出す。
寝ぼけまなこで、ランスはシィルの几帳面な字を追っていく。
「んー」
ランスに会えて良かった、これから先ランスが幸せであるように、と書かれた手紙は、
『ごめんなさい』で始まり、『いつまでもランス様だけを愛し続けます』と締められていた。
「なんだこれは、別れの手紙のよう……な……っ?」
突然明瞭になった頭、ランスはベッドから飛び起きた。部屋の隅に置かれた荷物をかき回すと、
シィルの服や日用品だけが、綺麗に無くなっている。
「全く……あの大馬鹿者がー!」
一声吼えてから、ランスは急いで服を身につけると、部屋を飛び出した。
◇◇◇
夜が明けて明るくなった街道を、シィルは一人で歩いていた。
「どこに行こうかな、お金は無いし……」
これから出産育児と何かとお金が必要だ。まずは住む場所と仕事を探さないといけないだろう。
ゼスの実家に帰るという手もあるが、あの時の魔軍侵攻で家族の消息は不明だし、無事だったとしても、
数年間行方不明だった娘が身重で帰ってくるなんて、親不孝な事をするのもどうかと思う。
「んんー、住み込みのお仕事があるといいんだけど……」
「それなら良い仕事がありますぜ、お嬢さん」
「へっ?」
独り言に返事を返されて、シィルは慌てて立ち止まった。
振り向こうとするが、背後から強く抱きしめられ、身動きが取れない。
「仕事内容は家事と夜の相手、冒険のお供……は、しばらく無理か」
「……っ」
聞き慣れた声にシィルは言葉を詰まらせた。巻かれた腕の太さも力の強さも、シィルの身体に馴染んだものだ。
やがて腕の力が緩み、ゆっくりとお腹を撫でる。その緑色の袖を、シィルはぎゅっと握りしめた。
「お前は本当に大馬鹿者だな」
呆れたような口調で、それでも優しくお腹を撫でながらランスは言い放つ。
「奴隷の分際で、勝手に御主人様の子供を産むつもりか」
「ご……ごめんなさい……」
「いいかシィル、お前は俺様の奴隷なんだぞ」
「は、はい」
「子供を産むなら、ちゃんと俺様の目の届く所で産め、俺様の知らない所で産むなど絶対に許さん」
「ランス様っ!」
緩んだ腕の中で身体を反転させ、シィルはランスにしがみつく。
胸に顔を埋めて泣き出したシィルを強く抱きしめようとして、ランスは慌てて力を緩めた。
「お、おい、そんなに強くしがみついて、腹のガキは大丈夫なのか?」
「ぐすっ、大丈夫ですよ、まだそれほど大きくなってませんから」
涙をぽろぽろ流しながらそれでも極上の笑顔で、シィルはランスに答えた。。
「いいか、五十六が産んだ子供は五十六の子供だ」
街道でひとしきり泣いた後、シィルはランスと宿に戻り、荷物をまとめ直して改めて出発した。
いつもの大荷物は二つに分けられ、小さく軽い方をシィルが背負っている。
「それなら、私が産むのは私の子供じゃないですか」
「だからお前は馬鹿だというのだ」
全く意味がわからない、といった様子のシィルに、ランスは大げさにため息をついて見せた。
「えっ、どういう事ですか?、ランス様」
「お前は俺様の奴隷だ、奴隷の物は御主人様の物、お前の子供は俺様の子供だ」
「……えっと」
自分に都合良く解釈していいものか考え倦ねて、シィルは首をひねる。
その様子をいらいらしながら見ていたランスは、とうとう我慢出来ずに吐き捨てた。
「ああもう、これだけ説明してやって解らんなら、お前は大陸一の大馬鹿者だ!」
「あーん、そんなあ、ランス様ー!」
◇◇◇
そして十年。ランスは大陸の総力を挙げた軍を率いて魔軍と対峙していた。
「厳しい状況だな」
軍議の席では威勢のいいランスが弱音を吐くのは、家族の前だけだった。
「大丈夫だよ、パパなら絶対に大丈夫だよ」
「でも、あまり無理はなさらないでくださいね」
人類の存亡など本当はどうでも良い。だが、両親の顔も知らないランスにとって唯一の家族である妻と子、
彼女達を守るために、ランスは魔軍に立ち向かうのだ。
「団欒中失礼します、JAPANより連絡が入りました」
控えめにドアをノックしてから、人類軍の参謀が部屋に入ってくる。
「何だ?」
「JAPAN王山本乱義殿率いるJAPAN軍が、間もなく到着するそうです」
「山本乱義……?」
「五十六さんのお子さんですよ、名前、覚えてらっしゃらないんですか?」
ランスとシィルがJAPANを旅立った時には、まだ子供の名前は決まっていなかった。
アイスに帰ってすぐ、五十六から手紙が来たのだが、内容が子供の事だけだったせいか、
ランスはろくに目を通していなかったのだ。
「……ああ、いや、覚えてるぞ、覚えてる、五十六の子供だな」
取り繕うようなランスの言葉に、シィルはふっと笑った。
「ママどうしたの?」
「ううん、何でもないのよ、パパはこれから忙しくなるから、お部屋に戻りましょうね」