短編まとめ

幸運の坩堝P

一話完結系

負け戦~徳川編

たぬーif◇2007/01/08  戦国R

(くそっ、狸だと思って油断したか……)
三河の国主である狸妖怪徳川家康と五匹の子分狸で固められたたぬき御殿防衛隊に、 ランス率いる織田軍は敗れた。もはや敗走する気力もないほど壊滅させられたランス隊は、 ランスシィルもろとも子分狸の井伊直政に捕らえられる。
「この隊の将は誰でちゅか?武将の首を取って、親父殿に褒めてもらうでちゅ!」
ランスの膝から下くらいしかない子狸の直政が、 狸の着ぐるみを着た部下に囲まれて動けないランス達の間を、嬉しそうにちょろちょろと走り回っている。
「そして後の兵は鍋にするでちゅー!人間鍋パーティーやほーい!」
緊迫感に欠けるとはいえ、生命の危機である事に代わりはない。 JAPANで狸に首を切られて死ぬのはごめんだと、ランスは、生き延びるための手段を必死に模索する。
(誰か身代わりに差し出して……織田の城には戻れないがまあ仕方ない)
ランスはぐるりと周りを見渡した。ふと、シィルと視線がぶつかる。
(さっさと身代わりを立てて逃げるぞ)
そう、シィルに目配せしたつもりだった。シィルはランスの合図に小さく肯いて手を挙げた。

「わっ……私がこの隊の将です!」
「シィル?」
ランスの目配せを勘違いしたらしいシィルの発言に、ランスはそれ以上言葉が出ない。
「お前は武将に見えないでちゅ、腕も細いし、武器の類も持ってないでちゅし」
「あ、あう、えっと、私は魔法使いですから、ほら」
シィルは手近な草に向かって、小さく炎の矢を打ってみせる。
「なるほど、怪しい術を使う異人の武将でちゅか」
「私はどうなっても構いませんから、部隊の他の人達は逃がしてあげてください」
「うーん……わかったでちゅ、下っ端は見逃してやるでちゅ」
直政は着ぐるみの部下達に命じて、シィル以外の兵を解放させる。 我先にと逃げ出す兵達には目もくれず、狸はシィルに縄をかけさせた。
「ん?もう一人残ってるでちゅな、下っ端の首はいらないでちゅ、しっしっ」
「誰が下っ端だ!」
直政と縛られているシィルに近付いたランスは、いきなりシィルの頭を叩いた。
「ひーん、ランス様、痛いですう」
「下っ端が武将の頭を殴るなんて、大陸人のやる事は解らないでちゅ」
「だーかーらー、俺様は下っ端じゃない!俺様がこの隊の将だ!」
「?」
直政は、縛り上げたシィルとランスを見比べ、首を捻る。
「じゃあ、この女は武将じゃないでちゅか?」
「そうだ、そいつは俺様の……奴隷だ!」
「ランス様っ!」
「……訳が解らないでちゅ」
ひとしきり首を捻った後、直政はランスも縛り上げた。
「とりあえず二人とも、親父殿に見せるでちゅよ」

◇◇◇

「織田に仕官した異人か」
大狸──徳川家康の前に、ランスとシィルが引き出される。
「お館ちゃま、二人とも鍋にするでちゅよ!」
「…………(異人を食うのは初めてだ)」
「みんなで分けるとちょっと少ないでちゅ」
「ぐう……てんぷららー」
「そうでちゅな、天麩羅も作って、異人鍋&天麩羅パーティーでちゅー!酒持ってこーい!」
きゃっきゃとはね回る子狸達を、ランスは苦々しげに眺めていた。
(あの時シィルを見捨てて逃げてれば……)
もちろん、そんな事がランスに出来るわけはない。 思い出したように横を見ると、シィルは何か考え込んでいた。しばらく後、シィルは顔を上げて口を開く。
「あの……天麩羅って、JAPANのお料理ですか?」
「うむ、至高の食べ物だ」
「お鍋の具になる前に、天麩羅を作るお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
「シィル、お前何を急に……」
「だってランス様、気になりませんか?私、天麩羅を作ってみたいです」
「異人の作った天麩羅なんて不味いに決まってるでちゅ」
「なんだとー、シィルの料理は最高だぞ!」
追いつめられた状況のせいか、思わず本音をこぼしてしまうランスに、シィルはほんのり頬を染める。
「そうだな、天麩羅はいくつあってもいい、異人の女にも手伝わせよう」
家康はシィルの縄を解くよう指示する。そして、厨房の下働きと思われる人間の女と共に、 縄を解かれたシィルは大広間を出て行った。
「男は……先に鍋に入れておくか」
「いやじゃー!俺様にもシィルの天麩羅を食わせろー!」
「仕方ない、武士の情けだ、鍋になる前に天麩羅の良さを堪能させてやる」

◇◇◇

一時間ほど経った頃。
シィルと下働きの女が、天麩羅を山盛りにしたバスケットをいくつも運んできた。 香ばしい香りに、家康はじめ狸たちの鼻がひくひくと動く。
「見た目は美味そうだな」
「これ、私が作った天麩羅です、味見をしていただけますか?」
シィルが差し出したバスケットの天麩羅は、他の物よりひときわ大きく、黄金色でさくさくに揚がっていた。 家康は一瞬相好を崩すが、慌ててまじめくさった顔に戻る。
「不味かったら鍋の具だぞ」
「俺様にも食ーわーせーろー」
まだ縛られたままのランスが、じたばたと暴れている。
「親父殿、毒が入ってるかも知れまちぇん、まずはあの異人に食べさせたらいいと思うでちゅ」
「えっ……毒なんて入れてませんよ」
困惑するシィルのバスケットから、家康は無造作に天麩羅を一つ取ると、 ぎゃーぎゃー喚いてるランスの口にぽんと放り込んだ。
「むぐ……さくさく、なるほど美味い食い物だな」
「ほほう、異人にも天麩羅の良さは解るのか」
天麩羅を食べてご満悦のランスを見て、家康は肯く。
「毒は入ってないようでちゅな」
「うむ、では……」
家康と子狸たちも、バスケットから天麩羅を取って口に入れた。

「どきどき……」
無言で天麩羅を咀嚼する家康達を心配そうにシィルは見ている。
「シィル、シィル、俺様にももっと食わせろ」
「はい、ランス様」
ランスに促されてシィルが天麩羅をランスの口に入れてやった時、家康が吼えた。
「うっ……うおおおー!」
「な、何だ?」
「狸さん達のお口に合わなかったんでしょうか……」
しょんぼりとうつむき加減になったシィルの肩を、いきなり家康が掴んだ。
「あっ、こら、シィルに何を……」
「美味い、美味すぎる!」
(……魔法ビジョンのCM……?)
心の中で突っ込みながら、シィルは恐る恐るお伺いを立てる。
「あの……私の天麩羅、気に入っていただけました?」
「超お気に入りっすよ、心の天麩羅レディ!」
家康はバスケットを持ったままのシィルを軽々と抱き上げ、天麩羅をつまんでは口に入れた。
「ああっ、お館ちゃま、独り占めはずるいじょー」
「僕たち届かないでちゅー」
「…………(この味、たまらん!)」
「ぐふ……みんな大好きてんぷららー」
「酒ー!天麩羅ー!天国でちゅー!」


「天麩羅レディシィル殿、これからも美味い天麩羅を作ってくれ」
おかわりの天麩羅を揚げるため、厨房と大広間をせわしなく往復していたシィルを、家康が呼び止めた。
「あ、えっと……」
相変わらず縛られたままの(でも天麩羅は食べさせてもらっていた)ランスを、シィルはちらりと見る。
「ランス様を助けていただけますか?」
「シィルは俺様の奴隷だぞ、俺様がOKしないとお前等に天麩羅を作ってやらんぞ」
「いいだろう、この異人は武将に使えそうだしな……だから天麩羅……」
「……ランス様?」
「うむ、天麩羅を作ってやれ、シィル」

◇◇◇

数日後、家康とランスの立場が逆転して、徳川の影番となったランスがJAPAN統一に乗り出すのは、 まあ妥当というかなんというか。