短編まとめ

幸運の坩堝P

一話完結系

安息

下僕エンドアフター◇2006/01/05  鬼畜王

かつて世界統一王と呼ばれた男、ランス。 大陸を統一し神に対面したランスが選んだ道は、創造神ルドラサウムの下僕であった。
統一された世界の平和は終焉を告げ、神が望む殺戮と陵辱を繰り返す日々が過ぎる。 大陸の人々は震え怯える事しかできなかった。 神に祈る者達は、その神こそがこの現実を欲しているという事実を、知ることさえない。

◇◇◇

「……ふう」
あれから十年。ランスは再び神の扉の前に立っていた。
『秩序ある団体をすべて破壊』『1000人の女を犯せ』に始まった創造神の要求を、 ランスは淡々とこなした。ランスにとって、自分以外の人間は、殺すか犯すかの対象に過ぎなかった。 最後にランスに従い動いてきた者達を斬り捨てた時、 監視役だったエンジェルナイトのコスモスを通して、ランスは創造神の招待を受けた。
扉の前の黄金像は、十年前のまま、その場に安置されている。 ランスは無感情にそれをしばらく眺めていたが、コスモスに促され神の扉を開いた。

地下迷宮6F、地平線も見えないほどの広い空間は、十年前と同じだった。 そして、その広い広い空間に、ぽつんと置かれた巨大な氷柱。 氷の中の少女も、十年前に引き裂かれた時に見たままだった。
「シィル……」
氷に閉じこめられたシィルを見上げ、ランスは小さく名前を呼ぶ。
「やあ、待ってたよ」
耳障りなその声にランスが振り向くと、いつの間にか背後に大きな白いクジラ ──創造神ルドラサウムが浮かんでいた。
「やっぱり君はおもしろいねえ、ぼくもいっぱい楽しませてもらったよ」
「……楽しんでいただけて何よりだ、それより……」
「うん、そろそろこの子を返してあげる」
ルドラサウムの言葉が終わらないうちに、氷柱に無数の亀裂が走った。 きらきらと輝きながら降り注ぐ氷片と共に、シィルの躰が落下する。
「シィル!」
ランスは慌てて落下地点に回り込み、シィルを受け止めた。
「シィル、シィルっ!」
抱きとめた身体の冷たさに、ランスは不安を覚える。 しっかりと抱きしめ、名前を呼びながら何度も身体を揺さぶる。
「へえ……君、まだそんな表情ができるんだ?あんなにたくさんのプチプチを壊したのに」
揶揄するようなルドラサウムの声など聞こえないように、ランスは夢中でシィルの名を叫び続けた。
「シィルーっ!」
ランスの声に呼応するように、シィルの瞼がぴくりと動く。 冷たかった身体も、いつの間にかほんのりと温もりを帯びている。そして、ゆっくりと瞼が開いた。
「……ランス、様……?」
シィルの手がランスの顔に触れた。不思議そうな表情に、ランスは首を傾げるが。
「あっ……」
あれから十年経っている。 殺戮と陵辱を重ねた十年は、ランスの顔に年齢以上の皺と苦悩を刻み込んでいた。

「シィル……」
このままシィルを抱きしめる資格が己にあるのかどうか。 戸惑うランスに、ルドラサウムが追い打ちをかけた。
「その子はぜーんぶ知ってるよ、君のしてきたこと、残らずぼくが教えてあげたからね」
「な……っ」
ランスは声を失う。蒼白になったランスの顔を、シィルの小さくて温かな手がそっと包み込んだ。
「ランス様……」
ランスを見つめるシィルの目に涙が溜まり、頬を伝って落ちた。
「ごめんなさい、ランス様……ごめんなさい」
「……お前が謝ることはない」
指先で涙を拭ってやるランスに、シィルは首を横に振って応えた。
「だって……ランス様がお一人で苦しんでいた間、私は何も出来なかったんですから」
頬を包んでいたシィルの手が、するりとランスの首に巻き付く。 額と額をくっつけて、零れる涙を拭いもせずシィルはにこっと笑った。
「……俺がやったことを知ってて……」
そう言うのか?と続けようとして言葉に詰まったランスの唇に、シィルの唇が重ねられる。
シィルと世界を天秤にかけ、ランスはシィルを選んだ。 もしもシィルに嫌悪されたら、この場で自ら命を絶っていたかもしれない。 それが『くそクジラ』を楽しませると解っていてもだ。
暖かく柔らかい唇の感触で、シィルもまた世界よりも自分を選んだことを、ランスは悟った。

◇◇◇

ランスとシィルが人気のない街道を歩いている。
シィルに拒絶され崩壊するランスを楽しもうと思っていたルドラサウムの期待は見事に裏切られた。 安息を得たランスに飽きてしまったルドラサウムが、二人を地上に放り出したのだった。
「ランス様、これからどうなさるのですか?」
「んー、すっかり有名人になっちまったからなあ……」
リーザス王になる前のような口調で、ランスはシィルの問いに答える。
「ヘルマン辺りの人里離れた洞窟に住んで、また盗賊でもやるか」
「ええっ!それはちょっと……」
本気で慌てているシィルの頭を、ランスはぽんぽんと軽く叩いた。
「まあどうにでもなるだろう」
隣にはシィルがいる。鬼にも畜生にも劣らない所業を知った上でランスを受け入れたシィルがいる。 それだけでランスは何でも──自分が混乱させた世界に対する贖罪さえも、できるような気がした。
「どうするシィル、俺様に付いてくるか?」
苦悩の影は薄れたもののちょっぴり年を取ったランスに、シィルは昔と変わらぬ笑顔で応えた。
「はいっ、シィルはどこまでもランス様について行きます!」