未完のその先
R6『あの』ガメオベアアフター◇2005/07/28 R6
(うーむ……やっぱつまらん)
ゼスの高官だというラドンに逆い、ランスはシィルと引き離されて奴隷観察場に放り込まれる。
その後、アベルトと名乗る男の提案に乗り、ロッキーを連れて奴隷観察場から脱出した。
脱出の手助けをする見返りとしてレジスタンスに参加してみたが、なんとなくおもしろくない。
(孤児院のおねーさんは気になるが……彼女に手を付けたらここから抜けにくくなるしなあ)
奴隷観察場には女性がいなかった。やりたい気持ちは多々あるものの、もっと気になる事もある。
(シィルの奴がしょっぱい魔法しか使えんのが悪い)
窓の向こうからランスを助けようとしたシィルだが、シィルの魔法では窓を破る事は出来なかった。
あの時ちゃんとシィルが窓を破っていればあんな不愉快な場所からさっさと逃げ出せたのに。
まったくもってシィルが悪い、とランスは八つ当たりをする。
しかも、その八つ当たりの相手が目の前にいない事が、ランスの不快感を更に上げる。
(シィルの奴を見つけ出さんといかんしな……うむ、もちろんお仕置きのためだぞ)
誰に聞かれているわけでもないのに、慌てて心の中で言い訳をする。
(そうと決まれば出発だ、こんなところで無駄時間を食う訳にはいかん)
ランスは立ち上がると、与えられた部屋を出た。
◇◇◇
レジスタンスのアジトを抜けたランスは、はたと立ち止まる。
自由都市地帯育ちのランスは、ゼスの地理には明るくない。
今回、仕事でゼスに来たのだが、道案内や地図のチェックは全てシィルの仕事だった。
「シィルはまだ、あのむかつくぷるぷる野郎の城にいるのか?」
見晴らしのいい街道を微かな記憶を頼りに歩きながら、ランスは途方に暮れていた。
「にゃー」
うしの鳴き声がする。ランスが周りを見回すと、豪華なうし車が向かってくるのが見えた。
「おーい!」
ランスは大声を出して、うし車の前に立ちはだかった。
奴隷観察場にたむろしていた者達よりはややマシな格好をした御者が、慌てて手綱を引く。
「あ、危ないじゃないですか……」
「琥珀の城ってのはどっちだ?」
御者が口を開こうとした時、うし車の中から声がした。
「どうした、何故急に止まるんだ?」
「も、申し訳ありませんご主人様、いきなり人が飛び出してきたので……」
姿の見えない主人らしき者に、御者はぺこぺこと頭を下げている。
「おい、こら、俺様が物を尋ねているというのに、無視するんじゃない!」
答えが返ってこない事に焦れたランスが喚き散らす。
それを不審に思ったか、うし車から小綺麗な身なりの青年が現れた。
「何だね、君は?魔法使いではないようだが」
奴隷観察場の窓の向こうにいたような高慢そうな青年に食ってかかろうとして、ランスは思いとどまる。
(ヘタ撃ってまたあそこに放り込まれたらかなわんからな……仕方ない、ここは我慢だ)
「確かに俺は魔法使いじゃない、だがゼス人じゃないから二級市民というわけでもない」
「他国からの旅行者か……それで何の用だ?」
青年の横柄な態度に苛立ちながらも、彼にしては驚異的な忍耐力でランスは怒りを抑えて、
琥珀の城への道を再度尋ねる。
「琥珀の城?ラドン長官にお会いするのか?」
「琥珀の城の客人に用がある……いや、ちょっと待てよ」
そう答えてから、ランスはある可能性に思い当たる。
ラドンはランスに辱めを与えたイヤな奴だ。ランスを尊敬している(ハズの)シィルが、
いつまでもそんなイヤな奴の所にいるとは思えない。
(そういえば、帰りに実家に寄りたいとか何とかシィルがほざいてたな……どこだったか……)
「そうだ、オールドゼスだ!確か、実家がその近くだと言ってたぞ」
ランスはぽんと手を打った。青年は、不審そうにランスを見ている。
「……で、結局君はオールドゼスに行きたいのか?」
「まあ、そういうことになるな」
「なら乗っていくといい、私もこれからオールドゼスに向かうところだ」
「シィル・プライン……プライン家の令嬢か」
第一印象よりは気さくな青年に、ランスは目的の人物の名を告げた。
出されたシィルの名に、青年は驚いている。
「シィルを知っているのか?」
「有名なのは彼女の祖父だがな」
シィルの祖父が偉大な魔法使いだったらしい、というのはランスも聞いた事がある。
地元の名士、といったところだろうか。
「しかし、シィル嬢は確か数年前、野盗に襲われて行方不明だと聞いているが」
「ああ、その後奴隷商人に売り飛ばされていたのを、俺様が助けてやったのだ」
いろいろと省略はしているが、ランスの言葉は全て嘘というわけでもない。
「そうか、無事だったのか……プライン師もさぞや喜ばれるだろう」
青年は感心したように肯いている。心なしか、ランスを見る目も変わっているようだ。
「プライン家を訪問するなら、この道だ」
オールドゼスの手前でうし車を止め、青年はランスを降ろした。
(どうせならシィルん家まで乗せてけってんだ)
心の中で毒づきながらも表面上は礼を述べて、ランスは青年と別れた。
◇◇◇
「うがーっ、本当にこんな所に家があるのかあ?」
オールドゼスの外れにある森の中で、ランスは一人吼えている。
獣道ともうし車の轍ともつかない微かな跡を辿りつつ、彷徨って数時間。
梢の向こうに見える空は、夕焼けに赤く染まっていた。
「暗くなってから動くのは危険か……」
ここまで、モンスターの気配は感じなかった。
何の装備もないがここらで野宿でもするかと、ランスは辺りを見回す。
すると、ランスが辿ってきた道を、うし車が走ってくるのが見えた。
「お……」
ランスがうし車を呼び止めようと、声をあげた時。
「ランス様あっ!」
乱暴に止められたうし車から転がるように飛び出してきた、見覚えのある影。
ピンクのもこもこ頭は一直線に走り寄って来ると、そのままの勢いでランスに飛びついた。
「ランス様、ランス様……ご無事で……っ!」
「シィル……」
思いがけない再会に、ランスは呆然と立ち尽くしていた。
「緑の服を着た戦士風の男を、街の手前で降ろしたって、そう聞いて……私っ」
シィルはランスの胸にしがみついてしゃくり上げている。
その頭を撫でてやろうと手をあげるが、どうにも照れ臭い。
「森で迷われたのかって、ずっと探して……ひんっ!」
ぽかり、照れ隠しの拳骨がシィルのもこもこ頭に振り下ろされた。
「馬鹿もん!何故もっと早く迎えに来ないんだ、このうすのろが!」
「うっ……」
殴られ罵倒されたシィルが、声を詰まらせてランスを見上げた。
「す、すみませ……ん……」
謝罪の言葉を遮るように、ランスはシィルの唇を唇で塞ぐ。
シィルは、ランスの腰に回した腕に、きゅっと力を込めた。
「……ランス様、ご無事で……本当に良かったです」
「ふん、俺様がいつまでもあんな所にいるわけ無いだろう」
「はい……」
目の端に溜まった涙を指で拭いながら、シィルはランスを見つめている。
心の底から嬉しそうな笑顔がこそばゆい。
「シィル」
「はい?」
「とりあえず、ここでお仕置きな」
「……えっ……ええーっ?」
あわあわとうろたえるシィルに、ランスは意地悪そうに笑ってみせる。
「それとも、お前ん家に行って、家族の前でやられる方がいいのか?」
シィルは慌てて首をぶんぶんと振る。その目には、先程とは違う涙が溜まっていた。
◇◇◇
ランスがシィルの実家に滞在して一週間ほど。
『(シィルの)命の恩人』との触れ込みのおかげで、ランスは歓待されていた。
ランスとの関係を聞かれてシィルがひねり出した言葉は、ランスが魔法使いの青年に言った言葉を、
更に省略・美化したものだった。シィルの家族は、それを疑いもせず聞いている。
シィルの両親、特に母親は、涙ぐみつつ何度もランスに頭を下げた。
「お前の家族は、魔法使いでなくとも差別せんなあ」
シィルの家族は、奴隷観察場で聞いた話とは違うようだ、と、ランスはふと疑問に思う。
二級市民の使用人はいるけれど、虐待されているわけでもない。
「おじいさまが、そういうの嫌いなので……」
現在のゼス王は、差別撤廃政策を進めているという。
特権階級にあぐらを掻いている官僚達に反対され、その歩みは極めて鈍いものの、
シィルの祖父のように、ゼス王に同調する魔法使いも徐々に増えているという。
「人間を階級付けするなんて事がそもそも間違っているのだから、まあ当然の事なんですけどね」
「そうだな、魔力の有無で、人間の価値が決まるわけではないからな」
改まって、ランスに尊敬のまなざしを送るシィル。
しかし、続くランスの言葉に、シィルはがっくりと肩を落とすことになる。
「男は俺様が一番えらい、でもって女は可愛いかどうかだ、それ以外のランク付けは間違っている」
◇◇◇
ランスのボロが出ない内にと、シィルはアイスに戻る事にした。
「もう行ってしまうの?」
「おかあさんもおとうさんも、元気でね」
「たまには帰ってくるんだよ」
「……うん」
「シィル、ちょっと頼まれてはくれんかの」
両親に見送られて実家を後にしようとするシィルを、シィルの祖父が呼び止めた。
「これを、あるところに届けて欲しいんじゃ」
そう言って、手にした鞄をシィルに寄越す。ずっしりと重い鞄の中身は、どうやら金貨のようだ。
ランスに悟られまいとシィルはいらぬ気を回すが、当のランスは鞄に興味がないようで、
さっさと背を向けてしまっている。
「おじいさま、これは?」
「……氷溶の者、という言葉を聞いた事はあるかね?」
首を横に振るシィルに、祖父は声をひそめて説明を続ける。
「現在のゼスの体制は間違っておる、魔法が使える者、そうでない者、共に力を合わせねばならん」
「はい……私もそう思います」
期せずして、シィルと祖父は、共にランスに視線をやる。
「互いの架け橋になろうと、尽力する者達がいる……アイスフレームという組織じゃ」
今のところは魔法を使えない者の保護を主な活動内容としているが、来るべき和解の時代のために
魔法使いとの連携を目指している組織だと、祖父は言った。シィルはそれを、肯きながら聞いている。
「一般にはレジスタンス……犯罪組織と認識されているから表立っての接触は出来ん、
じゃがせめて、活動資金の提供くらいはしたくてな」
「これがその、活動資金なのですね?」
「ああそうじゃ、これを彼らに届けて欲しい……やってくれるかの?シィル」
「はい、喜んで……!」
アイスフレームのアジトは、自由都市に帰る道の途中にあるそうだ。
ちょっと寄り道する事になるが、どう言ったらランスは納得してくれるだろうか。
ランスがその組織に助け出された事、そしてシィルを探すためにその組織を抜けてきた事を、
シィルはまだ知らない。ランスに対する言い訳を考えながら、シィルは鞄を受け取ってランスの後を追った。