短編まとめ

幸運の坩堝P

一話完結系

星に願いを

七夕っぽい行事があったら◇2005/07/07  日常 世界観妄想

──七月七日の夜に、願い事を書いた短冊を笹に付けて川に流すか燃やすかすると、 その短冊が星に届いて願い事を叶えてくれるという。 まだ小さかった時、両親に促されて、毎年短冊を書いて笹に付けたっけ。
散歩の途中、よその家の庭先で笹を見つけ、シィルはふと幼い頃の事を思い出した。
「すみません、この笹、一枝いただけますか?」
この時期、そう言われる事に慣れているのだろう、家の人は快く応じてくれた。 小さいけれど形の良い枝を一つ折って寄越す。シィルはお礼を言って、笹を手に家に帰った。

「何で家の中に笹があるんだ?」
台所の入り口に立てかけてある笹を見たランスは、不審そうに手に取ってみる。
「七夕の願掛けですよ、小さい頃、ランス様はやった事ありませんか?」
「……知らんな」
ランスが育ったゴモラタウンでは、そんな風習は無かったようだ。 首を捻っているランスに、シィルは短冊の話をする。
「ガキっぽいな、で、願い事は叶った事があるのか?」
「何か欲しい物を書いたりすると両親が買ってくれたりしましたけど、 それは、笹を燃やす時に短冊を見るからだと思うんですよね」
「それ以外の願い事はどうなんだ?」
欲しい物以外の願い事はただひとつ、 『いつか立派な魔法使いになって、世界を救う英雄の役に立ちたい』。
友達が『お嫁さん』とか『幸せになりたい』とか書いている中、シィルの願い事は馬鹿にされたものだ。
「うーん……ある意味、願い事は叶ったかも知れないですね」
シィルはちらりとランスの顔を見た。
本人にその気があるかどうかはともかく、ランスは世界を救うだけの実力を持っているように見える。 完璧とは言えないけれど、多少なりともそのランスの役には立てているのではないかとシィルは思う。
「ある意味、か……」
納得のいかない顔をしているランスに、シィルは曖昧な微笑みで返した。

「よーし、書けたぞ!」
「あてなも書いたれすよー」
夕食後のテーブルで、ランスとシィルそしてあてな2号は、 数枚の短冊にそれぞれの願い事を書き込んでいた。
「シィルちゃん、なんて書いたれすか?」
「えっ、秘密ー」
「ご主人様に隠し事は良くないぞ、見せてみろ」
返事も聞かず、ランスはシィルの短冊を取り上げる。
「何々『世界が平和でありますように』……つまらんヤツだな」
「ええー?」
「世界が平和になったら冒険者の仕事が減ってしまうではないか、そうしたらお前も飢え死にだぞ」
「……じゃあ、『みんなが幸せになりますように』ならいいですか?」
「ダメだ、俺様と俺様の女だけが幸せであればいい」
何故かランスは自信満々に言い放つ。ランスらしいといえばランスらしい願い事ではある。

小さくため息をついているシィルを押しのけて、あてなは自分の短冊をランスに見せた。
「あてなはね、『人間になりたい』って書いたの」
「無理だな、却下、『うはうはな身体になりますように』とでも書いておけ」
「うはうはになったら、もっとあてなを可愛がってくれるれすか?」
「ああ、うはうはになったらな……で、シィルの願い事はこれだ!」
余っていた白紙の短冊に、ランスはミミズがのたくったような字で『シィルの』願い事を書き込む。
「『一生ランス様の奴隷でいられますように』、だ……なんだ、他の願い事があるのか?」
言葉は疑問系ではあるけれど、短冊を持ってない方の手がグーになっている。 シィルは慌てて首を横に振った。
「え、いえ、別に」
シィルの一番の願いは、ランスにだけは見せられない。
(……今更『お嫁さん』なんて書いてもね)
「ところで、ランス様はなんて書かれたんですか?」
「女、金、美味い物」
非常にわかりやすい。それを見たシィルは、ただ、力無く笑うしかなかった。

数枚の短冊と簡単な紙の飾りを付けた笹を持って、三人は町はずれの広場にやってきた。 広場の中央には笹を燃やすための櫓が設置されており、既に何本もの笹が炎に包まれていた。
「ほー、結構な人数だな、こんなイベントがあるなんて、今まで知らなかったぞ」
「今年から始めたそうですよ、私も商店街の告知ポスターで知りました」
周りに倣って笹を投げ込もうとしたシィルを、ランスが止める。
「何ですか?」
「ああ……一枚短冊を付けるのを忘れてた」
ランスはポケットから取り出した短冊を笹に付けると、そのまま燃えさかる炎の中に投げ込んだ。 火がおこす風に、ランスが最後に付けた短冊が煽られる。 ほんの一瞬だけ文字が見えたが、短冊はすぐに炎に巻かれて焼け落ちてしまった。
(……えっ?)
『シィルがいつまでも側を離れないように』、そう書かれていたようにシィルには見えた。 ランスの字は読みやすい字とは言えないから、シィルの読み間違えかも知れない。
「……何をぼんやりしている、帰るぞ」
炎を見つめていたシィルの首ねっこを掴んで、ランスはぐいぐいと引っ張る。
「あっ、はい」
「帰ったら耳掃除だな、灰が耳に入ったような気がする」
「はい、ランス様!」
耳をほじりながら不機嫌そうに背を向けたランスの後を、シィルは慌てて追った。