短編まとめ

幸運の坩堝P

一話完結系

金魚狩り

-◇2005/06/04  冒険譚

「シィル、今のでいくつだ?」
「えっと、128個です、ランス様」
「ひとつ10Goldだから……これで1280Goldか、労力にあわん仕事だの」
やれやれといった顔で、ランスは剣を納めた。

◇◇◇

薄暗くじめじめした森の中、ランスとシィルは金魚狩りに精を出していた。 栄養価が高く美容に良いと巷で噂の『金魚の卵』を集めているのだ。
魔法ビジョンの情報番組で取り上げられたこともあり、街では野生金魚の卵が高騰している。 金魚はさほど強いモンスターではないが、それでも一般人が相手出来るものでもない。 レベルアップ兼小遣い稼ぎに最適な事もあり、各地の冒険者ギルドでは金魚狩りの依頼が溢れかえっていた。
そして、ランスもこの依頼を受け、金魚が居るこの森にやってきたのだった。

「一日かかってこれしか集められんのか」
「最近、乱獲されて数が減っているようですから」
それでも、ごく普通の冒険者レベルなら、一日数十個も集められればいい方だ。 人間性はともかく冒険者としては一流のランスだからこその100個超えだ。
「何かこう、楽してごっそり手に入れる方法はないもんかな、例えば他の冒険者を脅して……」
「ランス様……」
「本気にするな、バカ」
冷たい視線に耐えられず、ランスは冗談で誤魔化そうとするが、シィルの表情は変わらない。
「シィル、そんな顔してると美容に悪いぞ」
「へ……ふはっ!?」
ランスはシィルの鼻をつまんで上を向かせた。
「はひふんへふはっ!」
息が出来ず、シィルは思わず口を開ける。 ランスはその中に、今採ったばかりの金魚の卵を割り落とした。
いきなり口に卵を流し込まれて目を白黒させながらも、シィルは何とか飲み込んだ。
「ランス様っ!」
「がははははは」
「10Gold一気飲み……うう、もったいない」
「貧乏くさいことを言うな、バカモンが」
「でも……はうっ」
愚図るシィルを、ランスはぽかりと殴った。
「かまわん、俺様の奴隷たるもの、常に美しくあらねばならんのだからな」

◇◇◇

「さてと、もう一回くらい戦闘してから帰るぞ、村では何かと金がかかるからな」
森の外れにある小さな村は、金魚のおかげで未曾有の好景気だ。 すなわち滞在費もそれなりに値上がりしている。
「ランス様が夜遊びしなければ、そんなにお金を使わなくても済むのに……」
「ん?何か言ったか?」
シィルは慌てて口をつぐみ、首をぶんぶんと横に振った。

獲物を求めて、森を彷徨くランスとシィルの前に、がさり、でか金魚が飛び出した。
でか金魚も、決して強いモンスターではない。 だが、今まで戦っていた金魚とほぼ同じビジュアルでサイズだけが数倍大きいため、 距離感が掴めず、ランスは意外にも苦戦していた。
「くそっ、でか金魚ごときに……」
ランスを援護しようと、シィルはファイアーレーザーの詠唱に入る。
注意が逸れたその一瞬、でか金魚が大きく跳んだ。
「シィルっ!」
「きゃあっ」
不意を突かれたシィルがでか金魚に押し倒される。ランスは剣を大きく振りかぶった。
「でか金魚の分際で俺のシィルに触るんじゃねえ!」

「シィル、シィル!?」
あっさりとでか金魚を倒したランスは、昏倒したシィルを抱き上げて世色癌を飲ませる。 ダメージは回復しているようだが、シィルの意識は戻らない。 シィルの躰をがくがくと揺さぶると、髪から服から、でか金魚の胞子と思われる金色の粉が舞い上がった。
でか金魚の下敷きになった時、傘の裏から大量にこぼれた粉を、シィルは吸ってしまったようだ。 自分も吸い込まないよう注意しながら、ランスは粉を払い落としてやる。
「この粉のせいか……?」

意識不明のシィル(と荷物)を背負って村に戻ったランスは、宿の女主人に呼び止められた。
「お連れさん、でか金魚にやられたのかい?」
でか金魚の胞子は通常咽せるだけで無害だがこの時期だけは毒を持つのだと、女主人は説明した。 この村の住人も、年に数人ほどこの毒にやられるという。強い催眠性を持つ胞子の毒は、 それ自体命に関わるものではないが、いつまでも眠りから覚めなければいずれは衰弱死に繋がる。
「出目金の卵とポポラ酒で作った卵酒を飲ませれば、一発で治るよ」
そう言いながら、女主人は棚からポポラ酒の瓶を取り出した。
「出目金の卵は持っているかい?」
金魚狩りの最中、出目金も何匹か倒したが、一匹として卵を持っているものはいなかった。
「うーん……もしかしたらもう、出目金使いが回収しちまったのかも知れないね」
出目金使いは、出目金を弾丸として撃ち出すバズーカを武器とする女の子モンスターだ。 弾の確保のために出目金の卵を集めているのだろう。

◇◇◇

「一人で大丈夫かい?」
「俺様は天才だからな、心配ない」
シィルの世話を宿の女主人に頼み、ランスは一人で再び森に向かった。 日も暮れてるし危険だと引き止められたが、意に介せず村を後にする。
今すぐどうこう、という毒ではないとはいえ、やはりシィルが心配だ。

出会い頭にざくざくと金魚や出目金を倒していく。しかし、卵を持っている出目金は見つからない。
「やはり出目金使いを捜さんとダメか」
軽く休憩を取ろうと、ランスは手頃な岩に腰掛けた。 女主人が持たせてくれたお茶を飲もうと、背負い袋をごそごそとかき回す。
「シィル、お前がいないと……」
水筒のお茶を一口飲んで、ランスは誰にともなく呟く。
「冷めたお茶しか飲めんし、荷物は自分で持たんといかんし、回復も世色癌頼りだし」
大きくため息をついて、木々の隙間から星空を見上げた。
「何より……一人はつまらんぞ、シィル……」

背負い袋の中の卵が100個になろうかという頃、ようやくランスは出目金使いを見つけた。
「いけー出目金バズーカ!」
「させるか!」
発射された出目金を難なく避け、ランスアタックで出目金使いを打ち倒す。 戦闘不能になった出目金使いを、ランスは用意しておいた捕獲ロープですかさず縛り上げた。
「何をするつもりだ!」
じたばたと藻掻く出目金使いを足下に転がして、ランスは一息ついた。
「うむ、ナニをしてやっても良いが……」
出目金使いの動きが止まった。人間と交わることは、女の子モンスターにとってほぼ死を意味する。
「やだ、死にたくないよ、まだ孵してない出目金の卵があるのに」
「やはりお前が持っていたのか、その卵を寄越せば命だけは助けてやるぞ」

◇◇◇

出目金使いから卵を受け取ると、ランスは急いで村に戻った。 やはり心配していたのだろうか、ランスを女主人は宿の入り口で出迎えた。
「さすがだよ早かったね、すぐに卵酒を作るからね」
出目金の卵とポポラ酒の瓶を手にして、女主人は厨房に引っ込んだ。 卵酒作りは女主人に任せ、ランスはシィルが寝ている部屋に向かった。

ランスは椅子を引き寄せてベッドの脇に座り、シィルの顔を覗き込んだ。 顔色はやや悪いものの、呼吸も落ち着いているしそれほど弱っている様子は見受けられない。 直前に、ふざけて飲ませた金魚の卵が良かったのかも知れない。
ランスが森に入っている間に、女主人がシィルを風呂に入れてくれたようだ。 顔を近づけると、ほのかに石鹸の香りがする。良い香りのもこもこ頭を、ランスはそっと撫でた。
「ご主人様が天才冒険者で良かったな、シィル、目が覚めたら朝まで折檻だぞ」
キツイ言葉を吐きながらも、ランスは穏やかな顔でシィルをじっと見つめていた。