琥珀の城から
シィルとラドン◇2004/12/19 R6
──ランス様……ご無事だといいのだけれど
ゼスで引き受けた依頼は、教育長官ラドンからのものだった。任務完了報告のため、
ラドンの住む琥珀の城に出向いたものの、魔法使い絶対主義者のラドンによって、
ランスは奴隷観察場へと放り込まれてしまった。ランスとは逆に手厚くもてなされていたシィルだったが、
今この瞬間も、奴隷観察場でモンスターに囲まれているだろう
ランスの事を思うと、せっかくの料理も喉を通らない。
「おや、シィル殿、金魚のバター焼きはお口に合いませんかな?ぷるるるっ」
「あ、いえ……いただきます」
いらないと断れば、給仕している二級市民のメイドが叱責される。
シィルは、料理を無理矢理口に押し込んだ。
──白色破壊光線でないと破れない窓か……ああ、私の魔法技能LVが2だったら……
魔法も神魔法もLV1、それでも通常の冒険にはそれなりに役にたっているつもりだったが、
肝心な時にランスを助けられない自分が腹立たしい。
「技能レベルを上げる方法ですか、ぷる~」
「ええ、教育長官であるラドン様なら、何かご存じかと思って」
以前、志津香が聖魔教団の秘法で、魔法レベルを上げたことを思い出し、
シィルはラドンに尋ねてみた。あの時は副作用も大きく結局すぐに戻ってしまったのだけれど、
ランスを奴隷観察場から助け出すためなら効果は一時的なものでもいいし、
副作用だってランスの身を案じているつらさを思えばどうってことはない。
「過去にはそういう儀式もあったそうですが、現在では失われてしまっていますねえ、ぷるる」
「そうですか……」
ラドンの答えに、シィルはがっくりと肩を落とした。
「しかし、立派ですな」
「へっ……」
「現在の能力に満足せず更に魔力を高めようというその心意気、せっかくの一級市民でありながら
向上心を持たぬ者が多い中、シィル殿の態度は素晴らしい、ぷるるるるっ」
「いえ、そんな……」
力を求める理由がランス救出というラドンの考え方を否定するものであることに、
シィルは申し訳ない気持ちになる。
「よろしければスリープの魔法を教えましょうか?ぷるっ」
「私に使えるでしょうか?」
「そうですね、レーザーは使えますか?ぷるるる」
「あ、はい、スノーレーザーとファイヤーレーザーだけですけれど」
「ぷるるっ、それは素晴らしい!氷系と炎系、二系統の魔法を習得しておられるとは、
さすが冒険者ですな」
「器用貧乏なんです」
自嘲気味に呟くシィルには気付かず、ラドンは感心して唇を振るわせる。
「シィル殿のような優れたお嬢さんがゼスの要職に付いてないとはもったいないことですよ、
ぷるるるっ!もっと人材登用制度を見直さねば……」
その日も、シィルはぼんやりと奴隷観察場を見ていた。たったガラス一枚向こうでは、ランスや、
その他二級市民達が命をかけて戦っている。それを安全なところから眺めているだけの、無力な自分。
隣の部屋では、ラドンを訪ねて来たゼス四天王の一角パパイア・サーバーが帰るところのようだった。
「じゃあデータの方、よろしくお願いね~」
「承知いたしました、パパイア様」
ゼス出身とはいえ、間近で四天王を見られるチャンスなんてめったにない。シィルの好奇心がうずく。
──そんな場合じゃないのは解ってるけれど……ちょっとだけ
シィルはそっとドアを開け、廊下を歩いていくパパイアの後ろ姿を覗いた。
その視線を感じたのか、ふとパパイアが振り返る。
「あら……」
視線がぶつかり、慌ててシィルは深く頭を下げた。それを見たパパイアは、くすっと笑う。
「こんにちはピンクもこもこちゃん、ラドンちゃん、ずいぶん可愛い魔法使いを隠してるじゃない」
「ええ、彼女は冒険者でしてね、先日私の依頼を受けてくださったのですよ、ぷるるるっ」
「へえ……」
「そういえばシィル殿は、技能レベルを上げる方法を探していたのでしたっけな、ぷるるるっ」
四天王パパイア・サーバーといえば、魔法研究者のトップだ。シィルは、期待に顔を上げる。
「技能レベルアップかあ……うん、おもしろそうだわね、
今の強化人間の研究が一段落付いたらやってみようかしら」
「ぷるるっ、それはいいですな、一級市民でも技能レベルが1に満たない者も多いですからな」
「そうねえ、その時はあなたも協力してね、ピンクもこもこちゃん」
パパイアはシィルにウィンクして去っていった。
「パパイア様のお目にとまるとは、さすがですなシィル殿、ぷるるるるっ」
「あの、パパイア様の研究の……強化人間って何なのですか?」
シィルは、ちらりと頭を掠めた疑問を口にする。
「ぷる~、薬物や魔法で強力な戦士を作る研究ですよ、魔法が使えない二級市民が、
魔法使いの役に立てるといえば、壁役くらいしかないですからね、ぷるる」
「……っ」
「奴隷観察場はパパイア様の実験場も兼ねているのです、
今日もパパイア様がお持ちになったテスト版の強化人間を……」
ランスの強さは知っている、でも、そんな人為的に強化された戦士と戦って無事で済むのだろうか。
「そういえばシィル殿が連れていた奴隷戦士ですが、強化人間と戦っていたようですよ、ぷるるっ」
「そ、それでどうなったんですかっ?」
「それが、その後行方不明になったようで……反省したようだったらシィル殿に返そうと思っていたのですが、
申し訳ない事をしましたな、近いうちに代わりの奴隷戦士を調達いたしましょう」
ランスが行方不明、一瞬絶望にうち拉がれそうになったシィルだったが、ランスが奴隷観察場から
脱出する可能性に思い当たり、気を取り直す。
「あの、ラドン様、代わりはいりません」
ランスの代わりになれる人物なんていない、そんな言葉を心の中で呟きながら。
「それで……それそろ私、おいとましようかと」
ラドンとその取り巻きの魔法使い絶対主義者達と適当に話を合わせながら、
琥珀の城に滞在していたのは、ただ、ランスを助けるチャンスを待っていただけだったのだから。
これ以上、厭な気持ちのままここにいる必要はない。
「そうですか、ぷるるっ、是非娘に会っていただきたかったのですが、残念ですな」
「すみません、娘さんにはよろしくお伝えください」
「ぷるるっ、ご自宅はどこですかな、うし車で送らせましょう」
アイス、と言いかけてシィルは思い直した。ランスを探すなら、ゼス内の方がいい。
でないとまた、ランスが危険な目に遭いかねない。
「オールドゼスです、あの自宅というか実家なんですけれど、たまには顔を出そうかと」
琥珀の城から最も近い都市、オールドゼス。
脱出したランスが単身潜伏するには都合が良さそうに思えた。
──ああ、ランス様、どうかもめ事を起こしていませんように
ラドンが用意したうし車に揺られながら、シィルはランスとの再会に思いを馳せていた。