時代の英雄
R6基準 シリーズ完結後◇2004/10/09 未来捏造
──かつて、破壊と混乱の時代があった
──そして、突如現れた一人の人物によって大陸に平和がもたらされた
──しかし、英雄たる資質を備えた人物は
──とっても自分勝手で
──とってもスケベで
──とっても乱暴で
──とても正義とは思えない男だった
◇◇◇
「ねえ、英雄の話って、私が生まれるちょっと前の事だよね?」
「そうよ、いきなりどうしたの?ホーリィ」
「じゃあ、ママはもしかして英雄に会った事があるの?」
夕御飯の支度を手伝いながら、かねてより思っていた疑問をママにぶつけてみた。
『時代の英雄』の伝説が、全て事実だと思うほど、私も子供じゃない。
でも、これだけ多くの人に好まれ語り継がれているお話なのだから、幾分かの真実は含まれていると思う。
「……ええ、あるわ」
「やっぱり伝説にあるように、どうしようもない男だったの?」
「あはは、そうねえ、確かにそういうところもあったわね」
ママは楽しそうに笑っていた。
「じゃあさ、やっぱりママも英雄に口説かれたりとか、した?」
ママにあんまり似なかったのが悔しいって思うくらい、ママは、娘の私から見てもかわいい。
スケベで女好きだったらしい英雄が、若い頃のママを見て、放っておくはずはないと思うんだけど。
「残念ながら、ちゃんと口説かれた事は無かったかな」
「えー?そうなの?」
なんか納得いかないような。
「でもでも、もし英雄に口説かれてたら、パパと英雄、ママはどっちを選んでた?」
ちょっとびっくりした顔のママ。でもすぐ、いつものように優しく笑う。
「どっちにしたって、パパに決まってるでしょ?だって、初恋の人なんだから」
「あ、そういえばそうだっけ」
どうしてパパと結婚したの、ってママに聞いた時、『初恋の人だから』って返ってきた事があった。
それまでにもちょっといいなあと思う人はいたらしいんだけど、ずっと一緒にいたい、
って思ったのはパパが初めてらしい。
「そろそろパパを呼んでらっしゃい、ご飯の支度が出来たから」
◇◇◇
私のパパは冒険者だ。
どんな任務でも必ず成功させるという、ものすごく腕の良い冒険者なのだそうだけど、
家にいる時は、だらだらしてたりママといちゃいちゃしてたりで、そんなすごい人には見えない。
「自分勝手で、スケベで、乱暴……かあ……」
パパにも当てはまるところはあるけどそれでも私とママには優しいし、
現在消息不明の英雄よりもパパを選んだママの目が確かって事なのかな。
「パパ、ご飯出来たよ」
「んあ?」
パパは大きな椅子で居眠りしていた。
黙っていれば結構……かなりいい男だと思うんだけど、バサバサの茶髪にいつも眠そうな目、
握り拳が入りそうな(実際入るらしい……私は見た事無いけど)大きな口、加えてこのだらしなさが、
全てをダメにしている。
……まあ、そんなパパでも、私は大好きなんだけど。
「だからご飯だってば」
「おお!」
パパは袖口でよだれを拭って飛び起きた。……せめて、もう少しでいいからきちんとして欲しいなあ。
「今日はね、私がサラダ作ったんだよ」
「そうか、えらいぞホーリィ」
パパは私の頭をぽふぽふと叩く。小さい頃はくしゃくしゃと撫でてくれてたのだけれど、
私が大きくなるにつれて、パパそっくりなバサバサ髪になったのが、今ひとつお気に召さないらしい。
私だって、ママみたいなふわふわで明るい色の髪に憧れるけど、
青い瞳の色以外はすっかりパパに似てしまったのだから仕方ない。
「英雄?なんだそりゃ」
ピンと来ない様子のパパに、私は『時代の英雄』の伝説を説明した。
私が生まれる前は、ママもパパと一緒に冒険の旅に出ていたのだという。
英雄に会ったのはたぶんその頃だし、だとしたら、きっとパパも英雄に会ってるはず。
「英雄、なあ……」
「ママは会った事あるって言ってたよ、でも口説かれなかったって」
「うーむ……そういえばちゃんとしたことは無かったかもな」
あ、ママと同じ事言ってる。
「で、パパは英雄に会った事あるの?」
「俺様自身が英雄だからな、会ったもクソもないぞ」
腰に手を当てて偉そうに鼻を鳴らすパパ。
「もう、そりゃあ、ママにとってはパパが英雄なんだろうけどさあ」
「当然だな」
パパが変なところで自信家なのは、ママが褒めすぎるせいもあるんじゃないかなって、たまに思う。
パパとママが仲良くしてるのはいい事なんだけど。
◇◇◇
「なあシィル、なんで結婚したんだっけ?」
夕御飯を食べ終わって、三人でお茶を飲みながらくつろいでいると、パパが唐突に切り出した。
「さっきホーリィに言われて気付いたんだが、俺、ちゃんとお前を口説いた事無かったよなあ?」
「それは……朝起きたらランス様が私を役所に引きずってって、いきなり」
「ああ、それは覚えてる、なんでそんな事したんだっけかなあと思ってさ」
「……知りませんよ、急な事だったし」
ママは、ふいっとそっぽを向いてしまった。
「まあ、なんにせよ、お前と結婚して正解だったと思ってるぞ、さすが俺様」
こんな時でも威張るのを忘れないパパ……さすがというかなんというか。
「家族も三人に増えたし」
「あ、来年また増えますよ」
「えっ?」
「それって……」
ママは、お腹に手を当てて、ちょっと照れくさそうに、それでいて誇らしげに微笑んだ。