ピンクなキモチ
ランス×ピンク仮面◇2004/07/14 冒険譚
01
自由都市地帯の小さな村、ストマ村という所の近くに『修行の迷宮』というところがある。
初級冒険者が潜って実戦経験を積むのに最適な構造と出現モンスターなので、そう呼ばれているそうだ。
一月ほど前にも、レベルアップ目的の冒険者が迷宮に入った。
いつもなら、一週間ほどで攻略するはずなのに、彼らはいつまで経っても帰ってこなかった。
迷宮を管理しているストマ村のライン村長はそれを不審に思い、
中級レベルの冒険者に調査を依頼した。ところが、彼らもまた、重傷を負って戻ってきたという。
帰ってきた冒険者の話によれば、迷宮の構造は変化していなかったものの、
出現モンスターのレベルが予想以上に高かったのだそうだ。
迷宮に潜る冒険者相手の商売で成り立っているストマ村としては、
このような状態では死活問題に関わる。
そこで、腕の良い冒険者を雇う事になった。村長が提示した報酬は相場の倍以上といったところか。
破格の報酬に釣られてやって来たのは、同じ自由都市地帯にあるアイスの町の冒険者、ランスだった。
◇◇◇
「ランス!」
ランス様に背後から声をかける。
「ん?」
不機嫌そうな顔でランス様は振り向いた。
「お前は……」
品定めをするように私の事をじっと見る。心なしか、胸とかお尻のあたりで視線が止まっているような。
「ピンク仮面、だったけか、久しぶりだな」
以前、ランス様があてなちゃんだけを連れてお仕事に行った時の事。
お留守番を命じられたのだけど、どうしても我慢できなくってこっそり付いて行った。
束ね髪にピンクのマスク。ランス様が選んでくれる服のように露出度は高くないけれど身体のラインがくっきり出るレオタードに、
ひらひらスカートとマントを付けて。ランス様をごまかせるかは不安だったけど、一応変装しているつもり。それがピンク仮面。
ちょっと……いやかなり恥ずかしい格好だけど、ランス様を怒らせる事を考えればこっちの方がいい。
戸棚の奥にしまっておいたそのコスチューム一式を見つけた時、ちょっと迷ったけれど、
再びピンク仮面としてランス様のお手伝いをしようと決めた。
「一人でお仕事?」
「んーまあな、出がけにちょっとな……」
いつもなら、私──シィル──とあてなちゃんのどちらか、
あるいは二人をお供に連れて行くのだけれど、
今回、どちらが付いて行くかでちょっとした言い争いになってしまった。
それを見ていたランス様は無言で、お家を出て行ってしまった。
しまった、と思った時はもう遅かった。
ランス様に付いて行くためには、どうやって切り出したらいいのか……
「ああ……そうだ、おまえ一緒に来るか?」
「へ?」
「モンスター退治なんだが、どうせならかわいい女の子と一緒の方が仕事もはかどるってもんだ」
う、コレって、ランス様にナンパされてるのかな?ちょっと新鮮な感覚。
「おまえがどの位やれるかは前に見てるし……なによりあの時、
助けてやった後お礼もしてもらってないしなあ」
「あ、あう……」
ランス様にとっての『お礼』って、やっぱり……だよね。
それにしても、私を買い取る前のランス様って、こうやって冒険のお供を現地調達してたのかしら。
「どうする?ピンク仮面、俺様の手伝いをするか?」
「ええ……喜んで」
日も傾いた頃、ランス様と私はストマ村に着いた。
その足でライン村長の家に向かい、仕事の内容を聞く。
「迷宮の最奥部には召喚魔法陣がありまして、遠隔操作で特定のモンスターを召喚しております」
ライン村長は迷宮のマップとモンスターリストを私たちに見せる。
「ですが、戻ってきた冒険者さん達の話によれば、入り口付近こそリスト通りだったものの、
途中から急にモンスターが強くなったそうでして」
迷宮のモンスターは、下層に行くに従って少しずつ強くなるのが普通だ。
一回の戦闘で回復が追いつかなくなったら戻れ、それが迷宮探索の鉄則。
「最初の奴らは引き際を誤って命を落としたってわけか」
「……私はこの村で多くの冒険者を見てきましたから、ある程度の力量は判別できるつもりです。
あなたは相当の手練れと見ました。どうか、こんな事になった原因を突き止めてください」
ライン村長はランス様に頭を下げる。
「がははははは、俺様に任せておけ、こんな狭い迷宮のモンスターなどぺぺぺのぺーだ」
「よろしくお願いします」
「この村は、迷宮に潜る冒険者相手の商売で成り立っているのね」
村長に紹介された宿は、いかにも冒険者向きといった感じの作りだった。
「つまらん任務だが、まあ明日から頑張るとするか」
「じゃあ、明日は9時出発で」
スケジュールの確認をし、自分に割り当てられた部屋に戻ろうと立ち上がった私の肩を、
ランス様がガシッと掴む。
「……ピンク仮面」
「はい?」
「まさかそのまま部屋に戻るつもりじゃねえだろうなあ?」
今日はそういう雰囲気にならないって油断してたら……ランス様、ちょっと目が怖いです。
「いつかの礼をしてもらおう、って言ってるんだよ」
ランス様を助けるつもりだったのに、逆にランス様に助けられたピンク仮面。
ホントはその場で『お礼』をさせられそうになったのだけれど、ランス様が私の胸を触った瞬間、
シィルだという事がばれそうになって慌てて逃げ出してしまった事。
「えっと……お仕事が終わってからにしない?」
「ああ?」
「……今でいいです」
今の私はピンク仮面なのだから、必ずしもランス様の言う事を聞かなくてもいいんだけれど、
やっぱり逆らいにくい。
「うむ、美味であった!」
コトが済んで上機嫌のランス様。
「束ね髪とマスクはそのままというのもまた新鮮でよし」
「はあ……」
何も着ていないのにマスクだけ付けてる、っていうのも我ながら間抜けだなあって思うんだけど。
「じゃ、今度こそお休みなさい」
ピンク仮面のコスチュームをもう一度着直すのは面倒だったので、
ガウンだけ羽織ってベッドから抜け出す。
「ああ、待て、部屋まで送ってやろう」
「……?」
「その色っぽい格好を他の男に見せる訳にはいかんからな」
がははといつもの高笑い。
「もし廊下に誰かいたら……」
「殺す」
……即答ですか。
廊下に誰もいない事を祈って部屋を出る。ランス様は軽く私の肩を抱いて、
万が一誰か来たら隠せるようにしてくれている。
その優しさを、ほんの少しでいいから私──シィル──にも向けて欲しい、
っていうのは贅沢な悩みなのかな。
迷宮が封鎖されているため、現在宿にいる冒険者は私たちだけのようだった。
幸いにも犠牲者を出すことなく、部屋にたどり着く。
「明日から、よろしくお願いしますね」
「ああ頑張ってくれよ……頼りにしてるからな」
何だろう、このキモチ。嫉妬、なんだろうけど、対象は自分だし。
ガウンもマスクもとって、髪をほどいてベッドに潜り、落ち着かない気分で目を閉じた。
◇◇◇
翌日。
最低限の荷物だけで、ランス様と私は修行の迷宮に向かった。
ライン村長に教わったとおり、入り口の結界を一部解除して、中に入る。
入り口からしばらくは、雑魚モンスターばかりだった。
私が回復魔法を使う間もなく、ランス様がザクザクとモンスターを倒していく。
「楽勝楽勝!」
もはやランス様は鼻歌交じりだ。……ちょっと音痴かもしれない。
特にする事もない私は、周囲の調査に全力を尽くす事にした。
入り口の結界のせいもあるのかもしれないけれど、迷宮内に濃密な魔力が満ちているのを感じる。
人工的に整えられた壁には、これといって変わったところはない。
マップに従って全通路の調査を終え、下の階に降りる階段にたどり着く。
階段の前に魔法陣。
「あれがモンスター召喚の魔法陣か?」
「違うみたい……」
魔力調査の呪文を唱えると、それが体力回復の魔法陣である事がわかる。
「……あれ?」
「どうした?」
回復魔法陣であるはずなのに、なにか悪意の魔力がわずかに混じっているみたい。
「……どういう事だ?」
「トラップ、かもしれない」
マップには魔法陣の事は載っていなかった。なのに、
下り階段の手前にいかにも回復してくださいといわんばかりの魔法陣。そしてわずかに混じる悪意の魔力。
「踏んでみるか」
「じゃあ私が……」
「いや、俺様がやろう」
うーん、いつもだったら有無を言わさず「お前が踏め」って言うのになあ。
やっぱり、シィル以外の女性には優しいのかなあ、しくしく。
念のためランス様に防御力アップの呪文をかけ、魔法陣に入ってもらう。
「どう?」
「うーむ、確かに体力は回復しているようだが……」
そもそも、この階ではたいしたダメージを負っていないせいもあって、
回復効果がよくわからないようだ。
「特に何も起きないみたいだし、トラップだと思ったのは考え過ぎだったのかしら」
「まあいいか、下の階に降りるぞ」
ランス様はちょっと腑に落ちない顔をしながらも、魔法陣から出た。
階段を下りると、上の階より少し薄暗かった。見える見えるの呪文で玄室を照らす。
「ん、あれはぷちハニーか」
ぷちハニーは通常たいした攻撃力を持たないけれど、
突っついているウチに自爆攻撃の大技を出してくる。
「自爆される前に潰しておこう」
ぷちハニーに気づかれないよう、ランス様はそろそろと近寄り、剣を振り上げ……
「やべえっ!」
「えっ?」
ぷちハニーの手前でくるりと振り向くと、そのままジャンプして私を床に押し倒す。
その瞬間、ぷちハニーが自爆した。
「大丈夫か、ピンク仮面!」
「ええ、私は……」
ランス様がかばってくれたおかげで、自爆によるダメージはほとんど受けなかった。
……押し倒された時に打ったお尻がちょっと痛いけど。
「ランスは……怪我は無い?」
「ああ、さっきの防御力アップがまだ効いてたみたいだ」
ランス様も怪我をしていないようで一安心。それにしても。
「予備動作なしでぷちハニーが自爆するなんて……」
「新種のぷちハニー、ってわけじゃなさそうだな」
ランス様は私の上から起きあがり、自爆したぷちハニーのかけらを拾い上げた。
私も立ち上がって、かけらを拾う。見た感じは、普通のぷちハニー(のかけら)のようだ。
「これは……」
いくつか拾ったかけらの一つに魔法文字が刻まれていた。ランス様にそれを見せる。
「なんだこりゃ?」
「さっきの魔法陣と連動したトラップ……かな?」
おそらく、あの魔法陣を踏んだ瞬間から、自爆のカウントダウンが始まるのだろう。
そして、階段を下りて鉢合わせたとたんドカン、だ。
落ち着いて周りを見渡すと、自爆に巻き込まれたと思われる損傷の激しい死体がたぶん二人分。
「っ!」
死体はまだ新しいようだ。まだ腐り始めていないのは、迷宮内の魔力のせいかもしれない。
冒険者が倒したモンスターがすぐに腐らないように調整してあるのだろう。
「……最初の冒険者達か」
ランス様は剣で死体をひっくり返していた。……何で死体の懐を探っているんですか?
「お、世色癌見つけ」
「……」
「……もうこいつらには必要のない物だから、俺様が有効活用してやるだけだ」
まあ確かにそれは正論なんだけど。
「取り敢えずこいつらの死体を地上に運び出して埋めてやるか」
よっぽど非難がましい目でランス様を見ていたのだろうか、
ランス様はばつが悪そうな顔で立ち上がり、死体を担ぎ上げた。
私も一人担ぎ上げる……ほどの力は無いけれど、
これ以上ひどい有様にならないように注意深く引きずった。
迷宮の外に出て、近くの林の中に死体を埋める。
できあがった塚に死体が持っていた剣と杖を突き刺し、簡素な墓標とした。
「こうはなりたくねえよなあ、やっぱり死ぬ時はかわいい女の子に看取られて……」
私が冥福の祈りを捧げている横で、ランス様はまじめな顔で不謹慎な事を言っている。
村長の話によれば、最初に迷宮に入った冒険者は、
まだ駆け出しと言って差し支えないレベルだったそうだ。
彼らは1階のモンスターにさえ手こずって、階段前の回復魔法陣を使用したのだろう。
そして、階段を下りたところでぷちハニーのトラップに……
「戻ってきた奴らの中には、回復魔法の使い手が居たらしいからな、
魔法陣を使わなかったんでトラップに気づかなかったんだろう」
「ある意味、冒険者の実力を試すようなトラップね」
ある程度場数をこなした冒険者なら、回復の重要性を知っている。
下準備ができる迷宮探索なら、回復魔法を使える人間を連れていくのが普通だ。
ランス様が私を連れていくように。……やっぱりランス様にとって私は、道具でしかないのかなあ。
「どうした、ピンク仮面、何考え込んでるんだ?」
「あ、ううん、別に」
今はそんな事考えている場合じゃない。まだ仕事中なんだから。
「ひゃあっ?」
急にランス様が私を抱きしめ、耳元に囁いた。
「ぼんやりしてるとお前もああなっちまうぞ?」
「あう……ごめんなさい」
「……一度宿に戻って着替えるか、すっかり泥と血で汚れたしな」
宿で食事を取ってから、村長の家に報告に向かう。
私たちを出迎えてくれたのは、私と同じくらいの年格好の女の子。
「あなた達、おじいさまに雇われた冒険者ね」
フィナと名乗った女の子は、ライン村長の孫なのだそうだ。私たちを見て、
なんだかびっくりしたような顔をしている。
「でも、どうしてここに……?」
「宿に戻ったついでに中間報告だ」
「そう、じゃあおじいさまを呼んでくるわ」
ねぎらいの言葉の一つもないその態度に、ランス様はちょっぴり不機嫌そうだ。
「初級冒険者を狙ったトラップですか……」
「ああ、ついでに死体は埋めておいてやったぞ」
「ありがとうございます、本来なら迷宮管理人である私の仕事なのに」
村長に報告をしている私たちに、フィナさんがお茶を運んでくる。でもなんだか態度がとげとげしい。
何か彼女に悪い事したかなあ。ランス様も、よからぬ事はまだしてないのに。
「トラップという事は、誰かが悪意を持って迷宮に手を付けた、という事ですね」
「だろうな、召喚魔法陣をいじったのも同じヤツだろう」
「魔法陣+モンスターってトラップからすると、召喚魔法に長けた人物だと思いますよ」
「召喚魔法使いですか……」
「心当たりがあるのか?」
村長は大きくため息をついて頭を振った。
「この村は修行の迷宮を管理するために作られたような村ですから、
迷宮のメンテナンスのため召喚魔法を使える人間は何人もいるのです。
私もそうですし、そこにいる孫のフィナも……絞る事は難しいですね」
「村の人とは限らないじゃないの」
それを聞いていたフィナさんが、村長に食ってかかる。なるほど、
もともとこういうきつい性格の子なのね。……ランス様はこういう子は苦手だろうな。
ちらっと顔を窺うと、案の定うんざりした顔をしていた。
「確かに、村の人がわざわざそんな事をするとは思えないわ」
「ああ、このまま迷宮が修行に使えなくなると、困るのは村の奴らだからな」
迷宮に向かいながら、ランス様と今後の方針について話をする。
村長さんとの話し合いの結果、現在召喚されているモンスターを倒した後、
一度迷宮内の召喚魔法陣をリセットする、という事になった。
とはいえ、私もランス様も召喚魔法は使えないので、
私たちがやるのはモンスター退治と魔法陣の消去まで。
「気合い入れて行くぞ、ピンク仮面!」
「はい!」
地下1階から先のモンスターは、予想通りというか、かなり手強い相手揃いだった。
「……なあ、ピンク仮面」
「はい?」
肩で息をしながら一時休憩。
「なんかさ、倒しても倒してもモンスターが出てくる気がしねえか?」
「魔法陣は遠隔操作できるって話だし」
「俺たちの様子を窺いつつモンスターを召喚してるヤツが居るって事か」
「……たぶん」
地下に降りてからずっと、誰かに見張られている気配。遠見の呪文で私たちを監視しているのだろう。
となれば、犯人は比較的近くにいるはず。やっぱり村の中に、今回の敵が居るのかなあ。
「……まあいい、考えるのは宿に戻ってからにしよう。のんびり休んでる暇はなさそうだしな」
ランス様は闇を睨んで剣を構え直した。
一気に地下5階まで潜ってみたけれど、マップにある通りそこで行き止まりだった。
途中の通路もくまなく調べたけれど、敵の親玉が潜んでいる気配はない。
「召喚魔法陣があったわ」
ちょっと見にはわからない天井の薄暗がりに、モンスター召喚の魔法陣を見つける。
消魔の呪文をかけた後、剣を使って削り取ってもらう。
「これで迷宮内にいるのは、既に召喚済みのモンスターだけだな」
「そうですね、他には召喚魔法陣もなかったし」
「そいつらをプチプチ潰せば、一応は依頼遂行だ」
そうなんだけど。
「何だ、言いたい事があるなら言ってみろ」
「う……ん……」
「はっきりしないヤツだな、言わないならこのまま戻るぞ?」
「……結局、親玉を倒さないと、また召喚魔法陣を敷かれてモンスターを集められちゃうよね?」
「だがそれは今回の依頼の範疇じゃない。俺様はただ働きは嫌いだ」
そう言ってからランス様はしばらく考えて、それからニヤリと笑った。
あ、なんかイヤな予感が。
「村長の孫の……フィナって言ったっけかな、性格はきつそうだったが顔は合格レベルだ。
彼女が身体で報酬を払ってくれるんなら、そこまでしてやってもいいがな」
ああ、やっぱりそうなるんですね?
「あ、あの……私じゃ……ダメ?」
おそるおそる。
「縁もゆかりもない村のために、おまえが体を張るって言うのか?」
もちろんフィナさんが気の毒だとかって言うのもあるけど、本音はもっと自己中心的なところ。
ランス様が他の女の子を抱くのを見たくない、っていう。
「確かにおまえの身体もグッドだが、こーゆーのは数をこなす事に意義があるんだ!」
……何の意義なんですか、もう。大きくため息。
「ちゃんとおまえもかわいがってやるから、そうがっかりするな、ピンク仮面」
そう言う意味でがっかりしている訳じゃありません!
それから、モンスターを倒しつつ迷宮の入り口まで戻る。
「これで迷宮内のモンスターは全部倒したな」
「ええ、入り口に封印をしておくわね」
敵の召喚魔法使いのレベルはわからないけれど、とりあえず私が使える最大レベルでの封印を施す。
私自身で封印を解くか、あるいは、私が死ぬかしない限り、絶対に解けない封印。
「よし、村に戻るぞ」
02
今日の経過を村長に簡単に報告し、私たちは宿に戻った。
……フィナさんを口説くのは、明日以降にする事にしたようだ。
食事を済ませお風呂に入って、私はベッドに倒れ込んだ。
封印の魔法は、気力も体力も削られる。今日はぐっすり眠ろうと目を閉じると、ノックの音が聞こえた。
「ピンク仮面、もう寝たのか?」
「あ、いえ」
あわてて髪を束ね、マスクを付けてからドアを開けると、ランス様がいた。
あ、そうか、追加報酬を身体で払う、って昼間約束してたんだっけ。
ホントはそこまで体力に余裕がないんだけど、放っておいたら、
ランス様がフィナさんに夜這いをかけそうな気もするし。
「……疲れているな」
「封印の魔法を使ったので……あ、でもお相手するくらいなら何とか……きゃっ」
ランス様は私をお姫様だっこしてベッドに放り投げた。腰の剣を外して枕元に置いてから、
私の隣に横になる。
「まあ、元気になってからのほうがいろいろと楽しめるからな」
「えっと……」
「どうしてもって言うなら抱いてやるぞ?ん?」
それは丁重にお断りしたけれど。
封印に気づいた敵の親玉が私を狙ってくるかもしれない、とランス様は言った。
「それでわざと封印の事を村長に言ったのね?」
「おそらく敵もこっちの情報を集めているだろうからな」
こちらから敵の居場所を突き止められないなら、エサを用意して引きずり出す方が早いだろう、
というのが結論だった。
「ああ、おまえは寝てもかまわんぞ。召喚士だけなら俺一人で十分だからな。
まあ、ここで戦闘が始まったら、いくらなんでも寝ていられないだろうが」
「でも……」
「とにかく今は寝て、体力を少しでも回復させておけ。でないと足手まといになる」
言葉は乱暴だったけれど、ランス様は私の背中に腕を回してそっと抱き寄せてくれている。
「……はい」
ランス様の広い胸に頭を乗せると心臓の音が伝わってくる。
規則的な鼓動と暖かさに安心して、私は幸せなキモチで眠りに落ちた。
◇◇◇
目が覚めた時にはすっかり明るくなっていた。
「夜の襲撃はなかったな」
「勘ぐり過ぎだったんでしょうか」
「うーん」
朝食を済ませ、散歩がてら迷宮の様子を見に行く。
封印を破ろうとした形跡はなかった。
「やっぱり犯人は村の人じゃなかったのかしら」
「……ま、いいか、依頼はこなしたんだし、フィナちゃんの身体は名残惜しいが任務完了だ」
……
「いや、これから村に戻って、報酬とは別にフィナちゃんを口説くってのも有りだな」
うう……
「そんな、私困ります」
村に戻って早速フィナさんにアタックするランス様。はあ……
「それに、そちらの女性も困ってるじゃないですか」
「いいんだコレは俺様のど……いや、単なる仕事上のパートナーだから」
「将来を約束した人もいますし、お断りします」
「まあそう言わずに」
そろそろランス様を止めるべきかなあ。
「フィナ?」
私の後ろから、男の人の声がした。
「あ、ディーノ」
振り返ると、戦士っぽい格好の青年。
「こいつがフィナちゃんの彼氏って訳か」
ランス様は青年を指さした。ディーノと呼ばれた青年は、ランス様をじろっと睨む。
「……おまえが村長の呼んだ冒険者か」
体格ではディーノさんの方がランス様より上のようだ。でも……
はっきり言ってそれほど強そうじゃない。
最もランス様より強い人なんて、少なくとも一般人では見た事無いけど。
「そうよ、モンスター退治なんてディーノに任せておけばいいのに、
おじいさまったらわざわざ高いお金を出して」
「……こんな格好だけの戦士に、迷宮のモンスター退治なんてできるとは思えんがな」
ああ、ランス様、何でそこで挑発するような事を。
「なんだと?やろうってのか!?」
そして見え見えの挑発に、あっさり乗ってしまうディーノさん。
やっぱり、この人あんまり強くないみたい。ぱっと見て、ランス様との技量差がわからないなんて。
「俺様が勝ったらフィナちゃんはいただくぞ」
更に挑発を続けるランス様。ディーノさん、引き下がるなら今の内なのに。
「この野郎!」
ディーノさんは剣を抜いてランス様に躍りかかった。
ランス様は剣も抜かず、そこに落ちていた箒を拾い、それで剣を軽く受け流す。
「なめてんのか!」
「このくらいハンデ付けてやらんとなあ、あー俺様って親切だなあ」
……それは親切じゃなくて、相手をバカにしているだけですよ?
そして、村の広場で箒対剣の戦いが始まってしまった。
重量のありそうな剣を打ち込むディーノさん。
箒で攻撃を受けているだけのランス様。
全くわからない人が見ればディーノさん有利に見えるのだろうけれど。
「……何であなた、あんな男をパートナーにしているの?」
フィナさんがいきなり話しかけてきた。
「なんで、って……うーんそれは……」
「あなたには気の毒だけど、あんな男、ディーノにコテンパにされちゃえばいいのよ」
どう見てもこのままじゃあ、ディーノさんの方がコテンパにされちゃうような。
「ディーノはあんなに強くてかっこいいのに、おじいさまは彼との結婚を許してくれない……
でも、ここでおじいさまが信頼してるらしいランスをディーノが倒せば……」
「フィナさん……」
悪いけど、それは村長さんの方が見る目があると思う。
戦いが始まって20分ほど。
ランス様は相変わらずやる気なさそうな顔で、攻撃を避けているだけなのに、
ディーノさんは息が上がってきたようだ。それなりに体格がいいとはいえ、
あんな重そうな剣を振り回しているのだから、仕方ないのかもしれないけれど。
「そろそろ飽きてきたな……ピンク仮面、回復魔法の用意しとけよ」
「は?はいっ!」
いきなり声をかけられてびっくり。ランス様を見ると、箒を手に気を溜めている。
「手加減アターック!」
あっさりとのびてしまったディーノさんに、私は慌てて回復魔法をかけた。
手加減アタックのダメージより、疲労の方が大きいみたい。
「なんて卑怯な……」
後ろでフィナさんがぶつぶつ言っていた。んー、確かにランス様は卑怯なくらい強いけれど、
今は別に卑怯な手を使ってないんじゃないかな……
「っ!」
一瞬の閃光。
そしてそこに現れたのは、ぶたバンバラの群れ。
「行きなさい、モンスター!」
フィナさんが短い詠唱とともにランス様を指さすと、ぶたバンバラ達がランス様に襲いかかった。
「せっかくの計画を台無しにしてくれたお礼よ」
「計画……っ?まさかフィナさんが今回の……」
私の言葉には耳も貸さず、フィナさんは更に召喚魔法を詠唱した。
閃光の中からグリーンハニーの群れが現れる。
「おまえ達はこの魔法使いを攻撃しなさい!」
グリーンハニーは魔法攻撃を無効化する。
それでいて絶対命中のハニーフラッシュを打ってくるのだから……
「業火炎破!」
複数目標の攻撃魔法、業火炎破をぶたバンバラの群れに打ち込む。
私にはハニーにダメージを与える手段がないのだから、ランス様の援護に回るべき。
もし、私が意識不明になっても、ランス様が残っていれば、たぶん、助けてくれるはず。
自分自身の回復は最低限にとどめ、ランス様の回復とぶたバンバラへの攻撃を優先。
炎で怯んだぶたバンバラを、ランス様が確実に仕留めていく。
グリーンハニーの通常攻撃はたいしたこと無いから無視して、
ハニーフラッシュを受けた時だけ自分に回復魔法を使う。
ランス様が最後のぶたバンバラを倒し、こちらに走ってきた。
グリーンハニーは十数体。後はランス様が片づけてくれるだろう。
ほっと気がゆるんでしまった瞬間、二体のグリーンハニーが連続でハニーフラッシュを打ってきた。
さすがに連続はきつい。
慌てて回復魔法を唱えようとしたけれど、もう呪文を詠唱する気力が……
「……っ!あと少し耐えろ!」
……すみません、ランス様……でももう……限界……
◇◇◇
気が付いた時は宿のベッドの上だった。窓の外はすっかり暗くなっている。どうやら、
一日眠っていたらしい。
そして口の中が……
「苦ぁ!」
この味は世色癌。
あの後意識不明になってしまった私に、ランス様が飲ませてくれたんだろう。
「ふん、生きているだけマシだろうが」
枕元にはランス様が座っている。不機嫌そうな顔でそっぽを向いて。
「無茶して俺様に手間かけさせやがって……これじゃあシィルと変わらんではないか」
「……ごめんなさい」
少しはお役に立っているつもりでも、やっぱりランス様にとっては足手まといなのかなあ。
「あの……フィナさんは……?」
「ああ、あの後たっぷりお仕置きしてやった」
ランス様のお仕置きって……やっぱり……
「冒険者相手に強めのモンスターを召喚して返り討ちにさせた後で、
弱いモンスターを召喚してディーノに倒させ、
村長に一目置かせようって腹づもりだったらしい」
「それは、ディーノさんとの結婚を認めさせるため、ってこと?」
「だろうな……全くバカな女だ」
ランス様は大げさにため息をつく。
「好きになった男が弱いなら無理して強く見せようなんて思わず、
いいところを見せつけてやれば良かったんだ」
「そうよね……良いところも悪いところも、全部その人の個性なんだもの」
そう、ランス様も良いところばかりじゃない。というか、悪いところの方が多いような気さえする。
でも、そういうところも含めて……好きになっちゃったんだもんなあ、と、ちらっとランス様の顔を見る。
「……なんだ」
「あ、いえ、別に」
「明日アイスに帰るぞ……早くシィルに会いたいしな」
「え?」
どきん。それって、あの……
「早くシィルをこづき回してひんひん言わせてえーっ!」
じたばたと暴れるランス様。
……そういう事ね。ちょっと期待しちゃったよ。とほほ。
「ピンク仮面をあんまりいじめるわけにもいかないからなあ」
それはそれで複雑なキモチ。
「おまえはどうする?」
「私?」
まあ、アイスに帰ったらシィルに戻るだけなんだけど……
「なんならシィルと取っ替えてやろうか?」
「ダメです!」
しまった、ついつい大きな声出しちゃった。ランス様はちょっとびっくりして、すぐに真顔になる。
「冗談だ……まだまだあいつを手放す気はないからな」
「本当?」
「ああ、本当だとも。最も、あいつが俺から離れたいって言うなら別だけどな」
「……離れたいなんて、そんな事無いですよ、絶対」
「絶対か?」
「……絶対」
「そうか、絶対か……まあピンク仮面がそういうなら信じてもいいな」
「ランス……」
「じゃあ、おまえとは明日でさよならだな……それはそれでもったいない気もするが」
「また、お一人でお仕事する時にはご一緒するわ」
「そうか?」
「だから……お家で待ってるシィルを捨てるなんて、そんな事は言わないで」
「そうだな……しかしあいつ、おとなしく家にいると思うか?」
え?
このランス様のニヤニヤ笑いは……ひょっとして私がシィルだってばれてる?
「たったぶんお家で待ってると思いますっ」
「がははははは、今度は『絶対』じゃなくて『たぶん』か!」
うう、やっぱりばれててからかわれているような気が。
◇◇◇
アイスの町の入り口。
「俺様はギルドに顔出してから帰るから……じゃあな、ピンク仮面」
「では私はこれで……」
そのまま後ろを振り向かず、ダッシュでお家に向かう。
あてなちゃんに見つからないように裏口からそっと入り、部屋でいつもの服に着替え、
またそっと出る。そして玄関から……
「あーっシィルちゃんどこ行ってたれすか?」
「た、ただいま、あてなちゃん」
あてなちゃんは、くんくんと私の匂いをかいで、びしっと指さした。
「シィルちゃんから男の人の匂いがするれす!」
「え……?」
「ご主人様の留守中に、他の男の家に行ったれすね」
「そんな事無いわよう、あてなちゃん~」
慌てて言い訳を考える。その時、背後からランス様の声が。
「ほほう、奴隷のくせに浮気とはいい身分だなシィル」
「う、浮気なんてしていません!」
「ご主人様お帰りなさい~あてなはちゃんと留守番してたれすよ」
「そうかそうか、えらいぞあてな」
ご褒美ご褒美と言いながらまとわりつくあてなちゃんを引きはがして、ランス様は私の方を見る。
「で、シィルはちゃんと留守番してたのか?」
「えっと……それはその……」
嘘は付きたくないし……
「まあ、家を空けていた事については大目に見てやろう。だが、
まさか他の男とえっちしたなんて事は無いよな?」
「それは絶対にないです!」
「絶対か?」
「絶対です!」
「そうか、絶対か」
ああ、昨夜と同じような会話なのに、シリアス度はがっくりと下がってるような。
ランス様もニヤニヤしてるし。
「でもシィルちゃん、昨日えっちした匂いがしてるれすよ」
う、それは確かにそうなんだけど。相手はランス様だし他の男の人なんかじゃないのにー!
とも言えないし。
「お仕置きだな、お仕置きフルコース」
ランス様、何で真顔でそんな恐ろしい事言ってるんですか!
「あてなにご褒美は?」
「知るか。来い!シィル」
ランス様は私の腕をつかんで、そのまま寝室へ引っ張っていく。
「あう、ランス様、あの」
「ぐずぐず言うな、言う事聞かないとピンク仮面と取っ替えちまうぞ!」
そう怒鳴ってからニヤリと笑うランス様。……やっぱりわかっててやってるんですね。しくしく。