深夜のお勉強
ランスが外出した夜のシィルちゃん◇2007/09/08 日常
夕食後ふらりと外に出たランスを見送ったシィルは、時間をもてあましていた。
ベッドに入るにはまだ早すぎる。夜遊びはしても外泊は滅多にしないランスの帰りも待たなくてはならない。
この時間では魔法ビジョンも面白い番組をやっていないし、内職のノルマは終わらせてしまった。
ランスがいない時間に少しずつ読み進めていた少女小説も、最新刊まで読み終わっている。
「もう一度、最初から読もうかなあ?」
シィルは立ち上がって書斎に向かった。
書斎とはいうものの、冒険者であるランスがここで仕事をする事など滅多にない。
ギルドへの報告書を作成する事はあるが、たいていはシィルがいる食堂でうだうだしながら書類と格闘している。
何かの依頼の折りに強奪してきたらしい立派な事務机の上には、漫画とおやつ、
そしてエロラレラレ石とそれを再生するためのMVRが置いてある事の方が多い。
それだから書斎の壁に作りつけられた書棚には、
資料の代わりにランスの官能小説とエロ漫画コレクションがぎっしりと詰め込まれている。
ランスに影響されているのか、シィルに与えられている最下段にも、
シィルにとっての実用書である魔法の専門書だけでなく、へそくりで買った趣味の少女小説が並べてある。
「『恋の行方は』……こんな本、持ってたっけ?」
その中に見慣れないタイトルの本を見つけ、シィルは首をかしげた。
シィルが集めているシリーズではないようだ。本を手に取って冒頭に目を通す。
年頃の男女の初々しい恋愛模様が、読みやすい文体で綴られている。
「あっ、ちょっとおもしろそう……でも、私が買った本じゃないよね」
本をひっくり返して奥付を見ると、著者は官能小説のシリーズで有名な作家だった。
名前だけ見て買ったランスが、少し読んで飽きて、シィルにくれてやったつもりなのか。あるいは、
自分のコレクションで一杯の棚に入りきれなかった分を、シィルの棚に押し込んだのだろうか。
「ま、いいか」
どうでもいい詮索を切り上げ、シィルは事務机に添えられた大きな椅子に腰を下ろして、本を読む事にした。
思いを打ち明け合った二人が初めての夜を迎える。
性的な描写がやけに詳しいのは、著者が官能小説家なせいだろう。
それが気にならないほど濃密な心理描写に惹かれて、シィルは夢中でその本を読んでいる。
最初は普通に抱き合い愛し合うだけで満足していた二人だが、いつしか倦怠期を迎える。
──貴方を愛しているの、でも今のセックスでは満足できないわ
愛情と肉欲の相違に悩むヒロインに、恋人はSMプレイを提案する。
「ええっ、い、いきなり……?」
うっかり声を出してしまったシィルは、慌てて周りを見た。
あてな2号はもう寝ているし、ランスはまだ帰ってきていない。ほっと溜息をついてから、シィルはさらに先を読む。
心が離れかけていた二人が、SMという特殊プレイに手を染める。始めは目隠しや拘束のソフトなものから、
やがて道具を使ったプレイへと、二人はのめり込んでいく。
「こ、こんな事もするの?」
愛しているからどんな事でも受け入れられる、恋人が喜ぶ顔が見たい。
もはや拷問としか思えないようなプレイでも、ヒロインは受け入れる。
「それは……ちょっと解る気もするなあ」
ランスの無茶な要求を、シィルもそうそうはねつける事はしない。「本当はお前も興味があるんだろう?」
とランスは言うが、決してそんな事はない。縛られたりバイブを挿れられたり、シィルは心底いやなのだが、
楽しそうなランスを見るのは悪くない。
興味本位でSMを提案した恋人だったが、どんなプレイでも受け入れるヒロインに、
いつしか今まで以上の愛情を感じるようになる。愛情が深まるに連れ激化する責め、
その行動の端々にヒロインは恋人の愛を感じ、さらに過激なプレイへと──
「結局、最後まで読んじゃったなあ」
途中から、ヒロインとその恋人を、自分とランスに置き換えて読んでいたせいか、
そこそこの厚さのある本ではあったが一気に最後まで読み終えていた。
後書きにこの本は官能小説だとある。今までランスのコレクションには目を通した事がないシィルだったが、
この本のように恋愛描写のある本なら読んでもいいかな?という気持ちになっている。
ほうっと息をついて顔を上げ時計を見ると、ランスがそろそろ帰ってくる時間だった。
おそるおそる書斎のドアを窺うが、人の気配はない。シィルは本を棚に戻し、書斎を後にした。
「ランス様、今夜はまだお帰りじゃないのかな……」
食堂でお茶の準備をしてランスの帰りを待つが、一時間経っても帰ってくる気配はない。
「外泊、かなあ……」
しょんぼりと肩を落としてポットを片づけようと立ち上がった時、じゃらりと玉暖簾の音がした。
玉暖簾の向こうから、眠そうな顔のランスがひょいと顔を出す。
「ひゃ、ランス様!?」
「うむ、いかにもランス様だ……お茶、いやコーヒーだな」
「は、はい、すぐに……」
食卓の椅子にどっかりと腰を下ろしたランスは、いつもと何ら変わるところはない。
「今お帰りですか?」
「いや、一時間くらい前かな?」
「えっ……」
自分の本棚にあったとはいえ、えっちな本を真剣に読んでいた所を見られたかと、シィルは肝を冷やした。
「お前が出てこないから、ベッドでひと寝していた」
「……そうだったんですか、済みません」
ランスの答えに、シィルは胸をなで下ろす。動揺に気づかれないよう、シィルは話題を変えた。
「あ、お砂糖いくつ入れますか?」
「もう遅いから一つでいいな」
砂糖壺を取るため背中を向けたシィルに、にやりと含みのある笑いをランスが向けた事を、
シィルが知るよしもなかった。