一人だった
ランス視点◇2010/05/01 過去捏造
「ランス、あんたはやれば出来る子なのよ」
それが、あの女の口癖だった。
子供扱いされるのが悔しくて、だが、一人前の冒険者だった隻眼の彼女と自分との差はいかんともし難く。
「『子』って言うな、うぜえ」
そう混ぜっ返すしかできなかった。
俺様はずっと一人だった。
両親の顔も、いるのかどうかすら解らない兄弟の顔も知らない。
俺様を引き取ったゴモラタウンの村長もその娘達も、家族ではない出自の知れない俺様に対して、
どこか線引きしていたのだと思う。だって、本当の家族だったら、性行為に及ぶことはないだろう?
そして、次女と『そう』なってしまった俺様を追い出した村長は、やや複雑な表情をしていた。
子供ながらに魔物の森から単身帰ってきた俺に対する恐怖と、
次女との肉体関係を餌に駒として手元に置きたい打算と。
もしかしたら、ほんの僅か「家族になれたかも知れない」人間と離れる寂寥感もあったかもしれない。
まあ、今となってはもう、どうでも良いことだ。やつらに会うことは、二度と無いだろう。
ゴモラタウンを追い出されてからふらふらしていいた俺様を捕まえ、
自らの助手としてアイスのギルドに登録したのが彼女だ。まだ若いながらも腕の良い冒険者だった。
そして、この俺様が行動を共にしても良いと思える程度には、顔も体も良い冒険者だった。
もう俺様は一人ではない、と思っていた。
「お金も貯まってきたし、家でも買おうかしら」
「冒険者を引退するのか?」
冒険者なんて根無し草だ。依頼があれば町から町へ飛び回る。
護衛任務で長期滞在することはあっても、そこは終の棲家にはなり得ない。
そんな俺様の疑問に、彼女は首を横に振った。
「違うわ、冒険者を続けるために家を買うのよ」
だからこそ自分の居場所が、帰ることが出来る場所が欲しいのだと、彼女は言った。
帰る場所があると思えば、踏みとどまることが出来るのだと。
自分の家に帰りたい気持ちが限界を超えた力を引き出せるのだと、笑って答えた彼女。
けれども彼女は、家を買う前にあっけなく死んでしまった。
もし家を買っていたら彼女は頑張れたのか。魔物の牙を受けても踏みとどまれたのだろうか。
「それで……これからどうするつもりだ?他の仕事に就くつもりなら斡旋してやるが」
彼女の訃報を受けたギルド長のキースは、短い黙祷の後俺様に問うた。
『死』を目の当たりにして冒険者稼業から足を洗う者も多いと聞いたのは、それからかなり後のことだ。
「……いや、このまま冒険者を続ける」
「わかった、ではギルド所属の手続きをしよう」
そして俺様は、再び一人になった。
正式にギルド所属の戦士になって間が無いとはいえ、生まれ持った戦闘のセンスには自信もあったし、
あの女の助手として過ごした時間で冒険者としての駆け引きも身に付いてきた。
よっぽど大がかりな案件でもない限り、一人で十分任務をこなせた。特定のパートナーはいらない。
俺様には使えない魔法──それも回復魔法が使える奴がもしもいたなら、パートナー、いや、奴隷にしてやっても良い。
だが、ゼスに行けば好待遇な魔法つかいや、そのほとんどがAL教神官である神魔法つかい、
特に後者が明日の保証もない冒険者になりたがるとは思えない。
俺様は一人でやっていける。これまでもずっと、一人だったのだから。
冒険者稼業は、そういう意味では気楽だった。依頼人との交渉など面倒なことはギルド任せ。
危険な任務であればあるほど高額な報酬が手にはいる。人恋しくなったら、その金を手に娼館に行けばいい。
適当に声をかけた女と寝ても良いが、うっかり妊娠でもさせたら事だ。
かといって、気を利かせたつもりで勝手に堕胎されるのも後味が悪い。素人女は何かと面倒だ。
仕事上も私生活でも、パートナーなど必要ない。強がりなどではなく、あの頃は心の底からそう思っていたのだ。
娼館帰りに見かけた売家の広告。
今日の相手がほんの少しあの女に似ていたせいか、いつもは気にならないその広告に目が吸い寄せられた。
「冒険者を続けるために家を買う」と言っていた彼女の言葉が、頭の片隅に残っていたが。
「馬鹿馬鹿しい」
家を買ったくらいで生還率が上がるなんて、そんなの、気のせいだ。
自宅があれば冒険で手に入れたお宝を保管するくらいの役には立つだろうが、
どうせすぐに換金してしまうのだから貸倉庫で十分だ。ずっと手元に残しておきたいお宝なんて、そうあるものではない。
引っかけた女としけ込むのに便利かとも思ったが、ホテルの方が後腐れ無くていいだろう。
だから、俺様には家なんて必要ない。そう、ずっと思っていた。
そんな時に、奴隷商人護衛の依頼を受けた。
依頼主はいろいろと黒い噂のある奴で、そのため潔癖な冒険者はその依頼を受けたがらない。
需要と供給のバランスで、自然と報酬は跳ね上がっていた。
なんら理念もしがらみもなく、ただ金さえ入ればいいと思っていた俺様にはうってつけの任務だ。
そして向かった奴隷商人のキャラバン。
下卑た噂に聞いていたとおり、さまざまな魅力と価格の少女達が商品として並べられている。
休憩時間に、商人の一人が商品の説明をしたいと言ってきた。
気に入った商品があれば買ってくれ、ということなのだろう。
安い子なら今回の報酬で買えるかなどと思いながら、奴の商売に少しばかり付き合ってやることにした。
それなりに可愛い女の子達、だが、買い取って手元に置くほどでもない商品。
安いのを買って一週間ばかり楽しんだら自由にしてやるか、などと思いながら檻に閉じこめられた商品達を眺める。
そして一番最後の檻。他の商品とは違うちょっと良いドレスを着せられた少女は、檻の隅で虚ろな表情をしていた。
「おっ、この娘に目を付けたのかい、あんたも」
俺様の視線に気づいた商人が、商売モードに切り替わる。
魔法と神魔法が使えるゼスのお嬢様だというその少女は、今回の目玉商品だったらしい。
だからちょっとばっかり高いんだけどね、と商人は申し訳なさそうに言っている。
その顔も商売用の計算だろうと判ってはいたものの、その少女の能力と容姿は買い取るに値するものだ。
任務の間中、考えていたのは金のことだった。今回の報酬、そして、ギルドの倉庫に預けてある私物の価値、
全部合わせてついでにちょいと値切ってやれば、彼女を買い取ることも可能だろう。
だが、彼女を買い取ってどうするか。冒険にはもちろん連れて行くつもりだが、それ以外の時はどこにおいておくべきか。
「家……か?」
俺様には必要ないと思っていた家。あの隻眼の彼女が欲しがっていた自宅。
ああ、そういえば、俺様を連れ歩くより前には、家なんて欲しいとも思わなかったと、彼女も言っていたではないか。
「もしも私に何かあっても、家があれば、あんたが帰れる場所になるでしょ?」
家を買う前に彼女は帰らぬ人になってしまったから、俺様には帰る場所がなかった。
ギルドはある意味帰ることの出来る場所ではあったが、せいぜい補給基地という程度で、本陣ではない。
あのゼスの少女には、豪華な家が一軒買えるくらいの値段が付いていた。
家を買ったら少女は買えない。俺様一人だったら、家を買ってもしかたない。
少女を買ったら家は買えない。ギルドに預けておくのも心配だが、連れ歩いて宿を転々とするのも面倒だ。
あの少女と家は、セットで購入しなくては意味がないのだ。
護衛任務の最終日、あの少女の取り置きを頼んでから、俺様は急いでギルドに戻った。
新しい依頼を受け、任務完了後またすぐに次の依頼を受ける。
目標金額に達するまで、たいして時間はかからなかった。
キースに探させておいた家の買取契約を済ませ、残った金を手に、俺様は奴隷商人のキャラバンに向かった。