彼女のいないスキマ
R1ビフォー キース視点◇2006/05/27初出 2010/05/01改稿 過去捏造
「おう、帰ってきたな」
キースは扉を開けて入ってきた少年に声をかける。彼がキースギルドに出入りするようになって二年。
女戦士のお供としていくつもの依頼をこなしてきた彼に、
そろそろ独立を勧めようかと考えていた矢先の事だった。
「ランス?」
ランスは下を向いたまま何も言わない。
そして、彼の保護者である女戦士は、いつまで経っても部屋に入ってこない。
「彼女はどうした?」
「死んだ」
それだけ言って、ランスは再び黙り込む。
「……そうか、腕のいい冒険者だったんだがな」
冒険者は死と隣り合わせの職業だ。
キースはギルド長として、今まで何人もの冒険者の死を告げられてきたが、やはり慣れる感覚ではない。
いつものように目を閉じ、短い黙祷を彼女に捧げる。
「それで……これからどうするつもりだ?他の仕事に就くつもりなら斡旋してやるが」
目を開けてもまだ下を向いたままのランスに、キースは今後を問うた。
問いただしはしないが、おそらく彼女はランスの目の前で死んだのだろう。
『死』を目の当たりにして冒険者稼業から足を洗う者も多い。
「……いや、このまま冒険者を続ける」
「わかった、ではギルド所属の手続きをしよう」
それからさらに一年余りの時が過ぎる。
あまりにも危険な任務の時には、ギルドメンバーから適当なパートナーを宛う事もあったが、
ランスは特定のパートナーを持たず、基本的には単独で依頼をこなしていた。
そういえばあの日以来、ランスの心からの笑顔を見ていない。
大きな依頼を達成した時も、あるいは町一番の美少女を口説き落とした時でさえも、
ランスは冷めた目で遠くを見ているような気がする。
「あまり無茶をするなよ、ランス」
「無茶なんてしてねえよ」
まだ年若いにも関わらず、全てを諦めたような表情。
彼女の──女戦士の死が、いまだランスの心に影を落としているのかと、キースは不安を覚える。
「それより、何か報酬のいい依頼はないか?」
「また娼館通いか?」
女への手の早さが原因で育った村を追い出されたという話は聞いていたが、
それにしてもここの所のランスの女癖の悪さは目に余る。
冒険に出かけているか女の尻を追いかけているか、まるでそれ以外には何もする事など無いかのようだ。
それでも、女遊びが多少なりともランスの慰めになるのならばまだいいが、冷めた目は相変わらずだ。
その辺の女の子に強引に手を出しているという苦情もあり、
それならば金を手に娼館通いしている方が、町の治安の為にはいいのかも知れない。
「そうだな……ん、また奴からの依頼か」
依頼書の束を捲りながら、キースは舌打ちをした。
その依頼の主は、その筋では有名な奴隷商人だった。
本人や周囲の希望で売られてきた人間を扱うだけならまだしも、
盗賊団に誘拐された女の子を売っているという噂もある。
そんな商売をしているので彼には敵も多く、ギルドには護衛の依頼が頻繁に回ってくるが、
潔癖な冒険者はその依頼を受けたがらない。需要と供給のバランスで、自然と報酬は跳ね上がっていた。
「奴隷商人の護衛か、別に俺は構わんぞ」
「わかった、気を付けろよ」
無表情のまま答えるランスに、キースは依頼書を渡した。
契約期間を過ぎて帰ってきたランスが、ギルドに顔を出した。
「キース、報酬のいい依頼はないか?今すぐだ!」
「……ランス、おまえ奴隷商人の護衛任務を終えたばかりで、金はあるだろう?」
「これっぽっちじゃ足りねえんだよ!」
ついでに、そこそこの売家を探しておいて欲しいとランスは言う。
ランスがキースに頼み事をするなんて、珍しいことだ。ぽろりと零れた目標金額に、キースは目を丸くした。
「どれだけ豪華な家を買うつもりだ?」
「家だけじゃない、女も買うんだ」
興奮しているランスを宥めながら、キースは事の経緯を聞き出した。
どうやら、依頼で向かった奴隷商人の所で売られていた少女を、ランスは買い取ろうとしているらしい。
そして、その少女を置いておくために家が欲しいと言う。
その少女は魔法つかいで処女の奴隷ということだが、それにしても法外な値段だ。
「そんなにその女の子の事が気に入ったのか」
久しく見なかった気概に富むランスの表情にキースは驚き、
せっかくのやる気を削がないよう話を合わせてやる。
「魔法つかいで回復系も使えるんだぞ、こんな掘り出し物、めったにあるもんか」
「回復系か、確かに冒険のお供にはぴったりだな」
かつて、パートナーの女戦士を冒険の途中で失ったランス。
回復の重要さはその身に深く刻まれているのだろう。
「だろ?だから他の奴に買われる前に、俺が買うんだ」
嬉しそうに答えるランスに、果たして回復だけが目的なのかとキースは内心疑問に思ったが、
顔には出さずに依頼書の束を捲り始めた。
『あの子はやれば出来る子だから』、それが女戦士のランス評だった。その彼女を失って以来、
確かに引き受けた以来は完璧にこなしていたものの、常に世の中を諦めたような顔をしていたランスが、
活き活きとした顔で冒険に向かい、成功させて戻ってくる。
今までなら金が入った途端散財していたランスだったが、
娼館に通う間も無く連続で依頼を受け、ほんの僅かな時間で見事15000Goldを手にしていた。
「……腕利きのベテラン冒険者でも、こんな短期間で貯められる額じゃないぞ」
意気揚々と奴隷商人の館に向かったランスを見送りながら、キースは呆れたようにため息をついた。
「冒険者に必要な実力と運、どちらも奴は持っているが、まさかこれほどまでとはなあ……」
「……で、早速見せびらかしに来たのか」
「がははははは、羨ましかろう」
数時間後、ランスは一人の少女を連れて再びキースギルドに来ていた。
白いドレスに身を包んだ少女の腰に手を回し、自慢げな顔をしている。
目標を達成した事でまた覇気を失ってしまうのではないかとキースは心配していたが、
どうやらそれは杞憂に過ぎなかったようだ。
「かわいい子じゃないか」
「当たり前だ、能力が高くてもブスはいらん」
キースとランスのやりとりに、少女は不安そうに首を傾げた。
もこもこピンクの髪が、ふわりとランスの首をくすぐる。
「こら、あまり頭を振るな、くすぐったくてかなわん」
「あ……すみません」
ぺこりと頭を下げる少女を見るランスの目には、
あの女戦士がランスを連れて初めてギルドに現れた時と同じ光が宿っていた。