4.宮殿
◇2010/05/01(初2006/04/26)
砂丘の上からはすぐ近くに見えた建物だったが、実際歩いてみるとかなり遠い。
金色に輝く宮殿にたどり着いたのは、日が高くなってからの事だった。
「ここがシャングリラ宮殿か?」
「金色の建物と周囲のオアシス、コパンドンさんの話と同じですね」
「Yes!」
「……お前、まだいたのか」
ようやく辿り着いたものの、固く閉ざされた門の前で、ランスとシィル、
そしてはずれ女は途方に暮れていた。押しても引いてもノックをしても、扉はびくとも動かない。
「門を破壊するしかないか」
ランスが剣を構え、ランスアタックを放とうと気を溜める。
その時、ゆっくりと門が開き、可愛らしい少女が顔を出した。
「と、とっと……」
ランスは構えを解き、素早く剣を鞘に納める。そして、少女に声を掛けようと踏み出した時。
「あっ、はずれ女さん、無事だったんですね!」
「ほう、君はシャリエラちゃんというのか」
「はい、デスココ様の下で働かせていただいています……役立たずのみそっかすですけれど」
門の前で出会った3人を、シャリエラはオアシスの外れにある小さな物置に案内した。
本来ならこの宮殿の主であるデスココに会わせるべきなのだろうが、
捨ててくるよう命じられたはずのはずれ女を宮殿内に通すのも憚れる。
ランス達としても、特に計画も練らずデスココに対面するのは避けたかった。
「デスココっていう奴がここの王なんだな?」
「そうです、お二人はデスココ様にお会いするため、ここにいらしたのでしょう?」
「ん……まあな」
シャングリラ訪問の目的を、正直にシャリエラに伝えて良いものか、ランスは言葉を濁す。
「はずれ女さんを助けてくださった優しいランスさんですから、きっとデスココ様もお喜びになると思います」
『優しい』と言われてランスの鼻の下が伸びる。
どちらかと言えばはずれ女に助けられたようなものだが、わざわざそれを説明するのも面倒くさい。
「あっ、でもはずれ女さんは、デスココ様にお会いしない方が……また出ていけって言われちゃいます」
「Jesus!」
「だんだん、はずれ女の言いたい事が解るようになってきた気がしますね、ランス様」
「なんだか、ものすごくイヤな気分だぞ」
「No!」
通常、デスココは、宮殿敷地内への侵入者には異常なほど気を配っていた。
しかしこの時、バニラを筆頭に30人の女の子モンスター達という新しいおもちゃを得たばかりであったため、
シャリエラがランス達を敷地内に通した事には、全く気付いていなかった。
デスココの警備手段は、初代シャングリラ王がランプの精を使って地下に幽閉した、
大地の聖女モンスターハウセスナースの力によるものだ。
その経緯から、ハウセスナースは本心からデスココに従っているわけではない。
故に、デスココから明示的に指示された警備、すなわち『悪意ある侵入者を排除せよ』、
それのみを行うだけである。
そもそもランス達はコパンドンの伝手を利用し、客としてシャングリラを訪れる予定だった。
道中、砂漠の案内人と喧嘩して砂漠に置いてきぼりにされたのだが、
おもちゃに夢中になっていたデスココには、案内人からのその連絡を聞いていなかった。
そのため、シャリエラは『予定通りのお客様』という認識で、ランス達を招き入れたのだ。
「人間か……この人間、デスココを殺してシャングリラの王にでもなるつもりかしら」
ハウセスナースはランスの存在に気付いていたが、シャングリラ内部の警備は指示されていない。
「どうせ代替わりしたところで、私を自由にしてくれるわけでもないしね……」
薄暗い部屋の中、心細げなランプの光に照らされて、ハウセスナースは抑揚無く呟いた。
ふかふかの絨毯の上で、バニラは目を覚ました。
目の前には、生理的嫌悪感を催すような笑顔を貼り付けたデスココがいる。
「おはよう、あなたはバニラ……女の子モンスターのキャプテンバニラですね?」
うっかり見てしまったデスココの目、その腐ったマグロのような目から、バニラはなぜか視線をはずせない。
「今日、今から、私の従魔として働いてもらいますよ、いいですね?」
断る、そう言ったつもりだったのに、バニラの意志とは関係なく、口から契約の言葉が出る。
「我、従魔として汝に従わん……」
バニラの目に悔し涙が滲むが、デスココはそれに気付いてはいないようだった。
悔し涙に濡れたのはバニラだけではない。
その場に囚われた30人の女の子モンスター全てが、心とは裏腹にデスココの従魔となってしまった。
「きゃんきゃん、デスココさん嫌い嫌い、レオさんの従魔がいいの」
「てんてんも心はエリナの従魔ある、皆、気持ちは同じあるね」
皆口々に不満を漏らすが、従魔の方から契約を破棄する事は難しい。
「従魔の儀式をした本人以外には、契約を解除する事は出来ないはずなのに……」
「あの男、とても魔物使いには見えないのに、どうして私達は逆らえないんだろう」
道理は通らないが、実際レオやエリナとの契約は何らかの方法で凍結され、
デスココとの間に新たな契約が発生した事が、従魔である自分たちにはいやというほど解る。
しかし、新たな主となったデスココに正面から逆らう事は、従魔には無理な事だ。
デスココが席を外した隙をついて、バニラ達は逃げ出す事にした。
そして、デスココの巨体では入り込めそうもない狭い屋根裏部屋に、とりあえず全員が移動する。
「いつまでも逃げ続けるわけにもいかぬが……」
「闇雲に脱出しても、再び砂漠に迷うのは目に見えているわよ」
「ざっと調べた限りでは、このシャングリラは他国と交易があるようだ」
交易のために訪れた商人を騙して、あるいは協力を要請して、ここを脱出するのがいいだろう、
というバトルノートの提案に、他に策もなく皆が同意する。
「通常の従魔契約ではないから、直接あの男の目を見なければ行動を強制される事も無かろう」
「ここを脱出してレオとエリナに会うまで、頑張ろう!」
固く握手を交わし、女の子モンスター達は宮殿内に三々五々散っていった。
仕事がありますので、とシャリエラが出て行ってしまった後の物置に、
ランスとシィル、そしてはずれ女が残された。
「少々予定とは違ったが、とりあえずシャングリラ潜入は成功だな」
「これからどうなさるんですか?ランス様」
「そうだなあ……」
ランスはテーブルの上に不作法に脚を投げ出し、頭の後ろで手を組んだ。
「シャリエラには口止めをしたが、俺様達がここにいる事がデスココにばれるのは、まだまずいな」
「Yes!」
「デスココの後ろに回り込んでばっさり、それからゆっくりお宝を探すか」
「My God!」
「シャリエラがシャングリラとリッチを繋ぐ道を知っているそうだし、脱出の面も問題ないだろう」
「Yes!」
ランスの言葉一つ一つに、律儀に返事をするはずれ女。ランスの中で何かが切れた。
「えーいうるさいうるさい、いちいちお前が返事するな!」
「No!」
「ら、ランス様、落ち着いて……」
「シィルっ!お前が返事をしないから、はずれ女なんかに返事されるんだぞ!」
「ええっ、私のせいですか?」
「Yes!」
「うがーっ!」
かっとなったランスがはずれ女の首を絞めようと手を伸ばした時、物置の扉がゆっくりと開いた。
「誰だ?」
「あんたこそ誰……あーっ!はずれ女!」
「Yes!」
声の主はバニラだった。シィルが不思議そうに呟く。
「水辺に棲むキャプテンバニラが、何故こんな砂漠の真ん中にいるの?」
「それは……」
バニラは口籠もる。目の前にいる人間達が、
自分達の味方になってくれるかどうか判断が付かなかったからだ。
「どうした?何か困っている事があるなら助けてやるぞ?」
「うん……」
見た感じ、この人間達は冒険者のようだ。冒険者はモンスターの天敵である。
しかし、はずれ女と共存している。レオがうっかり従魔にしてしまったから、
はずれ女の方には人間に対する敵意はないだろう(そもそも何を考えているか解らない)が、
レア女の子モンスターであるはずれ女を倒しも捕獲もしてないということは、
この人間達にもモンスターに対する敵意はないのだろうか。
なかなか口を開こうとしないバニラに、ランスの堪忍袋の緒が切れる前にとシィルが質問する。
「あなたはずっとここに、シャングリラに住んでるの?」
「ううん、たまたま砂漠に放り出されて、ここに迷い込んだんだ」
いきなり全てを話すのは躊躇われる。バニラは小出し小出しに、自分たちの状況を語り始めた。