8.帰路
◇2010/05/01(初2006/04/26)
ハウセスナースを連れ、ランス達は宮殿の扉を開け、砂漠に出た。
来る時はあれほど吹き荒れていた砂嵐が、今は嘘のように静まりかえっている。
「あんた達の足だと砂漠を抜けるまで一日近くかかるわね、それまで砂嵐は弱めておいてあげる」
ハウセスナースが砂漠に向かって手をかざすと、足下の砂が僅かに盛り上がり、
硬く締まって歩きやすい道が出来た。呪文を唱えないのは、
ハウセスナースの力がダイレクトに作用しているためだろう。
「さよなら、もう二度と会う事もないだろうけど」
ハウセスナースはあっさりと別れの言葉を述べ、ランス達が向かうのとは逆方向へと向かった。
女の子モンスター達は、それを名残惜しそうに見送っていたが、ランスに促され、
ハウセスナースが造った道を歩き出した。
「これからお前達はどうするんだ?」
「レオとエリナ……私達の本来の主人を捜すつもりだよ」
「異世界から戻ってくる時に別れてしまったある、きっと二人もてんてん達を捜しているあるからね」
「そう、みんな気を付けてね、早く見つかるといいわね」
砂漠を抜け、リッチの町外れで、ランスとシィルはバニラ達と別れる事にした。
リーザスでは、魔物使いは一般的な職業ではない。
これだけの女の子モンスター達を引き連れて町に入ったら、警備兵に通報されてしまうだろう。
最悪の場合、ここにランスがいる事を知ったリアが押しかけてこないとも限らない。
「じゃあここでお別れだね、ランス、シィル」
バニラ達はランス達に手を振って、街道から外れ森へと消えていった。
「しまった!」
バニラ達を見送って街道を歩き始めたランスが、唐突に声をあげた。
不審そうに、シィルがランスの顔を覗き込む。
「お礼にやらせてもらってないぞ、ただ働きじゃないか!」
ああやっぱり、という顔でシィルは目を逸らした。
「……シャングリラの宝物は、いくらか持ち出したじゃないですか」
「それとこれは別だ、くそっ、今からでもあいつらを追いかけて……」
「My God!」
「うおっ?」
振り返ったランスの前に立っていたのは──はずれ女だった。
「Yes!」
はずれ女は服に手をかけ脱ごうとしている。どう見てもやる気満々だ。
「ノーだ、ノー!おまえはいらん!」
ランスは慌てて剣を振り回し、はずれ女を追い払った。
はずれ女は名残惜しそうにランスを見ている。
「俺様を見るなっ、さっさとバニラ達の後を追って消えろ!」
はずれ女はしばらくランスの周りをぐるぐる回っていたが、やがて、森へと消えていった。
「よりによって何であいつなんだ、他の子だったら一人くらい家に連れて帰ってもいいのに」
イヤげな顔で呻ってるランスに、シィルは思わず吹き出した。
「こら、シィル、何を笑っている」
「い、いえ、何でも、ぷっ」
「シィル!リッチの宿に着いたら折檻だからな、女の子モンスター30人分、
しっかりブチ込んでやるから覚悟しとけ!」
激昂するランスを前に、シィルは相変わらず笑いを堪えきれない様子だ。
「無理ですよ、ランス様だってひからびちゃいますよ?」
「誰が一晩で済ますと言った!」
ランスはシィルの襟元を掴んで、ぶんぶんと振り回した。
「はうう、目が回りますう~」
「なんならここで何人分か消化してやっても……ん?」
振り回されているシィルの髪から、サラサラと砂が零れる。
ハウセスナースが弱めてくれていたとはいえ、砂嵐の中を歩いてきたのだから、まあ当然だ。
しかし、振っても振っても零れる砂に、怒り狂っていたランスも、思わず顔が緩む。
「おいシィル、お前の髪の中、どんだけ砂が入ってるんだ?」
「さあ?」
だんだんと興が乗ってきたのか、ランスはシィルの髪をかき分け、さらに砂を払っている。
「砂漠の砂、半分くらい持ってきちまったんじゃねえだろうなあ?」
「そんなこと、あるわけ無いじゃないですか」
道ばたで夢中になってシィルの髪を梳いているランス。
ランスの好きなようにさせながら、シィルはちょっぴり幸せそうな顔をしていた。
「なんやてー!」
数日後。
アイスにあるランスの家を訪れたコパンドンは、事の顛末を聞かされ頭を抱えた。
「シャングリラとの交易中止て、そんな」
「デスココも死んだし、もう、誰もあそこに行く事は出来ないだろうからな」
工芸品を作っていた木の少女人形も動かなくなったし、と、ランスは続ける。
「あーあ、あんだけ先行投資したのに……」
「まあ怒るな」
ふくれっ面でぶつぶつ呟いているコパンドンの前に、
ランスはシャングリラから失敬してきた工芸品を広げてみせる。
「これを全部やるから諦めろ」
「全部」という言葉に、横で二人のやりとりを見ていたシィルの眉が、ぴくりと動く。
ランスの顔をちらりと見て本気である事を悟り、ちょっとだけ残念そうな顔になるが、
すぐに無難な笑顔に戻る。
「ふーん、シャングリラの工芸品やないの」
コパンドンは、並べられた工芸品の価値を見積もり、頭の中で手早く計算した。
全部あわせれば、紹介料と装備代に十分届くだろう。
ランスの話なら、今後はコパンドンだけでなくどの交易商もシャングリラには行けない事になる。
「シャングリラ最後の秘宝」とでも銘打てば、色が付くどころかそこそこの儲けになりそうだ。
「ん、わかった、これで勘弁したる」
コパンドンは肯くと、自分のお付きの者を呼んで宝物を運び出させた。
「ま、そこそこ高く売れたら、いくらかランスにも還元するから」
「結局ほとんどただ働きになっちまったなあ」
商売人の顔に戻ったコパンドンからの還元はあまり期待出来ない。
シィルの内職による稼ぎもたかがしれているし、そろそろ適当な仕事を探さないといけないだろう。
シャングリラ土産をうし車に積んでほくほく顔で帰ったコパンドンを見送って、
ランスは面倒くさそうにため息をついた。
「無事おうちに帰ってこれたし、めったに出来ない経験も出来たからいいじゃありませんか」
「珍しい御馳走も食べたし、聖女モンスターも助けてやったしな」
部屋に戻ったランスは、ソファにぼふっと身を沈めた。
「しかし、女の子モンスターを誰一人味わえなかったのは返す返すも残念だ……んんっ?」
ランスが急にソファから立ち上がる。
新しいお茶を運んできたシィルが、それを見て不審そうに眉を顰める。
「ランス様、どうかしました……?」
「今……なんか窓の外から声が聞こえたような……」