2.解らないもの
◇2008/04/28
あれから数日。
ランスさんは何度も私の顔を見に来てくれる。
ちょっとたわいもない話をした後、肝心の事を聞こうと思うと、女の人が呼びに来るのは気になるけど。
「ランスは女好きでござるからなあ」
ランスさんがいない時は、たいていくのいちの鈴女さんが私の話し相手をしてくれる。
「自分から追いかけなくなっただけ、前よりおとなしくなってるでござるよ」
「そうなんですか?」
あれで?香様はランスさんと私が恋人同士に見えるって言ってたけど……
「のんのん、違うでござる、鈴女が言うのもなんでござるが……」
香様や鈴女さん、魔人に取り憑かれて亡くなった香様のお兄様など、
ランスさんに近い人ほど私たちが恋人同士のように見えるのだという。それから……
「美樹ちゃんも同じような事言ってたでござるよ」
美樹ちゃん、って私を凍らせた、魔王リトルプリンセスだよね?
「美樹ちゃんはシィルに懐いていたでござるからなあ」
懐く?魔王が私に?でも、それだったらどうして。
「いつもは魔王として覚醒するのを押さえてて、シィルと仲良しだったでござる」
幼馴染みを魔人にしてしまった事で自責の念に駆られ暴走した魔王は、
取り押さえようとしたランスさんを凍らせようとした、けど、そこに私が割り込んだらしい。
「シィルを凍らせてしまった事で、美樹ちゃんは我に返ったんでござる」
凍った私はランスさんが元に戻すからと宥めて、最後はJAPANを滅ぼそうとした魔人討伐に手を貸したんだって。
「それに、これは鈴女の推測でござるが、シィルだったからこそ殺さずに氷に封印、って手加減できたんだと」
魔王って恐いものだと思っていたけど……覚醒してなければ普通の女の子なのかなあ。
仲良くしてたって事は、きっと悪い子じゃなかったんだろうな。覚醒したら、世界を混乱に陥れてしまうかも知れない、
って怯えていたみたいだし。
今度会った時、私の記憶が戻ってなくても、友達になれるよう努力してみよう。
「ん、ランスが戻ってきたようでござるな、それでは鈴女はこれにてドロン」
「あ……」
「ん、どうしたシィル?」
鈴女さん、何だかランスさんに会うのを避けているような。あっ……もしかしたら、鈴女さん、ランスさんの事……
でも、鈴女さん達の上司、忍者の頭領犬飼様の事も好きって言ってたなあ……私が考えてもしょうがない事だけど。
(鈴女は、シィルも香様も好きでござるよー)
えっ、今私口に出してた?
(シィルは考えてる事がわかりやすく顔に出るでござる、にしし)
「何か変だぞ、シィル」
ランスさんには鈴女さんの声が聞こえてないのかな?
「あっ、それより、何の用事だったんですか?」
話を変えようと。でも、聞かない方が良かったのかも。
「んー、ああ、七人目の認知の事で、ちょっとな」
認知……えっ、まさか赤ちゃん……?
「お前が凍ってから避妊魔法が切れてるのに気づかなくて、JAPANに戻ってきたらぽこぽこ生まれてやがる」
……頭が痛い。というか、それって私のせいだとでも?
でも七人って、少なくともそれだけの人数の女の人と……だよね?うーん、さすがにそれはちょっと。
でもそれを普通の顔で私に言うのって、少なくとも恋人同士ではあり得ないでしょう。それとも隠し事はしたくない主義?
って、それはいくら何でも自分に都合良く解釈しすぎだよ。
がばっ。
きゃあっ、なっ、なっ、何!?何でいきなり抱きしめられてるの?というか、顔近い、近すぎますってばー!
「シィル」
な、な、何?なんかすごく二枚目モードに入ってるし!
「お前の事は……大事だと思ってる、多分、な」
多分って何?多分て。
「でもなあ、お前に意地悪もしたいし、他の女もつまみ食いしたい」
な、何よ、それ。
「今までは絶対服従の魔法があったから、それでもお前は側にいてくれたが……今は切れてるんだろう?」
絶対服従……か。ペットや奴隷に対して使う魔法、それがかけられていたって事は、私、本当に奴隷だったんだ。
「お前の記憶が無くなってるのは、それだけ絶対服従魔法がかかっていた間の事がいやだったからかも知れないな」
あの魔法にそんな副作用があるなんて聞いた事ないけど。でも、ランスさんと会ってから、
奴隷として買われた時からの記憶がないって事は、その可能性もあるのかなあ……
「で、でも、ランスさん女の人にもてるんでしょ?」
「ん、まあなあ」
あれ、落ち込んでると思ったけど、結構自信家?
「だったら別に私にこだわらなくても、側にいてくれる女性なんていくらでもいるんじゃ……」
えっ、ちょっと、何で傷ついたような顔してるの?恋人と奴隷じゃ違うって事?
「そうだな、恋人にしてやってもいい女はたくさんいるが、奴隷として手元に置いておきたいのはお前だけだしな」
……わからない。ランスさんの考えている事が全然わかんないよ。私は恋人向きじゃないって事?
それは……落ち込みたいのは私の方だよ……こんななのに、どうして香様や鈴女さんは、
私たちが恋人同士に見えるなんて言うんだろう。
それに。
どうしてランスさんは、悲しそうな顔をしているんだろう。
翌日、「なにわに行って来る」と言い残して、ランスさんは尾張の城を出て行った。
「性眼様に修行を付けてもらうらしいですよ」
性眼様は、天志教というJAPANのほとんどの人が信仰している宗教の大僧正……一番偉い人らしい。
ランスさんは自由都市地帯出身だって言ってたし、特に天志教徒ってわけじゃないらしいんだけど、
魔人討伐で共に戦った事で、性眼様が快く引き受けてくれたとか。
うーん、あれかな、ひっきりなしに女の人が「認知して」って来るから、逃げたかったのもあるんじゃないかな。
「鈴女もその可能性はあると思うけど、ランスに言ったらランスが泣くから、絶対に言ってはダメでござるよ」
可能性はあるんだ。うーん。香様と鈴女さん、そして香様の家の家老だという頭が三つある妖怪の3Gさんと、
お茶を飲んでくつろいでいる。お茶請けはその場にいないランスさんの話題。
「修行は一週間だそうですよ」
「目的はともあれ」
「性眼様の修行によってランス殿も」
「一回り成長して帰ってこられるとよろしいのじゃが」
成長かあ……ランスさんの話を信じるなら、魔人を何人も倒し、魔王を宥められるような強い人なのに、
まだ強さを求めているのかな。
「シィルさんのため、じゃないでしょうか」
「私のため?」
「自分が強かったらシィルさんが凍らずに済んだんじゃないかって」
ランスさんがそんな事言うようには思えないけど、でも、便利にこき使える奴隷、私がいないっていうのは、
それなりにランスさんもストレスが溜まっていたのかしら。
「ストレスどころじゃないでござるよー」
「そうそう、最後には逆ギレして」
「今から魔人ザビエルを倒しに行くぞといきなり言い出しおってな」
「香様が止めなければ、そのまま」
へえ……そんな事があったんだ。
「ランスさんに何かあったらシィルさんにどうお詫びすればいいんですか、っていったら、
やっと思いとどまってくれたんです」
香様が笑いながらその時の会話を再現してくれる。
「ここだけの話ですけど、シィルさんが凍ってる時にも、ランスさんは性眼様に修行の依頼をしてるんですよ」
「そうなんですか?」
何でその時は修行をしなかったのかしら。不思議。
「性眼様が断ったんでござるよ」
「天志教のスペシャル修行コースは過酷なものと聞いておりますじゃ」
「シィル殿が凍ってからのランス殿はあまりにも不安定で」
「精神的に耐えられないのではないかと危惧されましてな」
鈴女さん、そして3Gさんの三つの頭がたたみかけるように。そしてとどめは香様の一言。
「だから、修行が終わったら、シィルさんがランスさんを迎えに行ってあげてくださいね」
一週間後。
何だかうまく言いくるめられたような気もするけど、鈴女さんに案内して貰ってなにわにある天志教本部に来た。
まだほんの小さな子供からおじいさんまで、いろいろな年齢のお坊さんがたくさんいる。
その中の一人、大きな鎌を持った年齢がよく解らないお坊さんが、私たちに軽く会釈する。
「あの方が性眼様でござるよ」
この人が、天志教で一番偉い人なんだ。ちょっとどきどきしながら挨拶する。
「あ、えっと、初めまして?」
「こうしてお話しするのは初めてだな」
厳しそうな雰囲気とどんなものでも包み込むような安心感が同居している不思議な人。
「ランス殿は最後の滝の修行を終えて着替えている所だ、もうじき姿を現すだろう」
時間をつぶすため広いお寺の境内を散歩する。やっぱり、JAPANの文化は大陸と違うんだなあ。
石と敷き詰めた砂で宇宙を表すとか、単純に綺麗なだけじゃなくていろいろ意味があるんだって、鈴女さんが教えてくれる。
「シィル、迎えに来たのか?」
鈴女さんと大きな松の木を見上げていたら、後ろから声をかけられた。ランスさんだ。性眼さんも一緒にいる。
「もう歩き回って大丈夫なのか?」
「はい、おいしいものたくさん食べてゆっくり休みましたから」
そうかそうか、と笑いながら、私の頭をくしゃくしゃ撫でるランスさんの顔は、すがすがしい。
それに、ちょっと精悍な顔つきになったみたい。元々の顔の作りもそうだけど、やっぱりかっこいい人なんだなあ。
「ランス殿、迷いは消えたかな?」
「え、や、ここでそれを言われてもな……なんつーか、どうしても割り切れない部分はあるわな」
「それが解れば修行した意味があるというものだ」
比喩が多いのか私にはよく解らないな。でも、ランスさんは納得してるみたい。
「シィル殿」
「えっ、あっ、はい!」
性眼様がじっと私の顔を見ている。なんだろう。どきどき。
「時には偽る事も必要、だが、思いのままを表す事が誠意となる」
うっ、やっぱり難しい話?
「記憶の途切れている現在はある意味好機だろう、頑張りなさい」
「は、はい……」
ううーん、やっぱりよく解らないなあ……鈴女さんはにやにやしているし、ランスさんは困ったような顔をしているし。
後で意味を聞いてみても、教えてもらえるかなあ?
「では尾張に戻るか」
性眼さんと別れて、ランスさん、鈴女さん、そして私の三人がお寺の門を出る。
「その前に、香様から手紙を預かっているでござるよ」
鈴女さんが、大きな胸の谷間から封筒をしゅたっと取り出す。ランスさんが封を開けると、中には温泉宿泊券が三枚。
「温泉で骨休めか、さすが香ちゃん、気が利くな」
「伊賀の里の近くに、いい温泉が湧いたでござる」
温泉かあ。ゼスには天然温泉はないから、一度は行ってみたかったんだ。JAPANの温泉は有名だし。
「シィル、お前温泉好きだから嬉しいだろう?」
「はい、初めてだけど……あっ、今の記憶では初めて、ってことですけど」
「後で鈴女が温泉の楽しみ方を伝授するから、めいっぱい楽しむといいでござるよ」
粗相をしても恥ずかしいし、鈴女さんにいろいろ教えて貰おうっと。にしし、と笑っているのは気になるけど。