4.解らなくてもいいもの
◇2008/04/28
朝、目が覚めると、隣でランス様が大鼾をかいて眠っていた。
部屋の装飾が、香様にもらったお屋敷とも、尾張の城とも違う。あえて言えば、温泉旅館?何でこんな所にいるんだろう。
満足そうなランス様の寝顔、使用済みのふわふわ紙。まあ、いつものような夜だったんだろうなあとは思う。
それにしても、長い夢を見ていたような気がする。
覚醒した美樹ちゃん。森を燃やし、凍らせ、ランス様を殺そうと──その後の記憶が、ちょっとはっきりしない。
確かランス様と美樹ちゃんの間に割り込んで、美樹ちゃんに凍らされた……のかな?でも、
魔王として覚醒した美樹ちゃんに凍らされて、こうして生きていられるものなんだろうか。
そして、気が付いたらランス様が目の前にいて、何だか私は半端に記憶を失っていて、ランス様を怒らせたり、
修行させたり……で、修行を終えたランス様と鈴女さんと、温泉に来たような、そんな夢を見た。
夢?
私がいる部屋は、夢と同じ温泉旅館の寝室。
どこまでが現実で、どこからが夢、なの?
記憶がない、といって殴られたのは多分現実。夢でまで殴られていたら、さすがにちょっと、ね。
ランス様の修行、はどうかな。最後に見た時よりもずいぶんレベルが上がっているみたいだけど、
私が凍った後魔人ザビエルを倒したらしいし、ヘルマンでも……修行してもしてなくても、レベルが上がっていてもおかしくない。
それじゃあ性眼様の言葉はどうかしら。修行が現実でなければ、あの言葉も私の夢なんだけど。
──時には偽る事も必要、だが、思いのままを表す事が誠意となる
絶対服従の魔法が切れてないって、嘘をついている事に罪悪感があるのかな。誠意、誠意か……
温泉に来たのは多分現実。えっちの時に優しかったランス様は……どうだろう、たまに優しい時もあるから、
現実かも知れない。あっ、でも、ランス様のあれを短剣と間違えていたのは夢であって欲しい。
あの頃、15才の頃は確かに友達の間でもいちにを争うもの知らずだったけど……特にえっち方面。それでも恥ずかしすぎる。
もぞり、布団が動く。
「んー、おはよう、シィル」
「おはようございます、ランス様」
ランス様も目を覚ましたみたい。はうっ、そういえば私何も着ていないし!
ずっと夢と現実の境目を考えていて、裸だった事に気づかなかった。
慌てて周りを見ると、脱ぎ散らかされた浴衣があったので、急いでそれを羽織る。あれ、ちょっとこれ大きいかな?
「それは俺様の浴衣じゃないか?」
「あ、そうかも知れませんね、すぐ着替えます」
もう一枚、くしゃくしゃに丸まってる浴衣を見つけて、着替える。こっちのサイズの方が私に合うみたい。
のっそりと起きあがったランス様に、さっき羽織った浴衣を広げて着せかける。
「サイズ、いかがですか?」
「ぴったりだ」
良かった、えっと帯は……うん、これこれ。ところで私の下着がないのは……鈴女さんとの会話は現実だったって事?
うっわー、恥ずかしい。
「ランス様、帯きつくないですか?」
「問題ない……んっ?」
びくっ。
ランス様がゆっくり振り向く。なんか恐い。
「シィルお前、今、なんて言った?」
「帯はきつくないですか、と」
「いや、その前だ!」
私の肩を鷲掴みにして、真剣な表情のランス様。
──そうだ、記憶がない時の私は『ランスさん』って呼んでたっけ。大きく息を吸い込んで、めいっぱいの笑顔で。
「ランス様っ!」
ランス様の首に抱きついた。
ちょっと照れたよなランス様の顔。そして。
「昨夜は手加減してやったからな」
「はあ……?」
えっちの事、かな?でもいきなり何で。
「記憶が戻ったのなら、手加減無しでお仕置きだー!」
「えっ、きゃあっ!」
せっかく着た浴衣を剥かれて、前から後ろから下から三回。しかも前戯無し。
とはいえ、知識の足りない15才の私の昨夜の始末が甘かったのか、最初からそれほど痛くはなかったので助かった。
どうせ、二回目からはべたべただし……うーん、五年間でずいぶんスれちゃったなあ、私。
それにしても昨夜の優しいランス様は、やっぱり夢だったのかしら。
まあ、今朝みたいな自分勝手なランス様の方が、らしいと言えばらしいけど。
朝ご飯の前にお風呂に入っておこうと、浴衣を着直して手ぬぐいを手にふらふらと立ち上がった私に、ランス様が一言。
「風呂に行くなら混浴だ、いいな?」
「う、はい……」
さすが、手加減無しと宣言しただけ合って、有無を言わせないランス様。ま、いいか。
朝一という事で、混浴の浴場には誰もいなかったのが良かったのか悪かったのか。
口で処理させられた後、お湯の中では絶対にダメですと主張して、何とか洗い場で……今ので何回めだっけ?
ランス様、何でこんなにお元気なんだろう。
「そりゃあ、ずっとお預けだったからなー」
「性眼様のスペシャル修行コースですか?」
天志教の修行は、女人禁制の一週間だって聞いている。一週間我慢するだけでも、
ランス様にとっては十分修行になるんじゃないかしら……なーんてくだらないことを考えてしまう。
「ああ、それもあるが」
ぐ、っとランス様が腰を突き出した。一番奥がえぐられる感触に、私の身体が意志とは関係なく硬直する。
「……」
二人同時に、ふうっと息を吐き出す。ちょっと嬉しい。
「お前とは、本当に久しぶりだからな」
ランス様の胸が背中に密着する。広くて暖かい胸にやっぱり安心する。
……って、ランス様、また中で大きくなってるんですけどっ!?
「おお、シィルの記憶が戻ったでござるか!」
部屋に戻ったタイミングを見計らったかのように来た鈴女さんと、三人で朝ご飯。
「そもそも部分記憶喪失自体、本当だったか怪しいな」
「ええっ、そんな事無いですよ、私あの時は本当に何も覚えて無くて……」
「いや、俺様を試すために嘘ついてたに違いない」
「嘘なんてついて……あっ!」
「ふふふ油断したな、ぶりの照り焼きゲットー」
「ひーん、おかず無くなっちゃいますう」
「卵の殻の裏拭って、残った白身でも飯にかけて食え」
「すんすん」
何というか、戻ってきた日常。
今までと何も変わりがないけど、まあこれはこれでいいかなあなんて。