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幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

1.予兆

◇2006/07/07 

『大陸で最も美しい国』、リーザス。
一年ほど前、国王が突然表舞台から姿を消して一人娘が王位を継いだばかりだった。 数ヶ月前、その一人娘が結婚すると同時に、婿である元冒険者が新たにリーザス王に即位した。
出自も明らかでない新王は、反対勢力をあっさりと鎮圧し、更に、自由都市地帯及びJAPANを制圧。 勢い付いた新王は、かねてより国としても個人的にも遺恨のあるヘルマンとの全面戦争を起こす。 その一方で、魔王リトルプリンセスとその護衛にあたる魔人をリーザス軍に編入。 反魔王派の魔人勢との小競り合いをこなしつつも、 ヘルマン首都ラング・バウ陥落まで後一歩といったところであった。

◇◇◇

「シィルはまだ見つからんのか」
リーザス城の玉座で、ランスは苦虫を噛み潰したような顔で、一言吐き捨てた。
シィル捜索を命じられているかなみは、それを聞いて青い顔で俯いたままだ。 『シィルがヘルマンで捕らえられている』という報告をランスにしてから、もうずいぶんと経つ。 実際の所、シィルがいる場所は特定出来ているのだ。
「ヘルマンにいる事は確かなのですから、 ラング・バウを制圧してからゆっくりと探されるのがよろしいかと」
縮こまって何も言えないかなみに、助け船を出すかのように口を開いたのはマリス。
「しかしもう半年以上になる、かなみがこれほどまでに使えないヤツだとは思わなかったぞ」
「かなみとその部下達もシィル殿の捜索に全力を尽くしています、 王も今はヘルマン戦に集中なさってくださらないと」
しかし、かなみがランスにちくちく嫌みを言われている原因を作っているのもまたマリスなのだ。

シィル探索に関してはまずは自分に報告するように、とマリスに厳命されていた。
かなみはそれに従って、ランスに報告する前にまずはマリスの所へ行った。 ランスに対してはいろいろとわだかまりもあり、マリスに報告する方が気が楽だったというのは否めない。
「シィルちゃんは監獄都市ボルゴZに収監されているようです」
かなみがマリスにその報告をしたのは、内乱鎮圧の直後だった。
「ご苦労でした、ランス殿……いえリーザス王には、ヘルマンの『どこか』にいるとだけ伝えなさい」
リアの命により手に掛けようとした事もあるが、かなみは決してシィルが嫌いではなかった。
貧困に喘ぐヘルマン、その監獄ともなれば酷い状態にある事は想像に難くない。 そんな劣悪な環境にいつまでもいるのは気の毒だから、早く助け出してあげたい。 ランスもおそらくそれを望んでいるだろう。そう思っていたかなみは、マリスの言葉に耳を疑った。
「えっ……場所を、知らせなくていいんですか?」
「シィル殿を取り戻せば、王はまたシィル殿にべったりになるでしょう?」
それではリア様があんまりにも可哀想です、とマリスは続ける。
「そう……ですけど……」
現在、ランスはリアの夫だ。その結婚がリーザス王の座、 ひいてはリーザス軍の指揮権が目当てだった事は、ランスを知る人間の目には明らかだった。 『ヘルマンに盗賊として追われた仕返しをする』というのは建前で、 手に入れたリーザス軍を使ってシィルを取り戻すのがランスの本当の目論見である事も、公然の秘密だ。
「もっとも、シィル殿に何かあったとしたら、王の怒りを買う事は目に見えていますから、 彼女の安全の確保だけは怠らないように」
シィルに何かあれば、ランスの怒りはマリスだけでなくリアにも及ぶ、 それを避けるためだろうが、さすがのマリスも、シィルを見殺しにしようとまでは思っていないようだ。 かなみは、ほっと息をついた。

「マリス様、そろそろランスに、シィルちゃんの居場所を知らせた方が……」
不機嫌なランスから解放されたかなみは、恐る恐るマリスに提案してみる。
「ヘルマン制圧完了までは伏せておきなさい、シィル殿の安全は確保してあるのでしょう?」
「ええ、シィルちゃんは……でもソウルという少女の方はちょっと……」
シィルと一緒に捕らえられていたソウルが、つい先日獄中からどこかへ連れ去られた。 どうもどこかの貴族の慰み者になっているらしい。
「その娘に関しては、王も特に言及していませんし、かまわないでしょう」
リアのライバル、つまりランスの女は一人でも少ない方がいい、マリスはそう言外に匂わせる。 そして最も排除すべき女性であるシィル、彼女に直接的な危害が及ぶ事は避けたいが、 彼女がランスと離れている状態を少しでも長く保ちたい。 それがリア至上主義であるマリスの考えだった。

◇◇◇

秋も終わりを告げ、ヘルマンの厳しい冬が始まる頃。
ボルゴZに囚われたままのシィルの耳に、看守達の噂が途切れ途切れに入ってくる。
即位したばかりのリーザス王はことのほか好戦的で、自由都市地帯及びJAPANを制圧した後、 ヘルマン侵攻に着手したという。難攻不落と言われたシャングリラの広大な砂漠を、 どのような手段を使ったかは解らないが自国領とし、首都ラング・バウへと兵を進めているらしい。
幸いにも進軍ルートからはずれているボルゴZには戦禍は及ばないものの、 ラング・バウが陥落したら自分たちはどうなるのか、それが看守達の話題の中心だった。

(リーザスが自由都市を制圧?そんなのありえない……)
シィルは当初、噂を半信半疑で聞き流していた。
(例えリア様がそう考えても、きっとランス様が反対してうやむやになるはず……まさか……?)
ランスを逃がすため、あえてヘルマン軍に捕まったシィルとソウル。 逃げ損ねたランスの身に何か……シィルは頭を振って嫌な考えを振り払う。
(ランス様自身がリーザス王だとか……ううん、それはもっとありえない……よね)
共に捕らえられたソウルがどこかへ連れ去られてから、もうずいぶんと経つような気がする。
ランスは今頃どこで何をしているのだろう。
シィルがここにいる事を、ランスは知っているのだろうか。
……もしかしたら、シィルを助けにくるつもりなど無いのか。

過酷な獄中生活が、シィルの思考力を削り、時間感覚を狂わせていく。

◇◇◇

ランスは、予想以上に手間取るラング・バウ攻略に手を焼いていた。
シィルが側にいれば気も紛れるのだろうが、それさえも叶わない。 後宮の女性達は、ある者は凛々しくまたある者は愛らしく、一時の慰めをランスにもたらしてはくれるものの、 苛立ちを完全に鎮める事は出来なかった。
(さっさとヘルマンを制圧して、シィルを探し出して……)
その夜、ランスは珍しく伽の女性を呼ばず、ベッドの上で腕を組んで考え込んでいた。
「シィル……」
ふと口をついて出た名前に慌て、周りを見回してしまう。
「ちっ、何をやってるんだ俺様は」
その行為の無意味さにようやく気付き、ランスはベッドに潜り込むが、なかなか寝付けない。 温暖なリーザスではあるがやはり冬の夜は寒い。女体の温もりが恋しいが、誰でもいいという訳でもない。
(何で肝心な時に横にいないんだ……バカが)

「シィルちゃんを捜す時間が欲しいんだけど……」
シィル捜索を理由に、かなみはヘルマン行きを申し出た。
後宮の女も呼ばずに考え込んでいたり、夜中にうなされて飛び起きたり。 かなみが知るランスでは考えられない事だった。シィルがいないだけで、こんなにも変わるものだろうか。 ランスの監視もかなみの仕事ではあったが、そんな不安定なランスを見るのは心苦しい。
(マリス様……ううん、リア様には悪いけれど、一度シィルちゃんを脱獄させよう)
その後安全な場所にシィルを隠し、時期を見てランスに報告すればいい。 事の次第を説明すれば、きっとシィルも上手く話を合わせてくれるだろう。
「後はラング・バウでミネバの軍を叩くだけだからな、今のところ忍者の出番は無いし、いいだろう」
渋るマリスをそう言い含めて、ランスはかなみを送り出した。

その場では機嫌良くかなみを見送ったランスだったが、 マリスも親衛隊も下がらせ、一人になってシィルの事を考え始めると、とたんに不機嫌になってくる。
状況・手段を問わず何度も問いつめてみた感触では、 どうもかなみはシィルの行方を知っているらしい。なぜ『シィルが見つからない』と嘘を付いているのか。
所詮ランスはリアのおもちゃに過ぎず、シィルはランスをリーザスに引き留めるための切り札だということだろうか。
そもそも、シィルを取り返してついでにヘルマンに復讐する(表向きの重要度は逆であったが)ため、 リアとの結婚を了承したランスだ。シィルを取り戻せば、ランスがいつリーザスを去るか解らない。 それを警戒しての事なら納得がいく。 納得はいくが、やはり不愉快だ。
リアがランスに飽きたらシィルを寄越してリーザス城を追い出すつもりか。 マリスだったらそのくらい考えていそうだ、とランスは自分の考えに自分で腹を立てている。 それならば、ランスの機嫌を損ねないよう、シィルの身の安全は確保しているだろう。 そう考えてランスは怒りを収めようとするが、なかなか落ち着かない。

リーザス王の地位を得てやりたい放題やっているように見えるランスだったが、 精神状態の危うさは獄中のシィルとそう大差はなかった。