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幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

12.永遠に近い恋

◇2006/07/07 

学校が終わって、まっすぐ家に帰るか、それとも寄り道するか、ちょっとだけ迷う。 うん、決めた。今日は本屋に寄り道してから帰ろう。 あんまり遅くなるとママが心配するけれど、ちょっとくらいなら大丈夫。
本屋に入って、新刊の棚を物色する。
「『永遠に近い恋』……これはっ!」
手にとってぱらぱらと中を見る。
内容は魔王と魔人の恋物語。少女小説では定番のテーマだ。
「あ、リーナじゃない」
背後から声を掛けられて振り向くと、親友のマリナが立っていた。 私が手にしている本を覗き込んで一言。
「またその手の本読んでるんだ?」
「う、だって……」
俗に『1000年の恋モノ』と呼ばれるこのジャンルの主な読者層は、ローティーンの少女だ。 1000年という人間にとって永遠にも思える時間を共に過ごした魔王と魔人の物語は、 恋に恋する少女達にとって憧れの恋愛の一つ。
「リーナもねえ、早く彼氏作んなきゃダメだよ?お話はあくまでお話、フィクションなんだから」
「わかってるよう」
そう答えつつも、本を持ってレジに向かう。
「結局買うんじゃないの」
「へへ、まあね」
「まあ、あらすじはどの小説でも同じなんだけどね」
「じゃあなんで何冊も買うのよ?」
「何て言うか……引っかかるのよ」
「何が?」
「うーん、よくわからないんだけど」
そう、何故かはわからないけれど、『1000年の恋モノ』小説は、私の心に引っかかる。 もちろんフィクションなのだけれど、ベースは本当にあった話だというこのジャンル。 私が生まれるちょっと前に交代した前魔王とその魔人が、この話のモデルなのだそうだ。
「そういえばリーナ、魔王史の授業も取ってたよね」
「うん」
「そのジャンルの小説が好きなのと関係あるの?」
「……うん、やっぱり何か気になるって言うか」
現在の魔王が人魔協調政策をとっていることもあって、学校の選択授業では魔王史がある。 むやみに魔人を畏れないため、というのが授業の趣旨らしいのだけれど、 魔王史を選択する人はあまりいない。
でも、私は何となく選んでしまった。そして最初の授業で配られた教科書を見て驚く事になる。

◇◇◇

小さな頃、ベッドに入って眠るまでの短い時間、ママは私にいろんなお話をしてくれた。 不思議な生き物の事、昔世界で起きた出来事、そして魔王と魔人の話。 いろんな話をしてくれたママだけど、私が生まれる前の二人の話はほとんどしてくれなかった。 たまに冒険の話をしてくれることはあっても、それ以外のことはいつもはぐらかされてしまう。
それを教えてくれたのは、学校の授業と何冊かの本だった。

パパの名前はランス。 物凄く珍しい名前でもないけど、パパくらいの年齢でその名前を持つ人は少ない。 だって、その名前は、前魔王の名前だったから。 私が生まれるちょっと前に魔王が代替わりして、それ以降生まれた子供でその名前を持つ人は そこそこいるみたい。小さい頃近所のおばさんに、リーナちゃんのお父さんは前魔王と同じ名前ねえ、 なんて、いやみったらしく言われたこともあった。

「パパは前魔王のランスなの?」
「……まあ、いつかはばれると思ってたけどな」
パパは、自分のほっぺたをコリコリかきながら視線をそらした。困った時のパパのクセだ。
「学校で魔王史を選択していて……ひょっとしたらって思ってたんだけど」
私は、学校の教科書を二人に見せた。
「ふむ、エターナルヒーローからか」
約2500年ほど前の魔王ジルの時代、人類暗黒の時代といわれたあたりから教科書は始まっている。
「おお、生意気にもカオスが載っているぞ」
エターナルヒーローの一人であるカオスが邪悪な魔王を封じるため魔剣に姿を変えたという話は、 子供向け魔法ビジョンドラマのモチーフにもなっている。
「その魔剣……パパが使ってる剣だよね?」
「よく気がついたな、って形も同じだし当たり前か」
有名な話だから、レプリカも数多く出回っているけれど、パパが持っている黒い剣は、 お店やカタログで見かけるようなレプリカとは違う、何か独特のオーラを持っていた。 ……たまに、視線を感じることはあったけど。
「リーナがうんと小さい頃は、カオスさんも子守を手伝ってくれたのよ」
確かに魔剣カオスはインテリジェントソードらしいけど、エターナルヒーローに子守をさせるなんて。
「ヤツもリーナの前では普通の剣のふりしてるからなあ」
「っていうか、パパがカオスさんに『リーナに近づくな』って言ったんじゃないですか」
「ああ、あのスケベ剣の奴、成長したリーナを見て『ええケツしとるのう』なんて ふざけたこと言いやがったからな」
……あう、エターナルヒーローのイメージが……
「ジルを倒し魔王になったガイの跡を継いだリトルプリンセスは魔王になることを拒み、 後にランスによって殺害される……本当にパパが魔王リトルプリンセスを殺したの?」
「んー……あの時は成り行きっていうか……まあ有り体に言えば魔が差したんだな」
パパは冒険者として、モンスターはもちろん、時には人を斬っていることも一応は知っている。 でも、魔王を殺してその跡を継いだなんて……やっぱり信じたくない。
「ママが側にいれば止めてくれたんだろうが……」
「あら、私のせいなんですか?」
ママが子供みたいに拗ねる。でもすぐにまじめな顔になって私に言った。
「……でもね、リーナ、あの時パパが魔王にならなかったら、今頃どうなってたか」
リトルプリンセスが覚醒を拒否したことで、一時的に魔人が二派に分かれた争っていたと、 魔人史には書かれている。その争いを収めたのが魔王ランス、だとも。
ランスは、時に無茶な要求をしたこともあったけれど、無意味な殺戮は行わなかったらしい。 ランスが即位してから新たに生まれた一人の女性魔人、彼女がランスの暴走を食い止めていたという。 これはさすがに教科書には載っていないけれど、物の本には何度か出てくる。
その魔人の名前はシィル──ママと同じ名前だ。

◇◇◇

死の大地で、前魔王とその筆頭魔人に対峙した僕は、迷っていた。 死を望む二人を斬り殺すのも、確かに勇者の仕事としては正しいだろう。
だがしかし。
この二人をハッピーエンドに終わらせるというのも、 勇者の仕事としてはかなり上のランクに入るのではないだろうか。 前魔王と魔人の恋を成就させた勇者……いいね、これはいい。きっとモテモテだ! ウハウハな妄想に浸っていると、魔人が期待に満ちた顔でじっとこっちを見ていた。 うんうん、こんなカワイイ魔人をばっさりやるなんてもったいないよな。まあ、前魔王の恋人なんだけどさ。
「そうだ、魔人さんの魔血魂だけ切り出たらどうでしょう?そうすれば魔人さんも人間に戻れるし……」
「え……?」
「なるほど、そうすればまだもう少しシィルと過ごせるという訳か……しかし、そう上手くいくのか?」
あ、前魔王がちょっと冷静。なんか悔しいぞ。
「そこはそれ、僕がうまいことやりますから……」
言うは易し行うは難し。しかし、僕は勇者。不可能を可能にし、不幸なものを幸福に導く存在。 ここでその力を使わなくて、一体いつ使うというのだ。
「もし失敗してもランス様と一緒に死ねますし……よろしくお願いしますね、勇者様」
嬉しそうに笑う魔人。あーちくしょー、笑顔もまたカワイイじゃないか。
「任せてください!」
僕は聖刀日光を抜き、その刃を魔人に向けた。

◇◇◇

「……で、勇者様は上手くやったんだ」
本来魔王の血に束縛されるはずの魔血魂。でも、ママの場合、 魔王の血ではなくパパ個人に従っていたためなのか、魔血魂だけ取り出す事が出来たのだそうだ。 『特異な存在だった魔王ランス』と言う表現が、その手の本にはしばしば出てくるけど、 こんな所まで普通じゃなかったというのは……うーん。
「ま、そういう訳で、パパもママも今は普通の人間だからな。リーナもその点は安心していいぞ」
うう……でも、でもっ!
「巷の噂では、その場で二人とも死んだことになってるよね?」
たいていの小説では、勇者が涙を隠して二人を斬り、前魔王と筆頭魔人は天国で永遠に結ばれる、 というラストになっている。
「その方が人間社会で生きて生きやすいですからね」
確かに、前魔王と元魔人の子供だって事がばれたら、私も相当いじめられたんだろうけど ……何か疲れた。
「どうしたの?」
「もう寝る……パパ、ママ、お休みなさい……」
「そうか……ああ、そうだリーナ」
「何?」
「勇者の話は人に言うなよ」
「……言っても信じてもらえる訳ないじゃない」
「がははははは、そりゃそーだ」

パパの笑い声を背にして、がっくりと肩を落として部屋に戻り、着替えてベッドに入る。 そして眠りに落ちるまでのわずかな時間、パパとママのことを考える。 人間だった時、魔王と魔人として生きた1000年、そしてまた人間に戻って。 パパとママはずっと一緒だったんだ……最も昔のパパは女癖が悪かったらしいけど。

私もいつかそんな人に巡り会えるのかな。