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幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

ケイブリス日和

◇2006/07/07 

覚醒直後こそヘルマンを中心に暴れたものの、シィル奪還以降のランスはいたって穏やかで、 ケイブリスをはじめとする武闘派の魔人にとっては、やや物足りない魔王であった。 それでも、リトルプリンセスとは違い、完全に覚醒している魔王のため、逆らう事は出来ない。
思い出したように人間の軍隊と交戦するがまだまだ暴れ足りない、 というのがケイブリスの率直な感想だった。

◇◇◇

「ああー、平和はつまんねえな」
ケイブリスは自身の城の一室で、生欠伸を繰り返していた。
「おお、そうだ、こんな時こそじっくりと、カカカミーラさんに手紙でも書くかな」
ケイブリスが一方的に恋い焦がれる魔人カミーラ。彼女は魔王交代以降も魔人領にある城には戻らず、 リーザスとヘルマンの国境付近にある山荘で暮らしていた。 人間に対する牽制にもなるし良いだろうと、ランスもそれを承認している。
「えっと……親愛なるカカカミーラさん……」
大きな体を縮こまらせ、机上の便せんに文字をつづろうと、ケイブリスはペンを手に取る。
その時、城の中庭に、何かが落下するような大きな音がした。
「ちっ、また、ワンかニャンがくだらねえ遊びでもしてるのか?」
ケイブリスは渋々立ち上がり、窓の外を見る。 すると、ろくに手入れされていない中庭の石畳に、大きな穴が開いていた。 庭で遊んでいたらしいケイブワンとケイブニャンが、その穴の底を覗き込んでいる。
「……何が起きたんだ?」
しばらくすると、穴の中から土埃まみれのもこもこ頭がひょっこりと顔を出した。
「ありゃあ、魔王様お気に入りの魔人、シィルじゃねえか」

「いつも魔王城にいるあんたが、何で俺様の城にいるんだ?」
風呂に入り、ケイブワンの服を窮屈そうに着ているシィルに、ケイブリスは不思議そうな顔で尋ねた。
ケイブリスの城は、魔人領北部にある魔王城からはかなり離れた南部に位置している。 ここにシィルが現れるのは、何とも不可解だ。
「それがその、ランス様に放り投げられて……」
ランスがふざけてシィルを放り投げたところ、間の悪い事にふっ飛ばしが発動してしまったらしい。
「そりゃあまた……魔王様のパワーが凄いってこったな」
「そうですねえ、私もびっくりしました」
のほほんと答えるシィルに苛つきながらも、なぜか怒る気になれない。

シィルは、魔人化して間もないとはいえ、どう考えても弱い魔人だ。 純粋に戦闘力だけを考えれば、パイアールとタイマン張っても勝てないかもしれない。 回復魔法を使うらしいから、直接戦闘よりも支援タイプなのだろうが、 無敵である魔王に回復が必要なわけでもあるまい。
カミーラのようにものすごい美人というわけでもないし、ランスがシィルに執着している意味が、 ケイブリスには全くわからない。

「シィル、魔王城まで送ってやるよ、あんたの足じゃ時間がかかりすぎるからな」
洗濯した服もすっかり乾き、自分の服に着替えたシィルが礼を述べて城を後にしようとするのを、 ケイブリスは呼び止めた。 執着の意味はわからなくとも、シィルに親切にしておけばランスに対する点数稼ぎにはなる。 長い魔人生活で身に付いた、ケイブリスなりの保身だ。
「ありがとうございます、よろしくお願いしますケイブリスさん」
にこっと笑って、シィルは頭を下げる。
「リス様、お出かけなーのねえ?」
「ニャン達も一緒に行くにゃん!」
「ああ?お前らは城で留守番に決まってるだろうが」
ケイブリスが一喝すると、ケイブワンとケイブニャンがしゅん、とうなだれる。
「ケイブリスさん、良かったらワンちゃんとニャンちゃんも一緒に行きませんか?私、二人にお礼もしたいし」
「シィルちゃん、優しいのねー」
「シィルちゃんが良いって言ってるのに断ったら、リス様魔王様に怒られるにゃん?」
「あはは、ランス様はそんな事で怒ったりはしないわよ」
ぺたぺたとひっつき合う三人、そのほんわかムードは、殺伐とした魔人領には似つかわしくないものだ。 それでも、それほどイヤな気はしない。
(あー……そういう事か)
ケイブリスの使徒であるケイブワンとケイブニャン、彼女達だって、 戦闘力が高いわけでもものすごい美人というわけでもない。それでも、ケイブリスは好んで側に置いている。 ランスにとってのシィルは、ケイブリスにとってのケイブワンとケイブニャンと同じなのだろう。
少々回転の鈍いおつむで、ケイブリスは直感的にそう結論づけると、三人を肩に乗せた。
「さっ、魔王城に行くぜえ」

◇◇◇

「シィルっ、どこに行ってやがった!」
「ランス様に吹っ飛ばされたんじゃないですかあ」
「俺様のせいにするな、この馬鹿者が!」
ランスの鉄拳が、シィルの頭に容赦なく降り注ぐ。シィルは頭を抱えてひんひん泣いている。 ケイブリスは何度か見ている光景だが、初めてそれを見たケイブワンとケイブニャンは目を丸くしている。
「魔王様、リス様より乱暴にゃん」
「シィルちゃん、かわいそうなのねー」
その声に、ランスが我に返った。ちっこい犬耳娘と猫耳娘を、不思議そうに見る。
「ん、なんだお前ら?」
「す、すみません魔王様、こいつらは自分の使徒でして」
「んん?ああ、ケイブリスか、いつの間に来たんだ」
「はああ?」
ケイブリスの大きな体が、がくっと傾く。広間の扉を開けたとたんシィルはランスに飛びついたとはいえ、 その後ろにいた自分をランスが見ていなかったとでも言うのか。

シィルの提案で、簡単なお茶会が催される。シィルお手製のケーキに、 ケイブワンとケイブニャンはご機嫌だ。ケイブリスも、出されたお茶に舌鼓を打っている。 茶飲み友達である、執事LV3のアレフガルドが淹れたお茶に、勝るとも劣らない味だ。
「ほおお、うまい茶だなあ」
「当たり前だ、俺様専用の高級茶だからな」
思わず感嘆の声をあげたケイブリスを、ランスがじろりと睨む。
「本来ならお前ごときに飲ませるのはもったいないのだが、シィルがどうしても礼がしたいと言うから」
「はっ、はいっ、ありがたく味わわせていただいてますっ」
ランスを前にすると、どうしても卑屈な態度を取ってしまう。
(ふむ、ワンとニャンにプラスアレフガルド並みの茶か……それが魔王様の執着の理由か?)
なんとなく、解ったような気になっているケイブリスであった。