SAVEyourLIFE

幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

空に咲く花

◇2006/08/06 

「ホーネット、この『死の大地』というのは一体なんだ?」
「それは……」
ホーネットと今は亡き魔人レッドアイ、過去に強力な魔法を持つ二人がぶつかり合った際、 その魔法の余波で生きとし生けるものを拒む地に変貌した死の大地。 その地に足を踏み入れさえしなければ害はないというのもの、 支配する土地に入れない場所があるというのは、ランスにとってはおもしろくない事だ。
「何とか浄化する事は出来ねえのか?」
「汚染物質を除去する事が出来れば、あるいは」
「魔物将軍達にでも死の灰を運び出させるか」
ランスの言葉にホーネットが同意しようとするが、横で話を聞いていたシィルが慌てて割り込んできた。
「ダメですよランス様、それでは作業に当たった魔物将軍達が、みんな死んでしまいます」
「別にあいつらすぐ増えるし、使い捨てても……わかったわかった、別の方法を考えよう」
涙目で抗議するシィルに、ランスは慌てて前言を撤回する。
「運び出せないのなら、大陸の外に吹き飛ばすしかありませんね」
「吹き飛ばすにしても魔法じゃダメだろう、ん、魔法じゃなく吹き飛ばすといえば……」

◇◇◇

数日後、ランスとシィルはカスタムの町にいた。
ランスがまだリーザス王だった頃、カスタムの町は他の自由都市同様、リーザスに併合されていた。 しかし、ランスが魔王になりリーザスを出奔、後を追ってきたリアとマリスをケイブリスの使徒にした事で、 自由都市のほとんどがリーザスを離れ、再び独立都市となった。 カスタムはその中でもいち早く独立を宣言した都市だ。
「長距離砲台型チューリップ、ゴリアテを譲ってもらうんですね」
「まあ譲ってもらうというか、奪い取るというか」
眉を顰めるシィルには目もくれず、ランスはマリア研究所の扉をノックもせずに開けた。
「マリア、いるかー!」
突然の来訪者に、研究所の職員達が慌てふためく。 女性ばかりで構成された職員、そのほとんどがランスの、魔王の顔を知っていた。
「どうしたの、何みんな騒いでるの?」
雑多に置かれた機械の合間から、油まみれのマリアが顔を出した。
「ランス?何でここに……」

「ゴリアテが欲しい、って言われてもねえ」
ランスが魔王である事など気にも留めず、マリアは以前と同じようにランスに接する。
「メンテナンスも必要だし、操作もそう簡単なモノじゃないわよ」
マリアはランスに思いを寄せている。 ランスがリアと結婚してリーザス王になったと聞いた時は、本当に心から落胆した物だ。
「ならお前も一緒に来い、魔人にしてやるぞ」
「魔人……」
ランスの隣にはシィルがいる。そのポジションを奪い取ろうとまでは思わないが、 更にその隣にでも居られるなら、と、マリアの心が揺れる。
「バカな事考えるんじゃないわよ、マリア!ようやく平和になったカスタムを見捨てるつもりなの?」
「志津香……」
たまたま遊びに来ていたのだろう、マリアの親友である志津香が、 ランスの言葉に心を動かしかけたマリアを嗜める。
「帰りなさい、ランス、二度とマリアに近付かないで!」
ものすごい剣幕の志津香を見ながら、ランスはシィルにそっと耳打ちをした。 シィルが困り顔で首を横に振って答えると、ランスはシィルの耳をつまんでぎゅうっと引っ張った。
「ひーん、ランス様、耳取れちゃいますう」
「あほう、取れるまでは引っ張らんわ」
「……あんた、魔王になっても変わらないわねえ」
人間だった頃と変わらないランスとシィルに、志津香の殺気がふっと緩む。
「よし今だ、やれ、シィル!」
「マリアさん、志津香さん、ごめんなさーい……」
シィルが呟くスリープの詠唱、人間の魔法ではかなわない速さに、 マリアと志津香は為す術無く、深い眠りへと落ちていった。

◇◇◇

結局あのまま拉致され、強制的に魔人にさせられたマリアと志津香。
魔王城の玉座の前で、志津香は横を向いて頬を膨らませているが、 マリアは嬉しいような悔しいような何ともいえない気持ちで、ランスとその横に寄り添っているシィルを眺めていた。
「マリア、お前はゴリアテを完成させろ」
「いいけど……設計図も資材もカスタムの研究所に置きっぱなしよ?」
「案ずるな、研究所ごと、魔人領に移設しておいてやったぞ」
「ええっ、でも、研究所の職員達は……?」
「そのまま連れてきた、後でお前の使徒にでもしてやれ」
「うう、何て勝手な事を……」
マリアは猛抗議しようとするが、手を合わせてぺこぺこ頭を下げているシィルに気付いて、怒りを引っ込める。
「……しょうがないわね、使徒になりたくないって子達を、無事にカスタムに帰してくれる?」
「俺様が味見をしてからなら……」
「……」
「……」
「……」
シィルとマリア、そして横を向いていたはずの志津香にまで睨まれるランス。
「……解った、無事に帰すと約束しよう」

「志津香はどうするの?」
「そうね、カスタム帰宅組を送り届けて……またここに戻ってこようかしら」
意外な返事に、マリアは驚き顔で志津香を見た。
「魔人になっちゃったのに、もう、カスタムには居られないでしょう?」
「志津香……」
「マリアが馬鹿な事しないよう、見張ってなくちゃいけないしね」
「もう、なによ、それ」

◇◇◇

そして数ヶ月。
マリアは完成したゴリアテの照準を、死の大地に向けた。
「いっぺんに死の灰を吹き飛ばすのは無理だわ」
年に数回ゴリアテを撃ち込み数百年かけて汚染レベルを下げよう、というのが、マリアの計算だった。
「志津香に協力してもらってちょっと細工をしておいたから、 ランスはシィルちゃんとお城のバルコニーから見物していてね」
ゴリアテ発射予定時刻を告げ、マリアは魔王城を後にした。

「じゃあ行くわよー!」
マリアの号令に合わせ、ゴリアテが火を噴き、死の灰を大陸の外へと吹き飛ばす。 死の灰に含まれる魔法残留物と、ゴリアテの弾薬に混入させた魔法火薬が反応し、 空に大きな火の花を描き出す。
「へえ、綺麗なものねえ」
「志津香が協力してくれたからよ」
ゴリアテの発射台で、マリアと志津香、そしてマリアの使徒になる事を選んだ研究所の職員達は、 様々な形で咲き乱れる空の花を、誇らしい気持ちでいつまでも眺めていた。