SAVEyourLIFE

幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

4.邂逅

◇2006/07/07 

「ええーっ!?」
翌朝、目を覚ましたシィルは、隣に裸の男がいる事に驚いて大声で叫んだ。 もこもこ頭に顔を埋めるようにして眠っていたランスは、耳元の大声に起こされる。
「……朝っぱらからうるせえぞ、シィル」
「えっ、ああっ、ランス様!?何でここに?」
裸の男がランスであった事に安堵するものの、事情が飲み込めないシィルはおろおろしている。
「昨夜の事を覚えてないのか?」
一度目を覚まして相手がランスである事を確認していたはずだが、 シィルはてっきり夢の続きだと思いこんでいたようだ。
「はうう、すみません」
別にシィルが悪いわけではないのに、律儀に頭を下げる。 調子に乗ったランスは、シィルの頬をつまんでむにゅっと引っ張った。
「お前まさか、俺様以外の男がベッドに入り込んでも、気が付かないでぐーすか寝てるんじゃないだろうな?」
「ああん、そんな事絶対にないですう」
「そうか、ならいい」
ひんひん泣いているシィルの頬から手を放し、赤くなってる所に軽く口づけて、ランスは優しく微笑んだ。
「ランス様……」
引っ張られたせいでなく、シィルの頬が赤くなる。
「がははははは、久しぶりだし一発やっとくかあ!」
「え、きゃあっ!?」
ランスがシィルの肩を掴んで押し倒した時。
「何があったの!?」
「シィルちゃん、大丈夫!?」
扉を蹴破ってかなみとサイゼルが部屋に飛び込んできた。

「すみません、魔王様がいらしてるとは思わなかったんで~」
「謝る事ないわよサイゼル、シィルちゃんを驚かせたランスが悪いんだから」
ベッドの上にどっかりと座ったランスの前で、ぺこぺこと頭を下げるサイゼルと憮然とした表情のかなみ。
「まったく、何故後10分遅く来なかったんだ」
(……10分でよろしいんですか?ランス様)
ランスに鎧を着せ付けてやりながら、シィルは心の中でランスに突っ込む。
「まあそれはともかく、シィルを発見した事は褒めてやろう」
「ありがとうございます、魔王様」
ランスに頭をぐりぐりと撫でられて、サイゼルは嬉しそうだった。
「……それと、かなみ」
突然の名指しに、かなみはびくっと体を硬くする。
「シィルは、もうずいぶん前に見つかっていたんじゃなかったのか?」
「そ……それは……ごめんなさい、ランス」
途端にしゅん、と俯いてしまったかなみの頭に、ランスは拳を振り下ろした。
「痛っ」
「かなみさん!」
慌てて回復魔法を掛けようとしたシィルを、かなみが制す。
「いいのよ、シィルちゃん、この事に関しては私が悪かったんだもの」
「かなみさん……」
「私がもっとちゃんと自分の意志を持っていれば、シィルちゃんがあんな目に……」
かなみに再びランスの拳骨。
「言うな、聞きたくもないわ」
看守やメイドの話から、シィルがゴルチの館でどのような目に遭っていたか、 ランスにはだいたいの想像は付いていた。昨夜ベッドの中でシィルを見た時、 やつれて痩けた輪郭はともかく、傷がほとんど消えていたことに心から安堵した。 シィルの方から何か言ってこない限り、何事もなかったかのように接してやりたかった。
それだから、ランスは不機嫌そうに言い捨てたものの、黙ってじっと見つめるシィルの視線が痛い。
「あの不愉快な館からシィルを助け出した事でチャラにしてやる、ありがたく思えよ、かなみ」
慌ててそう付け足して、ランスはバツが悪そうにそっぽを向いた。

◇◇◇

用意させたうし車、いや、うしバンバラ車で、ランスはシィルとかなみを連れて魔王城に戻った。
「お帰りなさいませ、魔王様」
魔王が探していた少女を一目見ようと、いつもより数多くの魔物がランスの帰りを待ち受けていた。 その中には、魔人やその使徒と思わしきものも混じっている。 恭しく頭を下げた魔物達のアーチをくぐりながら、シィルとかなみはびくびくしていた。
腰に回した手から怯えを感じ、ランスはシィルに声を掛ける。
「どうした、シィル、怖いのか?」
「……」
「安心しろ、お前にもかなみにも奴らは手を出さん」
シィルはランスの顔を見上げ、腰を支えるランスの手に自分の手を重ねた。

「ひーん、もうお腹いっぱいです」
山のような料理の前で、シィルはすんすんと泣いている。
いつもどの位食べていたか知っているはずなのに、ランスは後から後から料理を勧める。
「ちょっとランス、いい加減にしなさいよ、シィルちゃんが可哀想でしょ」
適量の食事を終え食後のデザートをつついていたかなみが、さすがに見かねて助け船を出す。
それを無視して、ランスは膝の上に座らせたシィルの口に、しいたけ君の姿焼きを押し込もうとする。
「ほれ食え、もっと食って肉を付けろ」
「も、もう無理です、ランス様あ」
料理を取り上げられる事はあっても、無理矢理食べさせられた事なんてなかった。 贅を凝らした料理は確かに美味しいし、ランスの手で食べさせてもらえるのは恥ずかしくも嬉しかったけれど、 これ以上はさすがに限界だと、シィルはねを上げていた。
「シィルちゃんに会えて嬉しいのは解るけどさ」
かなみの呟きを、ランスは聞きとがめる。
「何を言う、別にそんなんじゃない、ただ俺様は骨と皮だけの体を抱くのが嫌なだけだ」
そう反論しながら、シィルの躰を撫でまくる。
「ちょっと目を離した隙にこんなに痩せやがって、プロポーションの維持も奴隷のたしなみだぞ」
ああ、そういうこと、と、かなみは納得する。
ゴルチの館で再開した時、シィルのあまりのやつれように、かなみも驚いたものだ。 ボルゴZからの逃亡中、シィルもずいぶん気にしていて、出来るだけ食事を取るよう努めていた。 そしてマイクログラードで合流してからずっと、ランスの手は常にシィルの肩や腰に触れていた。 ランスもそれだけシィルの変化が心配だったのだろう。
(だからってアレはやり過ぎでしょ、まったく素直じゃないんだから)
かなみは大きくため息をついた。
「いっぺんにたくさん食べたからってすぐに身になるわけじゃないんだから」

◇◇◇

ベッドの上のランスとシィルを、窓から差し込む青い月明かりがぼんやりと照らしている。 ふらふらになりながら後始末をしているシィルを、ランスは眺めていた。
「どうした、久しぶりだったんで疲れたか?」
「え?ん……」
後始末を終えたシィルは言葉少なに、ランスの隣に体を横たえる。
「シィル」
「……?」
ランスはシィルの頭を抱えて、自分の胸に押しつけた。シィルが異常に消耗しているのが解る。
「魔王に抱かれるのはきついか?」
ランスにしては珍しい、シィルを労る言葉。シィルは何も答えず、ただランスの胸に頬をすり寄せた。
「……魔人になるか?」

魔人。
人間の敵である存在。そして魔王に絶対服従の存在。その魔王はランス。
人間ではかなわない永い時間をランスと共に過ごせる、甘い、甘い誘惑がシィルを襲う。
それでも。
「すみません私……魔人には……」
胸に押しつけていた顔を上げると、少しだけ哀しそうな顔のランスが見えた。
「魔人になってまで俺様の奴隷でいるのは、やはりいやか?」
「違います!違うの……だって」
「シィル?」
「魔王には寿命があるのに、魔人は永遠に生きていかなければならない、そうですよね?ランス様」
「ああ、そうだな、魔王は1000年ほどしか生きられない」
「そうしたら……その後、私はどうなるんですか?」
答えを聞くまでもなく、現在の魔人たちを見ればわかる。
「……次の魔王に従うだけだな」
例え心はそこになくても、魔人は魔王に従わなくてはならない。 そしてまた次の魔王へと主人を変えながら、いつかはシィルもランスのことを忘れてしまうのだろうか。
「いやです、そんなのはいや!」
自分でも驚くほど強い声で、シィルは叫ぶ。
「ランス様じゃなきゃいやなの……」
子供のように繰り返しながら、溢れる涙は止まらない。シィルは再びランスの胸に頭を押しつけた。
「シィル……」
「ランス様以外のご主人様なんていらない……」
胸に顔を埋めしゃくり上げているシィルを、ランスは強く抱きしめた。

泣きながら眠ってしまったシィルを胸に抱いたまま、ランスは自問自答を繰り返す。
──人間の社会に返すか。
答えはノーだ。魔王の側にいた人間を、他の人間が受け入れるとは思えない。 リーザスからの追っ手がかかる恐れもあるし、なにより、自分自身がシィルを手放したくない。
──無理矢理魔人にするか。
それも難しい。例え騙してでも合意の上でなければ、魔人になりきれずにその場で死んでしまうだろう。

「シィル、魔人に……」
「すみませんランス様、その話は……」
眠れぬまま朝を迎えたランスは、目を覚ましたシィルにしつこく食い下がる。 だが、シィルは魔人化を頑なに拒む。
「しかし人間のままでここに居れば早死にするぞ?」
「構いません……それまでの時間をランス様のお側で過ごせるなら、シィルは満足です」
魔王化したことで嫌われたわけではない、とランスはほっとするが、 事態が好転しているわけではないことに気付き、再び戸惑う。 シィルに拒絶されることに慣れていないランスは、どう説得していいか解らなかった。

シィル説得の手がかりが掴めぬまま日が過ぎる。
その僅かな間にも、シィルの耐久力は目に見えて落ちている。 ゆっくり説得している時間はない。ランスは焦っていた。
「サテラ、お前は何故魔人になった?最初は無理矢理ここに連れてこられたのだろう?」
「そうです魔王様、ホーネット様の遊び相手にとガイ様に攫われて魔王城に来ました」
ランスの足下に跪いたサテラは、ランスに話しかけられるだけで至福の時を過ごしているようだ。
「ホーネット様が魔人になる時、サテラも一緒に、と請われたので」
「魔人化するに当たって悩んだりはしなかったのか?」
「さあ……まだ子供でしたし、特に悩んだり迷ったりはしませんでした」
参考にはならんか、とランスは落胆する。 他の者達にも何気なく聞いてみたが、ほとんどは自ら望んで魔人になったものばかりだ。 先々代の魔王ガイに惹かれていたというシルキィに聞けば何かヒントが得られるかも知れないが、 強引な魔王継承の件で、彼女には嫌われている。友好的な態度は望めない。

◇◇◇

日当たりのいいバルコニーで、ランスはシィルに耳掃除をさせていた。 やつれているのに明るく振る舞うシィルに、ランスは胸が痛む。
「なあ、シィル……」
「……」
ランスの言わんとすることを察し、シィルは笑顔のまま首を横に振る。 ここ数日、何度も繰り返してきた問答だ。
先にかなみを口説き落とせばシィルも受け入れるだろうかと、かなみにも魔人化を勧めてみたが、 『シィルちゃんが魔人になるなら』としか返ってこない。

絶対的な存在、それが魔王だとサテラは言った。
力はある。自分に従う魔物も数多くいる。人間を滅ぼすことすら可能かもしれない。 だが、最も手に入れたいものが手に入らないのでは、そんな力など無意味だ。
全てを失って自分だけを頼りに生きていた頃。
戯れにと金で買い取った少女がただ一つの癒しとなっていた頃。
自己犠牲を厭わない、強い、強い心を持った少女。
「……シィル」
彼女の信頼を得るためなら何でもやれそうな気がしていた──あの頃。

「俺と一緒に生きて欲しい」
それは、命令ではなく懇願。
「ランス様……」
膝枕から起きあがって真面目な顔で対峙するランスに、シィルは戸惑う。
ランスに先立たれて魔人として永遠の時を過ごすなんて、考えるだけでも苦しい。 だが、シィルが死んだ後のランスの気持ちはどうなのだろう。 人間のまま、ランスを愛しているままで終わりたいというのは、シィルの自分勝手な願いなのだろうか。
「一つ……お願いしてもいいですか」
「言ってみろ」
「ランス様の寿命が来たら……私を殺していただけますか?」
魔人に完全な死を与えられるのは魔王だけだ。
「そうだな……おまえを次の魔王にくれてやるのも癪に障るしな」
「……ありがとうございます、ランス様」

白い首に牙を突き立て暖かい血を啜る。味覚だけではない全ての官能を刺激するシィルの味。 全身でそれを味わいながら、ゆっくりと取り込んでいく。 減った血を補うが如く、初期化した魔血魂──魔王の血の一部──を与える。
腕の中でシィルが人から魔人に変わる様を、ランスは思う存分堪能した。

「私……魔人になったんですね」
ゆっくりと目を開けたシィルに、ランスは精一杯の笑顔を向けてやる。
「そうだ、シィル、お前はもう俺の……俺様だけの魔人だ」
「はい……嬉しいです」
本当に嬉しそうに微笑むシィルを、ランスは強く抱きしめた。
「約束、忘れないでくださいね」
「ああ、もうお前を置いていかない。安心しろ」
自分だけの魔人。
今いる魔人たちは、自分が作り出した魔人ではない。 魔王の血を強引に継承した際、彼らの情報も取り込んでいる。 魔血魂に縛られた魔人が魔王に逆らえないのはその為だ。
だが、自分で初期化した魔血魂を与えたシィルは、紛れもなくランスの一部だった。

◇◇◇

ようやく取り戻したシィルを魔人としてから数日。衰弱していたシィルも、少しずつ回復の兆しを見せている。 ランスはシィルのリハビリがてら、ホーネットの館を訪れた。
以前は、先々代の魔王の娘という事もあり魔王城を拠点としていたホーネットだったが、 現魔王であるランスに馴染めない事もあり、シルキィの城の近くに館を建て、今ではそこで暮らしている。
「ようこそおいでくださいました」
にこやかにランスとシィルを迎え入れたホーネットは、シィルの変貌に気付く。
「あら……シィルさん、魔人になられたのですか?」
シィルから感じる魔血魂の波動は、父の側近だったバークスハムと同じものだった。
「はい、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
ぺこりと頭を下げるシィルに、ホーネットは微笑みかけた。
ランスが魔王になったのは、この少女を取り戻すためだったと聞いている。 すなわち、シィルが全ての元凶というわけだが、どうにも憎めない。
「シィル、解らない事があったらホーネットに相談しろ、なんたってガイの娘だし、色々知ってるだろうからな」
取りようによってはかなり棘のあるランスの言葉だったが、能力を買ってもらえている事を、 ホーネットは素直に喜んだ。覚醒直後のランスが同じ事を言ったのなら、 おそらくは不快感の方が強かっただろう。最大の目的を果たした事で落ち着きを取り戻したのか、 あるいは、日だまりのような笑顔の少女を側に置く事でランスの心に凪が訪れているのか。

「ホーネット様、お客様?」
客間の扉が開き、金髪の少女がひょいと顔を覗かせる。 シンプルだが仕立ての良いドレスを纏った少女を見て、思わずシィルが声をあげた。
「えっ……シーラ姫?」
「ああそうか、そういえば、ホーネットに預けていたんだったっけな」
シィル捜索に躍起になっていた事もあり、シーラの事は、ランスの頭からはすっかり消えていたようだ。
「もう、身体の方はいいのか?」
「はい、ホーネット様とシルキィ様が、治療してくださってますので」
以前魔王城で見た時は、顔色も悪く表情に乏しかったシーラだが、今では随分と元気そうだ。
「ふうん……?」
シーラを見て、何かよからぬ事を画策しているランス。 不穏な空気を感じたシィルは、話を逸らせようとランスの袖口を引っ張りながらホーネットに目配せする。
「ん、どうした、シィル?」
「シーラ姫、どこがお体が悪かったのですか?」
「ああ、薬物中毒で手を出せなかったんだ……って、ん?シーラちゃん、どこに行ったんだ?」
ランスはきょろきょろと室内を見回すが、すでにシーラは客間にはいなかった。 シィルの意図を察したホーネットは、ランスに気付かれぬようシーラを自室へと戻らせたのだ。
「あの、まだ体調が万全ではないので、部屋で休ませました」
「そうか、そろそろ食べ頃だと思ったんだが、体調不良では仕方ないな」
慌ててホーネットが取り繕った嘘に、ランスは気付かないようだった。
「ランス様……」
「安心しろ、お前もちゃんと可愛がってやる、妬くな妬くな」
わざとらしいほど大げさにため息をついているシィルと、楽しそうにシィルをつついているランス。 二人を微笑ましい気持ちで眺めながら、ホーネットは、確かにランスが変わりつつある事を感じていた。