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幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

5.密約

◇2006/07/07 

その頃、ヘルマン国境沿いにあるカラーの森の外れ。
ヘルマンが国として機能していた時には『反乱軍』と呼ばれた、パットン率いる一団が潜伏している。
「ラング・バウが魔軍の攻撃で壊滅、その廃墟にリーザス軍が入り込んで好き勝手やってる、ってことか」
先だってのリーザス攻略失敗により王位継承権を奪われた廃太子パットン。
魔軍によって滅ぼされたパメラ政権はパットンにとっては憎むべき敵だった。 しかし、王位を追われた原因のリーザス攻略が魔人ノスの差し金だった事もあり、 魔人に対しては並々ならぬ憎悪がある。間違っても感謝などしようもない。
「さしあたってはリーザス……ゆくゆくは魔王からもヘルマンを取り戻さねえとな」
「簡単な事ではないぞい、パットン、何より……」
「解ってるさ、爺さん」
パットンは、優秀な参謀でありなおかつ大切な仲間でもあるフリークの言葉を遮った。
「大変な事は解ってる、だけどな、俺はヘルマンを取り戻したい」
パットンの決意に、フリークは昔の事を思い出す。魔人に対抗するため闘神を作った魔法使い。 彼の堕ちた先は人類虐殺だった。親友であった彼を止めるために、フリークは彼の命を絶ったのだった。
(こ奴なら大丈夫かのう……親友を殺すような真似は、もう二度としたくないのじゃが)

「相変わらず無謀な奴だな」
「アリストレス!お前……生きていたのか!」
無駄に燃えているパットンと頭を抱えるフリークの前に現れたのは、ヘルマン第二軍の将だったアリストレス。
パットンの親友であったアリストレスが反乱軍に加わらなかったのは、恋い焦がれるシーラのため。 しかし、当のシーラは、いまだ行方知れずだ。遺体が発見されないのは、上手い事逃げ延びたのか、 それとも魔物に捕らえられてしまったのか。
前者であれば、いつかはパットン達の軍によって発見されるかも知れない。 後者であれば、奪還のため魔物と戦う事も厭わない。アリストレスとパットンが共闘する理由は存分にある。
「なんだ、結局はシーラのためかよ」
「不純な動機で済まん、パットン」
申し訳なさそうに頭を垂れるアリストレスを、パットンは豪快に笑い飛ばした。
「ははっ、下手に取り繕われるよりも、そう言ってくれた方が安心出来るぜ」
そして、アリストレスに手を差しだし、握手を求める。
「お前が味方に付いてくれるのは心強いよ、頼んだぜ、アリストレス」
「ああ、期待に応えてみせる」

ラング・バウ、ボルゴZと、魔王覚醒直後に立て続けに魔軍に襲われたヘルマン。 ラング・バウに入り込んだリーザス軍は形式的な警備しかせず、 「次はここが襲われるのではないか」と、誰もが恐怖に打ち震えていた。そんな状況では、 パットン率いる反乱軍あらため解放軍に、ヘルマン国民が期待を寄せるのは必然だったと言えるだろう。
『国を追われた皇子が国を取り戻すべく奮闘中』、 現在進行形でありながら伝説のようなシチュエーションは、民の希望の灯火だった。
スードリ13、ポーン、マイクログラードと、ランスの侵攻ルートを律儀に辿り、 解放軍は各都市に駐在するリーザス軍と交戦する。 リーザス軍としても、貧しいヘルマンの都市収入に思い入れがあるわけでもなく、 また、王を失って間もない事もあって戦意も低く、解放軍にあっさりと主権を渡してしまう。
リーザス軍を撃破するたび、解放軍の名は否が応にも広まっていった。

そんな解放軍の戦いぶりは、ほどなくランスの知るところとなる。
「人間のくせに生意気ね、ちょっと痛い目を見せた方がいいんじゃない?魔王様」
ラング・バウ蹂躙以来メディウサは、すっかりランスに懐いてしまったらしい。 『男は嫌い』と公言しているが、好戦的な性格もあって、強い男は嫌いではないらしい。
「んー……どうすっかなあ」
覚醒直後のランスであったなら、メディウサに言われるまでもなく解放軍潰しを命じただろう。 だが、シィルを取り返し、ラング・バウを壊滅させた事で一応の溜飲を下げたランスは、 解放軍をどうこうする気は特にない。
「面倒だし、人間同士が戦ってる分には放っておくか」
「つまんなーい」
メディウサは拗ねて頬を膨らませた。
「つまらんのなら俺様と遊ぶか?」
大柄な体と股間から男根の如く伸びるへび、それさえなければスタイルも器量も良いし、 ランスのストライクゾーンを十分に満たしている。
「へび使ってもいい?」
「……やっぱ、やめ」

◇◇◇

比較的穏やかな日常を送っている魔王城とは裏腹に、ヘルマン国内は混乱を極めていた。
パットン解放軍がリーザス軍を追い出してくれるのはありがたい。 しかし、魔軍に戦いを挑み、敗れたときのことを考えると恐ろしい。 解放軍を支援するべきか否か、各都市の都市長達は皆、頭を痛めていた。
「疎まれる事には慣れている、支援を強制するわけにもいかねえよ」
パットンはそう言い放つが、解放軍の台所を預かるアリストレスの腹心コンバートは、やきもきしていた。
「皇子はんのやり方では、いつか破綻しまっせ」
コンバートは、アリストレスに進言する。
「いっそ魔王と取引して、ヘルマンの自治権を手に入れたらどうでっしゃろ」
「魔王と取引など、出来るわけがないだろう」
一笑に付すアリストレスに、コンバートの眼鏡がきらりと光る。
「いやいや、ちょっと独自ルートで調べましてん……」

「俺は反対だぜ」
魔人に苦汁をなめさせられた経験のあるパットンは、コンバート案に一も二もなく反対する。 遙か昔、聖魔教団の幹部として魔人と相対したフリークも、同意見のようだ。
「無駄な戦いを避けたい、ってのは解るんだがな」
パットンの盟友の中では最も合理精神溢れると思われるヒューバートの同意も得られず、 最後の頼みの綱とばかりに、コンバートはハンティに、縋るような視線を向けた。
「あたしも反対だよ、国と引き替えとはいえ、生け贄を差し出すってのは夢見が悪いよ」
「いや、ハンティはん、生け贄と言いましても、命までは取られまへんって」
多分やけどな、と語尾を呑み込んで、コンバートは説得にかかる。
「魔王は前リーザス王、彼は無類の女好きやと聞いとります」
魔王好みの美女を差し出してはどうか、というコンバート案に、ハンティは渋い表情になる。
「元パメラ派の貴族の娘あたりを差し出せば、政敵も片付いて一石二鳥やないですか」
「でも、なあ……」

「確かにコンバートの案は褒められたものではない」
それまで静観していたアリストレスが、口を開く。
「だが、正面から魔軍とぶつかれば被害は甚大だ、我々解放軍のみならず一般の民もな」
ヘルマンの解放が大目標である以上、それは避けるべきだとの言に、パットンの考えが揺らぐ。 『ヘルマン解放』、当初は単なる大義名分に過ぎなかったその言葉だが、 抑圧され虐げられた民に触れるうち、彼らを救う事が王族たる自身の使命ではないかと、感じていたからだ。
「パットン、私は暗殺者として汚い仕事も今まで何度もやってきた、お前が手を汚す必要はない」
コンバートの案を採用する以上、シーラ奪回は諦めねばならないだろう。 アリストレスにはもう、恐れるものなど無かった。

◇◇◇

「ヘルマン解放軍の使者が、魔王様に面会を求めております」
番裏の砦を巡回していたケッセルリンクが、接触してきたアリストレスの言葉をランスに伝える。
「……めんどい」
「魔王様……」
例え相手が人間であろうともそのような態度は如何なものか、 ランスは、ケッセルリンクの長いお説教に付き合わされる事になってしまった。 ケッセルリンクにこんこんと説教され、全く反撃出来ないランス。 それに気が付いたシィルがやんわりと間に入らなければ、説教だけで丸一日潰しかねなかっただろう。
「ランス様、私もあちらの話を聞いてみた方がいいと思います」
「しゃあねえなあ、ケッセルリンク、相手は何人だ?」
「アリストレスと名乗る男性と、見目麗しき若い女性が10人ほど」
「それを先に言わんか!」
前半は露骨に聞き流し、後半だけに反応するランス。シィルは、やれやれとため息をつく。 ふと見ると、ケッセルリンクも同じように肩をすくめていた。

ランスの命により、アリストレスと美女達はすぐさま魔王城へ連行された。
「がはは、粒ぞろいじゃないか」
美女の脅えた表情は気にもせずさっそく品定めを始めるランスに、 アリストレスは話のきっかけが掴めず困惑する。仕方なく、シィルが声を掛けた。
「アリストレスさん、ランス様……魔王様へのご用事は何ですか?」
「はい、ヘルマンの自治権を認めていただきたく参りました」
暗殺者として、また将軍として王宮勤めの長かったアリストレスが、恭しく頭を下げる。
「無論永遠にとは申しません、魔王様の気が向く限りで結構ですので、 ヘルマンへの介入は避けていただけたらと」
「その見返りが、この美女達というわけか」
「魔王様のお気に召していただけるかは解りませんが」
「まあまあだな、80点」
鼻の下を伸ばしたままで独自の基準により美女を採点するランス。
「うむ、しばらくはヘルマン出撃を控えてやる、リーザス軍を追い出したければ勝手にお前達でやれ」

礼を述べ退席しようとするアリストレスを、ランスは引き留めた。
「待て、魔王城に侵入した人間を生かして返すほど、俺様は甘くないぞ」
「……覚悟はしております」
表情を変えず立ち止まるアリストレスをそのままに、ランスはホーネットを呼んだ。
「これだけの美女達を管理するのはシィルには荷が重いだろう、 ホーネット、俺様が長く楽しめるようお前が彼女達を保護してやれ」
「御意」
シーラ保護の手腕を買われての事だろう、とホーネットは納得する。 この人数を管理するのは大変そうだが、虐殺しろと命じられるよりはやりがいのある仕事だ。
「ああ、この男を使徒にでもして手伝わせろ、何、男はこき使って殺してしまってもかまわんぞ」
美女をまとめて帰ろうとしたホーネットに、ランスはアリストレスを押しつけた。
「……よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いしますね」

ホーネットの館で、見違えるほど元気になったシーラに会ったアリストレスは驚喜した。 以降、シーラと共にホーネットの使徒として、魔軍とヘルマンの架け橋として、永く働く事になる。

時を同じくして、解放軍に『暫定自治権を与える』との報せが魔軍によってもたらされる。 フリークやハンティは納得のいかぬ顔をしていたものの、魔軍の襲撃から解放されたヘルマンは、 パットンの皇帝就任と共に、一応の安定を見せた。
この平和がいつまで続くかは解らないがせめて在位中は民を守る事に力を注ごうと、 パットンは固く心に誓い、また、盟友達もその為に尽力した。