6.鏡の魔女
◇2006/07/07
「さて、次はかなみだが……魔血魂が足りんな」
すっかり元気を取り戻したシィルを連れてかなみに与えた客室を訪れたランスが、思いだしたように言う。
シィルに与えた魔血魂は、魔王城で保管されていたバークスハムのものだった。
「呆れた、先に私を魔人にしてたら、シィルちゃんの方どうするつもりだったのよ」
ランスに付き従っていたシィルほどではないが、かなみも相当疲弊している。
相変わらずランスに噛み付いてはくるが、ランスを心配させないようかなみなりに気配りしているのかも知れない。
こちらも時間にそう余裕はない。そうランスは判断した。
「使えそうな魔血魂は……ノスとアイゼル、レイ、ジーク、信長……レキシントンってとこか」
「そう言えば信長の魔血魂は回収していないんじゃなかったの?」
慌ただしかったJAPAN攻略時を思い出して、かなみが口を挟む。
「あー、あの時は香姫探すのに必死だったしなあ……後はどこにあるやら」
眉間にしわを寄せてランスは宙を睨んでいる。
「レキシントンは墜ちたイラーピュ……闘神都市にまだあると思いますけれど、
ランス様が倒した魔人たちの魔血魂はほとんどがリーザス城にあるんじゃないでしょうか」
シィルは自分が解る範囲で推理した結果をランスに伝えた。
「リーザス城か……行きいような、行きたくないような」
ランスはううむと呻りつつ腕を組んだ。
後宮の女達に会いたくはあるが、魔人化前の消耗っぷりを考えるとうかつに抱くことは出来ない。
保護したはずの美樹を殺害したことでマリスに絡まれるのも嫌だし、
なにより健太郎がまだリーザスに残っていたら、復讐の刃を向けられることになるだろう。
「よし、闘神都市に行くか」
かなみの護衛をサテラに任せ、ランスはシィルを連れて闘神都市へ向かった。
◇◇◇
「わあ、ほとんど変わっていないんですねえ」
闘神都市に踏み込んだシィルの第一声はそれだった。
かつてリーザス王として自由都市地帯を制圧した時にランスは一度訪れているが、
シィルがここに来るのは墜落以降初めてのはずだ。当時の記憶を頼りに、町の中心部を二人で歩く。
「フロンおばさん、元気でしょうか?」
「そういや、ここに攻め込んだ時は見てねえな」
「ランス様、あそこフロンおばさんのお店じゃありませんか?」
イラーピュ墜落の衝撃にも壊れなかったらしい、見覚えのある古びた看板を、シィルが嬉しそうに指さす。
「おい、まさか寄っていきたいって言うつもりじゃないだろうな?」
「……ダメですか?」
「あのな、俺たちはもう人間じゃないんだぞ?訪ねていったら逆に迷惑だろうが」
「あ……そうでしたね」
しょんぼりと肩を落とすシィルの頭を軽くこづいてから、肩に手を回して引き寄せる。
マイクログラードで再開した時とは違う、ふっくらと柔らかな肉付きが戻った肩だ。
「行くぞシィル、レキシントンの干物があったのはどこの塔だったかな」
「あっ、貴方は!」
レキシントンが岩の下敷きになっているフロアにいたのは、彼の使徒アトランタだった。
仮死状態になっているレキシントンの新しい器にとランスを選んだアトランタだったが、
その時は逆にランス一行に倒されてしまった。その後、塔に潜んで回復したのだろう。
「まだ生きていたのか、鏡の魔女」
「魔王様……になられたのですね」
ランスの前に膝を付き、アトランタは期待に満ちた目でランスを見上げた。
「レキシントン様を復活させてくださるのですか?」
「悪いが違う」
基本的に美女は好きだが、自分を陥れた女は別勘定だ。
ランスが魔剣カオスを振り降ろすと、その剣圧だけで、レキシントンを押しつぶしていた岩が吹き飛ぶ。
「魔王様!」
慌てふためくアトランタを無視して、さらにカオスを振り上げる。
ひからびて仮死状態になったレキシントンを斬ろうとして、ランスは動きを止めた。
「シィル、お前がやれ」
「えっ、私ですか!?」
以前はそれなりの実力を認められた魔人だったレキシントン、ほぼ活動停止しているとはいえ、
彼のとどめを刺させることでシィルの評価も幾らかあがるだろう。
人間相手にはおそらくその力を使わないであろうシィルのレベルを上げてやれる、数少ないチャンスでもある。
「させるもんですか!」
ランスの命令に戸惑うシィルに、アトランタが襲いかかる。
ランスが手を出せば簡単に片づくことではあるが、あえてランスは傍観することにした。
「白冷激!」
以前の戦いの時にはその強力な魔法に手こずらされたものだ。
しかし、魔人化したシィルには、使徒であるアトランタの攻撃はいっさい通用しない。
逆に、短い呪文詠唱と共にシィルが手から放った光球が、アトランタを包む。
光球が弾けると、動かなくなったアトランタが石畳に投げ出された。
「殺ったのか?」
「いえ、眠らせただけです」
「……まあいいけどな、レキシントンにはちゃんととどめを刺すのだぞ」
「はい……かなみさんの為ですから」
そういってシィルはレキシントンに向かう。意識を集中しながら、シィルはあることに気付く。
(もしかして……)
スノーレーザーの詠唱を止め、魔法書で見ただけの呪文を思い出しながら、ゆっくりと気を練り直す。
シィルの両手に凝縮された気が、徐々に明るく光り始める。
「えいっ!」
限界まで凝縮された気が一条の光線となってレキシントンを貫いた。
レキシントンの体は霧と消え、あとには魔血魂だけが残る。
「シィル、今のは……」
「破壊光線です、魔人にしていただいた時、技能レベルが変化したように思ったので……」
これで今までよりもっとランスの役に立てる、とシィルは嬉しそうに笑った。
しかし、ランスは喜んでいるというよりも腑に落ちない表情をしている。それに気付いたシィルの表情も曇る。
「ランス様、あの……私、余計なことをしてしまったのでしょうか?」
「ん、いや、良くやったと思うぞ……だが」
魔血魂を拾って、初期化しながら、ランスはまだ首を捻っている。
「ランス様?」
「……白でも黒でもない、ピンク色の破壊光線って有りなのか?」
◇◇◇
「完全な魔法技能Lv2ではないせいかもしれません」
魔王城に戻ったランスは、魔法に関して魔人一の知識を誇るであろうホーネットの城を訪れ、
シィルが撃った『桃色破壊光線(仮名)』の事を尋ねた。
前魔王美樹のことでランスに対するわだかまりはあるものの、いやあるからこそ、
公的な要請だけは受け入れなくてはと思っているホーネットは、
ランスの疑問に答えるため、古文書を紐解いた。
「破壊光線は威力が上がればあがるほど無彩色、つまり白か黒に近付きます、
シィルさんの場合、魔血魂によって強引に魔法Lvが押し上げられたため魔力が伴わず、
完全な白にはならなかったのでしょう」
「はう、やっぱり私の能力って中途半端なんですね」
しょんぼりとうなだれるシィルに、ホーネットは優しく微笑む。
「それでも、人間の魔法使いが使う白や黒の破壊光線よりも威力はありますから」
「それにしても何故ピンクなんだ?灰色じゃ駄目なのか」
「そこまでは……あえて言えば使い手のイメージカラー、かもしれませんね」
サテラを惑わせ美樹を殺害した張本人、というフィルターがかかっていたのもあるが、
覚醒直後のランスは、ホーネットにとって忌むべき存在であった。
魔王の持つ支配力をもって強引に体を求められたことも、ランス嫌いに拍車を掛けていたと思う。
しかし、シィルを取り戻してからのランスは、相変わらず自分勝手でスケベで乱暴ではあったけれど、
どこか落ち着いて穏やかであった。
(シィルさんが口添えしてくれれば、この魔王は父の遺志を継いでくれるかもしない)
そう考えてしまうほど、ランスに対する嫌悪感が薄れていることに、ホーネットは自分でも驚いていた。
◇◇◇
「ここは……?」
シィルのスリープから覚めたアトランタは、慌てて周りを見渡した。
目の前に座っているJAPAN風の少女、彼女が新しい主であることに気付き、狼狽える。
「……レキシントン様……じゃない……貴女が私の主なのですか?」
「私としても不本意だけどね」
戸惑うアトランタに、魔人となったかなみが冷たく返す。
以前、アトランタには鏡に閉じこめられたことがある。仕掛けた方は忘れているのかも知れないが、
恥ずかしい格好で鏡に閉じこめられ、なおかつその姿をランス達に見られた挙げ句助け出された屈辱を、
かなみは忘れていなかった。
「ねえランス、本当にこの人を私の使徒にしなくちゃいけないの?」
「魔血魂を初期化しても、それ以前の使徒契約は残るらしいからな、いやだったら殺すしかないぞ」
あっさりと答えるランスに、アトランタは青くなって震える。
「そうね、殺しちゃおうかな?」
「か、かなみさんっ!」
胸元のくないに手を伸ばそうとするかなみを、シィルが慌てて止める。
必死な顔のシィルに、かなみは思わず笑ってしまう。
「わかったわかった、シィルちゃんがそう言うならやめとくわ……アトランタ、だっけ?
まあせいぜいおとなしくしててちょうだい」
◇◇◇
魔王城の大広間に、魔王ランス以下、生きている魔人全てが集まった。
「にの、しの、ろ……面倒だな、シィル、魔人の数を数えろ」
ホーネット、シルキィ、サテラ、メガラス、ハウゼル、そして、ケイブリス、ケッセルリンク、カミーラ、
メディウサ、カイト、パイアール、レッドアイ、サイゼル、ワーグ、ガルティア、バボラ、
さらにシィルとかなみ。
「はい、18人です」
「魔血魂になっているのが5個……ん、魔人は24人いるのではなかったか?」
一人足りない。何度も指を折って数えているランスに、ホーネットが発言権を求めた。
「後一人は、ハニーの魔人ますぞえです、彼は奈落に引き篭もって人前に姿を見せることはありません」
「ハニーの魔人か……会いたくねえな、ま、害を為さないようなら放っておこう」
「僭越ながら魔王様」
次に声をあげたのはケッセルリンクだった。
「魔血魂を回収して、復活させるなり新しく魔人を作るなりした方がよろしいかと存じますが」
「まあ急ぐこともないだろうが、魔血魂の回収だけはしておいた方がいいな」
ランスはケッセルリンクに、緩やかに同意する。少し前、ケッセルリンクの提言に「めんどい」と
一言で返したところ、半日以上に渡る説教を食らったのだ。
「レイとジーク、ザビエル……じゃなくて信長は、魔王様がまだ人間だった頃、倒されたのでしたよね?」
当時彼らと敵対していた派閥に属していたシルキィが、すらすらと名前を上げる。
「ノスとアイゼルは確かホーネットの派閥だったけど、どうしたの?」
「それが……一年ほど前リーザスに行ってから音沙汰がないので……」
サイゼルの問いに答えられず、ホーネットは俯いてしまう。
「ノスとアイゼルって……ねえ」
「うん……」
シィルとかなみは、ちらちらとランスの顔を伺っている。もう一人、二人の行方を知ってるサテラは、
ホーネットから目を逸らし、心なしか震えている。
「シィルさんとかなみさんは、二人のことをご存じなのですか?」
二人の不審な態度に気付き、ホーネットは顔を上げた。
「えっと、その……」
サテラの様子に気付いたシィルが、言ってもいいものかどうか迷う。
「……ランスに聞いた方が詳しいと思うけど」
かなみも直接の返答を避け、ランスにパスを送った。
「ああ、そいつらも俺が倒したぞ」
シィルとかなみの逡巡、サテラの困惑を気にせず、ランスはあっけらかんと答えた。
「奴ら、リーザス城の地下に封印されていたジルを復活させようとしていたからな」
そこまで言って、ランスは真っ青な顔のサテラに話を振った。おそらく悪気はなかったのだろうが。
「サテラ、お前もあの時いたじゃないか、ホーネットに話してなかったのか」
◇◇◇
ホーネットとシルキィがサテラを連れて退席する。おそらくはあの時のことを問いつめるつもりだろう。
「もう、シィルちゃんと私が、どう言ったら角が立たないか悩んでたのに」
「だが俺様が言ったことは事実だぞ」
「言ってしまったことは仕方ないですよ、それでランス様、今後どうなさるのですか?」
いつものようにランスに突っかかるかなみを制し、シィルは話題を元に戻す。
ランスとかなみの二人、あるいはシィルを含めて三人の前でならいいが、
他の魔人の前ではさすがに体裁が悪いし、ランスの威厳にも関わってくる。
「おお、そうだな、リーザス組とJAPAN組に別れて、魔血魂の回収をするか」
「はいはーい、魔王様、私JAPANに行きたいなー」
すかさず自己主張するメディウサ。誰かに似てる、とランスは心の中で思う。
「『お遊び』は無しだぞ?まずは穏便に進めたいからな」
メディウサの好みがJAPAN美人であることに薄々気付いていたランスは釘を刺す。
「え、そうなの……?なーんだ」
しょんぼりとうなだれるメディウサを放っておいて、ランスはJAPAN組にシィルとかなみを指名した。
「大阪近辺にあるとは思うが、詳しい場所はわからん、
シィルの探索魔法とかなみの情報収集能力が役に立つだろう」
「はい、頑張ります」
「わかったわ」
「リーザスは……そうだな、サイゼルとハウゼルに任せよう」
美樹を保護した時、真っ先にリーザス城に現れたサイゼルなら、土地勘もあるだろう。
そしてサイゼルの双子の妹であるハウゼル、本当は仲良くしたいらしいのに変な意地を張っている
サイゼルも、魔王の勅命を言い訳に、少しは素直になれるかも知れない。
二人が仲直りしたら姉妹丼、との期待がランスに無かった訳ではない。