7.迷走
◇2006/07/07
魔王城を飛び立った空中戦艦には、ランスとパイアール、
そしてランスに指名されたリーザス組とJAPAN組の魔人が搭乗している。
「じゃあこれ、ここを押すと魔王様と連絡が取れるから」
パイアールは、それぞれの組に一つずつ魔法携帯伝話を渡し、使い方を簡単に説明する。
「俺様は適当に大陸見物をしているから、お前らで手に負えないことがあったら連絡しろ」
リーザス城近くの空中でサイゼルとハウゼルを降ろし、空中戦艦はさらに東へと向かう。
ランスがふと思い出したようにかなみを呼んだ。
「かなみ、アトランタを使う予定はあるか?」
「特にないわ……彼女の能力は探索とは無関係の能力だしね」
最初はぎくしゃくしていたが、今ではかなみとアトランタの関係は良好だ。
鏡の魔女が探索に役に立つとは思えなかったが、なんとなくかなみはアトランタを連れてきていたのだ。
「んじゃここに置いてけ」
にやにやと笑うランス。
「……ランス」
「ランス様ぁ……」
「……はあ……」
「?」
かなみ、シィル、アトランタ、パイアール、それぞれの反応。
ランスの目的が解っていないのは、パイアールだけのようだ。
「安心しろ、何かあったら途中で切り上げて向かってやるから」
そういう問題じゃないんですけど、と思いつつも、口には出さないシィルであった。
◇◇◇
「お断りします」
リーザス城、玉座の間。
魔血魂を渡せというサイゼルとハウゼルの要請を、マリスはすかさず断った。
幾らか回復したもののかつての快活さはみじんも感じられないリアが玉座に在る。
「……ダーリンの頼みなら聞いてあげてもいいけど」
(ダーリン……って魔王様のこと?)
(そう、人間だった頃の魔王様はこの女と結婚してたからね)
「もちろんこれは魔王様の勅命です」
声には出さずサイゼルに確認を取ったハウゼルは、きっぱりと言った。
「そう……ダーリンの頼みなんだ」
「リア様!」
慌てて嗜めるマリスをちらりと見て、リアは元気なく続けた。
「でもダーリン本人が来てくれなきゃ、魔血魂は渡さないもん」
「……って、リーザス女王は言ってるんだけど」
魔法携帯伝話越しに、サイゼルがランスに泣きついてきた。
大阪付近でシィルとかなみを降ろし、さてアトランタと一戦を……というところで邪魔をされたランスは、
面倒くさそうにサイゼルに答える。
「ったく、あいつらに会いたくないから、お前らに回収を命じたってのに」
「魔王様~」
ランスが向かわなければ事態は進みそうにない。
健太郎がいないことを確認させると、ランスは仕方なくリーザス城へと引き返した。
「アトランタ、お前も来い、お前の力を使うことになるかもしれん」
「はい、魔王様」
レキシントン復活の夢を二度も砕かれたアトランタだったが、使徒としての性なのか、
あるいは単純に女としてランスを気に入ったのか、今ではランスに嬉々として従っている。
今ひとつランスに反抗的な新しい主人かなみのぶんも、との気負いもあるのかも知れない。
◇◇◇
ランスは、アトランタを伴ってリーザス城に入った。見知った衛兵が、遠巻きにランスを見ている。
魔王に対する怯えと元リーザス王への期待が混じった視線にうんざりしながら、
勝手知ったる城内を進む。玉座の間の大扉を開けると、
サイゼルとハウゼルを囲むように、リアとマリス、そして主立った将軍が詰めていた。
「ダーリン!」
それまでぼんやりしていたリアが、ランスの姿を認めた途端、玉座から飛び降りてランスに駆け寄った。
不機嫌そうに追い払うランスに抱きつこうとしたリアを、アトランタが慌てて引き剥がす。
「魔血魂を返してもらいに来たぞ」
アトランタに押さえられて何事か喚いているリアを無視して、ランスはマリスを睨み付けた。
魔王の眼力に圧倒されそうになりながらも、マリスも負けじと睨み返す。
「その前にお聞きしたいことがあります」
「言ってみろ」
「かなみとシィル殿の行方はご存じですか?」
ランスがまだ二人に会っていなければ交渉の材料になる。
カマを掛けるつもりもあってマリスはランスに尋ねるが、その期待はあっさりと裏切られた。
「ああ、二人とも魔人にしたぞ、今は別任務に就かせている」
ランスの返答を聞いたリアが、アトランタの腕の中で暴れた。
「あの女とかなみが魔人になったの?だったらリアも魔人になってダーリンと……」
「いらん、断る」
人間だった時は本音はともかく『考えておいてやろう』くらいは言えたランスだが、
魔王化した現在ではそんな気遣いを見せることもない。
「まあマリスなら使えそうだから、魔人にしてやってもいいがな」
「お断りします」
リアを虚仮にされて内心怒りに燃えるマリスが、にべもなく応えた。
ランスもその返事は予想していたらしく、別段怒る風もない。
「それに……よろしいのですか?ランス殿」
「何がだ」
「リーザス城には貴方の愛妾が残っています」
「で?」
最大の切り札こそ無いが、後宮にはまだ多数の女性がいる。一人一人はシィルに及ばなくとも、
まとまればランスの心を動かせるかも知れない。マリスはその可能性に賭けてみた。
リアがその切り札に入っていないことは、マリス自身も気付いていない。
「以前のようにリア様の夫としていてくださるのなら、彼女たちの安全は保証しますが……」
「……マリス、お前はもっと賢い女だと思っていたがな」
唐突に突きつけられた切り札を、ランスはあっさりと切り捨てる。
「あいつらを誰から守るつもりだ?」
「……っ!」
「俺様の女達に手を出すつもりなら、リーザス城がラング・バウと同じ目に遭うだけだぞ?」
自分の発言が迂闊だったことを、マリスは認めざるを得なかった。
◇◇◇
「まあいい、とにかくお前らの要求に応えて俺様が来てやったんだから、さっさと魔血魂を渡してもらおうか」
失態を取り繕いきれず言葉も出ないマリスの代わりに、アトランタに押さえられたままのリアが叫んだ。
「いや!リアも連れて行ってくれなきゃ、魔血魂は渡さないもん!」
拗ねた口調のリアに、ランスは一見優しげに微笑んで見せた。
「そんなに俺様に付いてきたいのか?」
「うん、だってリアはダーリンのお嫁さんだもん」
真意に気付かず笑顔になったリアを見たランスは、優しげな笑顔のまま目だけは冷たく、
アトランタに目配せをする。頷いたアトランタが呪文を唱えると、広間は閃光に満たされた。
「!」
閃光にその場にいた人間達の目が眩む。
ようやく目が慣れた時、そこにリアの姿はなかった。
「リア様!?ランス殿、リア様に一体何を……」
冷静な仮面をかなぐり捨てて詰め寄るマリスに、ランスは一枚の鏡を突きつけた。
訳がわからず動きが止まるマリス。その場に控えていたレイラが気が付いた。
「マリス様、鏡の中にリア様がいらっしゃいます!」
レイラもまたかなみと同様、アトランタの魔法で鏡に封じ込められた過去を持つ。
ランスが連れていたアトランタを見た時、どこかで遭ったことがあるような気がしていたが
すぐに思い出せなかったのは失態だったと、レイラは臍をかむ。
「ランス君、なんて事するの!」
レイラの方を見もせずに、ランスは手の中の鏡を割った。
一片だけを残し、残りはもう片方の手で作り出したつむじ風に乗せ、窓から外に捨ててしまう。
見たこともない冷酷な笑顔に、もうかつてのランスでは無いことを皆が悟る。
「リア様は……っ」
「破片を一つ残らず集めて組み合わせれば、鏡から出られる」
ランスは手の中の欠片を弄んでいる。
「この破片は魔血魂と引き替えだ、最もこのまま俺様が持っていた方が、
リアの希望を叶えることになるのだろうがな」
◇◇◇
「マリスの馬鹿っ、鏡の破片のままでも、リアはダーリンに連れて行ってもらいたかったのに!」
鏡の欠片と引き替えに、リーザス城に保管されていた魔血魂を要求され、マリスは否応なしにそれを呑んだ。
魔血魂を持ってランス達が去った後、慌ててリーザス城下にまで散らばった破片を集め、
やっとの思いで鏡から救出したリアの第一声が、マリスの胸に深々と突き刺さった。
「ですがリア様……」
「言い訳なんて聞きたくないもん!」
ランスとマリスの取引を知ったリアは、マリスに突っかかる。
「何よ、魔人にしてやるってダーリンに言われたからっていい気になっちゃってさ」
「リア様、マリス様に言いすぎですよ」
レイラの嗜めも届かず、リアは泣きわめいている。
我が儘なリアだが、マリスには比較的素直であった。なのにこうやって罵られて、マリスは混乱していた。
本来なら、リアとリーザスのために策を練るべき所を、ただ『リアのため』、その一点だけのために、
頭をフル回転させる。
(リア様のご機嫌を直すためには……)
魔血魂も渡してしまったし、後宮の女達も切り札にはなりそうもないと悟ったマリスは、
どうしたものか思いを巡らせる。
罪のない少女で鬱憤を晴らし、やや落ち着いたリアの部屋の扉を、マリスは叩いた。
「……何か用?」
まだ冷たさの残るリアの言葉に蹌踉けそうになる身体を必死に支え、マリスはリアに問うた。
「リア様、私が魔人になったら……リア様は私の使徒になってくださいますか?」