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幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

8.誇り

◇2006/07/07 

シィルとかなみは、大阪にほど近い山の中にいた。
魔血魂同士が共鳴するのだろう、シィルの探索魔法で、信長の位置はほぼ特定出来た。 しかしここは深い森の中、位置こそ解ってもその姿を見つけるには至らなかった。
「ごめんなさいかなみさん、私の魔法じゃこれが限界みたいです」
「ここまで場所を絞れば、後は私が頑張るわ」
うなだれるシィルを元気づけ、かなみは耳を澄ませた。

魔血魂の気配を頼りに森の中を進むうち、かなみは見覚えのある景色に出くわす。
「ここって、忍者の隠れ里の近く……」
「かなみさんの出身地ですか?」
「うん……まあ、使い捨てにされちゃったんだけどね」
元々かなみは、JAPAN忍者の里出身だ。
リーザスでの破壊活動を命じられたかなみは、里の頭領の期待する結果を出したものの、 最初から捨て駒のつもりだったためそのまま放り出されてしまう。 リーザス軍に見つかり斬首を覚悟したが、かなみの『いじめてちゃんオーラ』を察知したリアが、 忠誠と引き替えに命を救った。そして大陸ではまだまだ珍しい忍者技能を持つかなみを、 リア直属忍者として立場を保証してやったのはマリスだった。
そのことに恩義を感じていたし、また、今更隠れ里に戻る事も出来ない。 だからこそ、時にいじめられ、時に無理な要求をされても、リアとリーザスに誠心誠意仕えてきたのだ。

(そう、私の居場所はリーザスだけだった)
耳を峙て目を凝らし、魔血魂の気配を探りながらも、かなみはついつい感傷にふけってしまう。
(シィルちゃんを殺すようリア様に命じられた時も、断ることは出来なかった)
刃を振り下ろすことを躊躇っていたかなみを止めたのは、ランスだった。 その後お仕置きと称していじめられたものの、言葉の端々に感じられる気遣いに、かなみは驚いたものだ。
そして現在、そのランスはシィルのために魔王となり、かなみは魔人としてランスの元にいる。
「故郷での探索がやりにくいならどこかで待っていますか?」
心ここにあらずのかなみをシィルは心配している。
「あっ、ううん、そんなんじゃないの、大丈夫」
慌てて回想を切り上げ、かなみは探索に集中する。
例え相手がランスであっても、主への忠誠と任務遂行は、忍者かなみにとって最も大切なものだ。

◇◇◇

「っ、そんな……!」
魔人信長の使徒、籐吉郎は、魔血魂を手に忍者の隠れ里、すなわちかなみの生まれ育った村にいた。 そして信長の魔血魂は。
「……頭領……」
籐吉郎は魔血魂を里の頭領に与えていた。 魔血魂を摂取した頭領は、不完全ながらも魔人化している。
「……見当かなみ、お前も魔人になっていたとはな」
任務を遂行するためには、頭領を倒し魔血魂に戻す必要がある。 結果的に見捨てられたとはいえ、かつての上司であり師匠でもある頭領を前に、かなみの動きが止まる。
「どうしたかなみ、お前は魔王の命令でワシの中にある魔血魂を探しに来たのだろう?」
迷うかなみを、尊大な態度の頭領が挑発する。それでもかなみの気持ちは固まらない。
「かなみさん……」
その様子を心配して、シィルが声を掛ける。その声でかなみは我に返った。
「うん、大丈夫、私は忍者として、ランスの……主の命令に従うわ」

忍者、しかも魔人同士の、静かな戦いが始まった。
落ちこぼれ忍者だったかなみと頭領の戦いを、里の者達は固唾を呑んで見守っている。 現魔王によって初期化された新鮮な魔血魂を持つ魔人かなみと、 元々の能力は高いものの魔人として不完全な頭領。勝負の行方は誰にも解らなかった。
最初のうちは頭領に分があった。かなみの動きを読み攻撃を入れてくる。 二人とも人間、もしくは同等の魔人であったなら、ここで勝負は付いてしまっていただろう。 だが、不完全な魔人である頭領の攻撃は、完全な魔人であるかなみの攻撃を犠牲にした防御の前に、 本来の一割程度のダメージしか負わせられない。
時間経過と共に、頭領の動きが鈍ってくるのを感じ取ったかなみは、攻撃に転じた。 元々持っている素早さと、魔人化して得た攻撃力で、頭領の体力を削る。
確実に与えられるダメージに、頭領はとうとう地に倒れた。

「……っ」
かなみの刀が、地に組み伏せられた頭領の首に当たっている。 その刃を引けば勝負は付く。だが、かなみはまだ迷っていた。
「どうした、やらんのか?」
そんな状況でありながら、頭領はどこか愉快そうだ。
「頭領……」
「かなみ、お前は忍者だろう?魔人となっても、忍者の誇りまでは失われていないのだろう?」
頭領の言葉に、かなみははっとなる。忍者の誇り、それは主への忠誠と任務遂行だ。
「……はい」
かなみは刀を引いた。魔血魂に戻る直前、頭領がかなみに満足そうに笑いかけたような気がした。
「よくやった、それでこそ忍者だ、かなみ……」
頭領が忍者としてのかなみを褒めたのは、最初で最後だった。
頭領は最初から、かなみに倒されるつもりだったのだろう。
魔血魂の力もあったはいえ、師匠でもある頭領を乗り越えたことは、 リーザスで捨てられた時からずっと劣等感を抱いていたかなみに自信を付けさせた。 『忍者の誇り』を身をもって教えてくれた頭領に、今はただ感謝しよう。かなみはそう思うことにした。

◇◇◇

隠れ里に生まれたことで、何の疑いもなく忍者になった自分。 リーザスに囚われた時、生命と引き替えという選択の余地がない状態でリアに仕えることになった自分。
しかし、魔人化を勧められた時、決めるのはお前自身だと、ランスは言った。 シィル暗殺を妨害された時も、もっと自分の意志で動けと怒られた。 いろいろと問題の多い男ではあるけれど、ランスがかなみを一人の人間として見ている事は解る。
(私の居場所はここ、なのかな……)
空中戦艦に戻った途端、早速シィルに世話を焼かせているランスを、かなみはぼんやりと眺めていた。
「なんだ、かなみ、俺様の顔をじっと見て、褒美に抱いて欲しいのなら、素直にそう言え」
「違うわよっ!」
慌ててかなみは否定する。
「遠慮することはないぞ、お前も俺様の魔人なのだからな」
「思いっきり遠慮するわ」
嫌そうな顔をしながらも、かなみは心なしか晴れやかであった。
「まあ、そう言わずに」
「ランス様……」
かなみの心情など気が付かずに手を伸ばそうとするランスを、シィルはじっと見つめている。 その視線に気付いたランスが、慌てて手を引っ込めた。
「解った解った、先にお前からだな、シィル」
「そういう意味じゃ……あん、ランス様!」
憮然としたままのシィルを抱えて、ランスはその場を去っていった。
呆れたようなそれでいてちょっとだけ羨ましいような曖昧な表情で二人を見送るかなみに、 アトランタが声を掛ける。
「かなみ様、どうなされたのですか?」
「人間だった時も今も、あの二人は変わらないなって思ってね」
かなみの居場所が本当にここなのかは、これからゆっくり考えればいい。 でも、シィルの居場所は確かにここ、ランスの横であると、かなみは理解した。
(自分の意志でその手伝いが出来たんだもん、それは胸を張ってもいいよね)

◇◇◇

「さすがJAPANの首都、活気がありますね」
魔血魂回収任務を終えたシィルとかなみは、大阪の街をぶらぶらと歩いていた。 大陸とは違う人や町並みを、シィルは物珍しそうに眺めている。
「大阪城もすっかり再建したのね、JAPAN人は逞しいなあ」
団子屋の店先にある縁台に腰掛けたかなみが、シィルに同意する。
最初は、シィルとかなみの二人で観光をするつもりだった。 JAPAN出身のかなみに、名物や名所を案内してもらおうと思っていたのだ。
しかし、気が付けばランスがそこに混じっている。

「当主様に跡取りが生まれたからね、ここんとこずっとお祭り騒ぎさ」
おかわりのみたらし団子を運んできた主人が、愛想良く相づちを打った。
「当主様……?」
シィルの記憶では、JAPANの当主は信長だ。しかし信長はランスに倒され、すでに魔血魂になっている。 訳がわからず首を傾げるシィルに、リーザスのJAPAN侵攻時、当主の座を条件に部下にした五十六のことを 説明したかなみは、ふとあることに思い当たる。
「今は五十六さんがJAPANの当主でしょ、跡取りって……」
「ぶはっ!」
ランスが啜っていた渋茶を吹き出した。かなみは間一髪、それを避けた。
「もう、汚いわよ!」
「ら、ランス様、大丈夫ですか?」
咽せているランスの背中をさすりながら、シィルもかなみが考えている事と同じ事に気付く。 五十六は武人として優れているだけでなく、容姿も美しいという。 そんな五十六を部下にした以上、ランスが手を付けないはずはない。
「跡取りの父親って……ランス様ではないのですか?」
「……たぶん」
背後でがっくりと肩を落としているであろうシィルの気配を感じ、ランスは慌てて弁明する。
「いやその、跡取りが欲しいってのも、部下にする条件の一つでな……」
俯いて黙り込むシィル。
「だから、その、なんだ、えーと」
やはりシィルは何の反応も示さない。
「……すまん」
「……謝られる事じゃないですよ」
大きなため息をついてから、シィルはぼそりと呟いた。
「でも、ランス様のお子さん、ちょっと見てみたい気はしますね」
言葉の端々に冷たい棘を感じるのは、ランスの気のせいだろうか。

◇◇◇

五十六が自身の妊娠に気付いたのは、ランスがリーザスを去ってすぐの事であった。 だから、ランスは五十六の妊娠を知らなかった。
「俺様の子供か……あまり実感はわかねえな」
ランスは赤子の頬を軽くつつく。
「勝手に産んでしまって、申し訳ありません」
「ん?ああ、そういう意味じゃねえ、子種をやるのは部下にする条件だったしな」
あまりにもあからさまな物言いに、五十六は苦笑を漏らす。

「私は魔人にはなりません」
ランスの勧誘を、五十六はきっぱりと断った。
「確かに永遠の命を得て、山本家の、JAPANの未来を見たくもあります」
「なら魔人になればいいじゃねえか」
言い寄るランスを五十六は柔らかい微笑みで交わし、腕の中の赤子を愛おしげに見つめる。
「ランス殿のおかげで、山本家の血はこの子に繋がりましたから、 私がいつまでも存在する必要はありません」
かつての支配者であった信長が魔人であった事を知るものは少ない。 それでも、知っている一部の者は、再び魔人に支配される事を望まないだろう。
「ランス殿にはもう十分に与えていただきましたから……これ以上、望むものはありません」

魔人化を断られてがっかりしているランスに、五十六は微笑みかけた。
「ふたつ、お願いさせていただきとうございます」
そして顔を上げ、真摯な瞳で五十六はランスを見つめる。釣られてランスも姿勢を正した。
「まずひとつは、この子に名を付けて欲しいのです」
「名前か……今すぐか?」
「ゆっくりで結構ですよ、そして、できればもうひとつ」
「何だ?」
「JAPANの行く末を見守ってください、貴方の血を引くものが治めるこの国を」

◇◇◇

翌朝、寝ずに考えた赤子の名を、ランスは女達の前で発表する。
「無敵……山本無敵ですか、武者にふさわしい良い名をありがとうございます」
「格好いい名前ですね」
「ランスが考えたにしてはいい名前じゃない」
女達に褒められて、ランスは得意満面だ。
「この俺様の息子だからな、強く育つこと間違い無しだ」
俺様に刃向かうくらい強くなられても困るがな、などとぶつぶつ呟いているランスと、 何も知らずに眠っている赤子。その二人の顔を代わる代わる、五十六は愛おしげに見つめていた。