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幸運の坩堝P

鬼畜王if。シィルが生きてる状態でランスが魔王になったら。

10.勇者

◇2006/07/07 

一時、ランスに心酔してリーザス軍に所属していたガンジー、すなわちゼス王が、 美樹を殺されて失意に沈んでいた健太郎をリーザスから連れ出したのは、 ランスが魔王になって間もない頃であった。さらに、魔人に対抗する術として、 ヘルマン西部にあるクリスタルの森に囚われていた勇者アリオスを招聘した。

「魔人領に攻め込みますか?」
「健太郎殿の仇を討ってやりたいとは思うが……難しいな」
ゼス四天王の一角であり、実質国政から軍事まで取り仕切っている千鶴子の提案を、 ガンジーは了承しなかった。
「今のところ魔王ランスが人類領に攻めてくる様子もないし、 GI年代のように不干渉を貫くのなら、動くのは得策では無いな」

しかし、ガンジーの読みは誤っていた。 武闘派の魔人を宥めるために、日光所有者あるいは勇者との戦闘を、魔王は認めているのだ。
もちろん、人間でそのことを知るものはいない。

◇◇◇

「日光を持った健太郎と勇者アリオスが、ゼスに保護されているそうです」
ホーネットの報告に、魔人たちは色めき立つ。
「ゼスか……ん、そういえば」
ランスは斜め後ろに立っているシィルの方を振り返った。
「シィル、お前は確かゼスの出身だったよな?ゼスには家族もいるんじゃないのか?」
シィルは笑顔のまま首を横に振った。魔人になった以上、今更親兄弟に会える訳もないし、それに。
(ランス様のいらっしゃる場所が私の帰るところだから)
「お気になさらないでください、ランス様、どうせもう、実家に帰ることはありませんから」
シィルの気持ちがわかっているのかいないのか、ランスは軽く肯いている。

魔路埜要塞に沿って、魔物将軍率いる魔軍を配備させる。 戦闘に出たい魔人たちは、さらにその後ろに待機するよう、ランスは命じた。 魔路埜要塞は、あの聖魔教団の技術が使われているとかいないとかで、 魔人かその上級使徒なら力業で通ることも出来るが、一般の魔物には突破することさえ出来ない。
「魔王様、どうしてこっちから攻め込まないの?」
あちらに聖刀使いと勇者がいるのは解っているのに、と、メディウサは不満顔だ。
魔力の有無が身分を分ける国ゼスでは、女性の魔法使いが軍の指揮を取っていることも多い。 男性指揮官率いるリーザス軍には興味を示さなかったメディウサだったが、 相手が女の子なら、とそわそわしているのだった。
「ふん、あのガンジーが王ならば、焦れて向こうから攻め込んでくるさ」
ランスはシィルが生まれ育った町を知らない。うかつに攻め込んでシィルの縁者を殺してしまうのは、 幾らシィルが気にしないといっても、ランスとしては避けたいところだ。

「あれだけの大軍を揃えて、なぜ魔王は攻めてこないのだ?」
「ガンジー様、『アレ』を使うチャンスです」
首を捻るガンジーに、千鶴子がそっと耳打ちする。
「パパイアが開発した『アレ』で、魔軍を一気に消し去ってしまえば……」
「『アレ』はいかん、そもそも『アレ』の完成にはレベル30以上の魔法使いを生け贄にせねばならん、 そんな非人道的なことは……」
「ですが、ここで魔軍を葬っておかねば、人類の危機を招きます」
千鶴子の言うことも解らないでもない。 だが、大義の為とはいえ犠牲を出すことは、ガンジーの本意ではない。
「ガンジー様、ご決断を」

◇◇◇

魔路埜要塞上空に、光の渦が起こる。
最後まで『アレ』こと大量殺人兵器・ピカの使用を渋っていたガンジーだったが、 魔軍の包囲がひと月を超え、要塞詰め兵の精神的消耗の激しさに、仕方なく許可を出したのだった。
魔人とその使徒を除く魔軍のほとんどが、光の渦に呑まれ、消えた。 しかし、炸裂地点の計算が甘く、魔路埜要塞及びそこにに待機していたゼス軍も、 その爆発に巻き込まれてしまっていた。 最も、兵の大多数が奴隷兵だった為、ゼス首脳部はそのことをさほど問題視していないようだったが。

「がははははは、ひっでえなあ、自国の民ごと魔軍を消滅させたか」
「……笑い事じゃないですよう、ランス様」
何がおかしいのか馬鹿笑いしているランスを、シィルが嗜める。 そう、魔軍にとっても被害は甚大なのだ。しかも。
「魔物と人間、併せてかなりの命が奪われていますから……危険ですね」
「危険?何のことだ?」
「勇者アリオスです」
この一ヶ月、過去の文献から勇者に関することを探し回っていたホーネットが進言する。
「カラーに捕まって精液絞られてたらしい男が危険だと?」
「……まあ、それはともかく」
品の無い軽口に、ホーネットは眉を顰めつつも続ける。
「勇者の力は、大陸の人口に反比例すると言われています」
「そうなのか?」
ランスは今ひとつピンと来ないようだ。しかし、建国以来魔人との諍いが絶えないゼスでは、 勇者関連の逸話も数多く残っているため、シィルはホーネットの言葉に肯いている。
「ランス様、ゼスでは、戦争や魔人の襲撃、天災等で多くの人が亡くなった時、 勇者の真の力が発動するって信じられてるんですよ」
「ええ、今回大量殺人兵器の使用によって、ゼス人口の1/3が失われた今、 勇者の力はかなり上がっているものと思われます」
「……魔人を倒せるくらいか?」
「場合によっては魔王もですね、今回はそこまでの力は開放されてないと思いますが」
ふむ、とランスは腕を組んで考え込む。
「つまり、ガンジーのおっさんは、それを見越してわざと自軍まで巻き込んだと?」
「そこまでは解りませんが」
「ガンジー王は、勇者についてかなり詳しく調べていたはずです」
シィルが悲痛な面持ちで口を挟む。
「全てを解っていて大量殺人兵器を使用した可能性も……」

ピカによって魔法による防衛機能を全て失い、瓦礫と化した魔路埜要塞を、 日光を持った健太郎と勇者アリオスが歩いている。 護衛の兵を付けるとのガンジーの申し出を断り、二人は黙々と魔人領へ向かっていた。
「確かに魔人は憎むべき敵ですが、その為に自国の民を犠牲にするなど……」
アリオスは、自分の力の源が失われた命であることを知っている。 弱い魔人なら倒せそうなこの力は、貴い犠牲のもとに成り立っているのだ。
「魔王ランスを倒しましょう、アリオスさん、でないと彼らの犠牲が無駄になります」
美樹を失い絶望の淵にいた健太郎も、今では見違えるほど元気になっている。 美樹の仇であるランスを倒す。その復讐心だけが健太郎を支えている。 そして、その為には他人を犠牲にすることも厭わない、そんな危うさをアリオスは感じていた。
(勇者ってのも難儀な肩書きだよな……)

「健太郎と勇者が来たな」
ピカで魔軍のほとんどを失ってから、まだそれほど時間は経っていない。 魔物兵の補充も間に合わず、今二人がここに来たら、直接魔人が出るしかない。
「勇者の力を魔人クラスと見積もるとして…… 健太郎はどうだろう、復讐心も手伝って同レベルと見た方がいいか」
「ではこちらからも魔人を2人出しますか?」
ケッセルリンクの伺いに、ランスは首を横に振った。
「いや、4人だな、何も同じ条件で戦ってやる必要はないだろう」

武闘派魔人の筆頭であるケイブリス、そしてメディウサ、レッドアイ、バボラに、 ランスは健太郎及びアリオスの討伐を命じる。 嬉々として要塞の残骸に向かう4人を見送りながら、ふと思いついてメディウサを呼び寄せる。
「なあに?魔王様」
「レッドアイとバボラだがな、場合によっては切り捨ててもかまわんぞ」
隣にいるシィルにすら聞こえないほどの小声で、ランスはメディウサに耳打ちする。
「えっと、それって……」
「お前とケイブリスは逃げ帰ってきても咎めんということだ」
健太郎とアリオス、単独ならまだしも二人揃っての出撃では、はっきり言って戦力が読めない。
「まあ……杞憂だとは思うがな」
「わかったわ、ケーちゃんにはそう伝えとく」
メディウサはランスの頬に軽くキスをして、ケイブリス達の後を追った。
「ランス様……」
話の内容はわからなかったものの、不穏な空気を感じたシィルが、ランスのマントを引っ張る。
「どうした?ヤキモチか?これが終わったらたっぷり可愛がってやるから、拗ねるな拗ねるな」
「……違いますよ」

◇◇◇

「ミーがファーストバトルね!」
メディウサからランスの言葉を受け取ったケイブリスは、レッドアイに先鋒を任せた。
「バボラ、お前はどうせ小回りがきかねえんだから、レッドアイの壁になってやんな」
「うう、わかった……」
のしのしと歩き去るバボラの後ろ姿を確認し、ケイブリスはメディウサの方を振り向いた。
「ほんとにこれでいいのかい?」
「それが魔王様の作戦なんだからいいんじゃない?」
暴れたかったケイブリスは不満そうだが、メディウサは涼しい顔をしていた。 出てきた聖刀使いと勇者が男性だった事で、メディウサのやる気は大きく削がれている。 ランスによる敵前逃亡許可は、メディウサにとっては願ったり叶ったりだ。
(確かにあの二人の技量はわからないもの……勝てるかどうかわからない戦いはゴメンだわ)

レッドアイの魔法攻撃は強力であったが、照準の甘さに助けられて、 健太郎もアリオスもかすり傷一つ負わない。しかし、バボラの巨体に阻まれ、 レッドアイに剣を当てる事もままならなず、このままでは体力が尽きてしまうのを待つしかない。
「あのでかいのを先に倒さなくてはいけないようですね」
「僕がやります」
健太郎が日光を構え、気を溜める。ランスがまだリーザス王だった頃、 おふざけとはいえ何度かランスアタックを受けていた健太郎は、ある程度あの技のコツを掴んでいた。
「行くぞ、デカブツ!」
溜めた気を日光の刃先に集中し、バボラの脳天に斬り込む。 パワーで叩きつぶすランスアタックとは違い、一点集中で切り裂く健太郎の技。 剣と刀の構造の違いを考えれば、その方が効率がいい。
「お、おお……?」
自分の身に降りかかる災難を把握していたのだろうか。 真っ二つに裂かれたバボラは、塵となり、後には赤い魔血魂だけが残った。
「ノー!」
無敵だと思っていた魔人が、たかが人間の一撃で魔血魂に還る。 信じられない事を目の当たりにしたレッドアイは錯乱し、それまで以上に魔法を乱発する。
「アリオスさん、今です!」
健太郎に促され、アリオスは剣を振りかざし、レッドアイに向かっていく。
「!?」
懐に飛び込まれてしまえば、魔法使いは無力だ。 レッドアイに冷静さが残っていれば、その闘神ボディでアリオスを握りつぶしてしまう事も出来ただろうが、 恐慌状態に陥っているレッドアイは、ただ魔法を撃つ事しかできなかった。

「潮時ね……ケーちゃん、戻るわよ」
「お、おう」
レッドアイの闘神ボディが瓦解していくのをぼんやり見ていたケイブリスは、 メディウサに突かれ、慌てて魔人領側に戻る。
「逃がすか!」
健太郎がケイブリスとメディウサを追う。
「健太郎さん、深追いは危険です!」
アリオスの忠告も、健太郎の耳には届かない。
「リーザス王……いや、魔王!美樹ちゃんの仇は取らせてもらう!」
ケイブリス達には構わず、一直線にランスに向かう健太郎。
「魔王様!」
ケッセルリンクがその間に割ろうと動くが、攻撃魔法を関知して足を止めた。
「!」
足下の地面を穿つピンク色の破壊光線に、健太郎も止まる。
「わざと外したな、シィル」
隣で破壊光線を撃ったシィルに、ランスは呆れたように呟いた。

「シィル……君がシィルなのか」
その呟きを聞き咎めた健太郎は、改めてシィルに注意を向ける。
「えっ……はい、そうですけど……」
「そうか……君を助け出すために、この男は魔王になったと聞いている」
じっくりとシィルを眺める健太郎。その視線には殺意の光が宿っている。
「つまり、君のために美樹ちゃんは殺されたって事だ」
「それは……」
シィルは何も答える事が出来ず俯いてしまう。ランスがリトルプリンセス──美樹を殺害し、 その血を啜る事で魔王になったという話は、かなみから聞いて知ってはいたけれども。
「魔王ランス、お前も大切なものを奪われる苦しみを知るがいい!」
健太郎の刃がシィルに振り下ろされる。
「きゃあっ!」
聖刀日光がわずかに肩に食い込む。 覚悟を決めシィルはぎゅっと目を閉じるが、それ以上の痛みは襲ってこない。 恐る恐る目を開けると、ランスの右手が日光の刃をしっかりと握っていた。
「ランス様……っ!」
「馬鹿なヤツだな、この場は見逃してやろうと思っていたが」
血が流れる事も厭わず、ランスは日光を健太郎から奪い取る。
「シィルに刃を向けた以上、生きては帰さんぞ」
左手で柄を握り、健太郎を袈裟懸けにする。
「健太郎様っ!」
無表情なランスの手の中で、聖刀日光は血を吐くような声で絶叫した。

「ランス殿、なんて事を!」
「……日光さん、あんたはあのまま美樹ちゃんに魔王として覚醒して欲しかったのか?」
ランスは問いかける。黙ってしまった日光に、魔剣カオスが追い打ちをかける。
「儂だって一応は悩んだのだがのう……あの嬢ちゃんが、 死ぬ事でしか魔王の血から解放されんのなら、まあ仕方がないかと」
「しかし……っ」
「俺様が憎いか?日光さん」
「当たり前でしょう?」
「そうだな……」
ランスは日光を掴むと、離れたところで呆然としていたアリオスの目の前に放り投げた。
「魔王、何を……?」
「脆弱な人類に、反撃の希望を与えてやる」
それは、希望と言うよりもむしろ絶望に近い物ではあったが。
「日光さんのおめがねにかなう使い手が現れたら、また挑んでくるがいい」

◇◇◇

「そうか……魔王がそう言ったのか」
聖刀日光を持って戻ってきたアリオスの報告に、ガンジーはため息をついた。
ケイブリスの使徒であるリアが治めるリーザス、ランスと密約を交わしたヘルマン、 ランスの血を引く山本無敵を次期当主とするJAPAN。 魔人と戦う気のある大国は、現在の所ゼスだけである。
「聖刀日光の使い手を探すしかないな、いつの事になるか解らんが」
永遠の客人であり、ゼス建国の立役者でもある予言者ルーシーの託宣を求め、 ガンジーは儀式を行う事を決定した。

ルーシーが、魔人シィルの使徒であることは気付かぬままに。