武田風雲録

幸運の坩堝P

戦国ランス武田始まりif。武田信玄がランスのそっくりさんだったら。

1.貝へ

◇2006/07/07 

「シィル!俺様の目標は何だ?」
「JAPAN一の美女と名高い香姫様にお会いする事ですね」
ごつん、と音がする。周囲がその音に振り返ると、緑の服に大陸の鎧を付けた異人の男が、 桜色の巫女服を着てJAPAN風に髪を結ったこれまた異人の女の脳天に、拳骨を食らわせた所だった。
「『会う』だけでどうする、モノにしてこそのJAPAN旅行だろうが!」
「ひんひん……」

大陸から隔離され、 固有の文化を育んできた小国JAPAN。今、群雄が割拠する戦国時代にある。
……とはいえ、JAPAN全土が戦乱に曝されているというわけでもない。 JAPAN南西端であり大陸との唯一の交通経路である、ここ天満橋は、 JAPANと大陸の文化が違和感なく融合する、活気溢れる商店街であった。
「ランス様、お土産屋さんがありますよ」
「ほう、おやつでも買っていくか」
普通、土産物屋は帰りに寄る場所ではないかとシィルは首を傾げるが、 ランスがさっさと店に入っていくのに気付いて、慌てて後を追った。
「これは!」
ランスが真っ先に目を付けたのは、『LP5年版 JAPAN美女名鑑』と題された小冊子だった。 手にとってパラパラとめくると、主に各国大名家の姫が写真ではなく似姿絵で載っている。
「JAPANにはカメラは無いのか?」
「一部の好事家は所持しているけど、一般的とは言えないねえ」
写真を撮られると魂を抜かれるという迷信があるんだよ、と、 土産物屋の店番をしていたおばちゃんが声をかけてくる。 天満橋は観光や腕試しでJAPANに訪れた異人が必ず通る場所であるので、 異人との会話にも慣れているのだろう。小冊子に夢中なランスの代わりに、シィルが相づちを打つ。
「やっぱりJAPANには独自の文化があるんですね」
「異人さんから見ればそうだろうね、お客さん達は新婚旅行かい?」
「え……」
ぽうっと頬を染めるシィル。慌ててランスを見るが、相変わらず小冊子に気を取られていて、 今の会話には気付いていないようだ。
「JAPANの温泉はいろんな効能があるからね、いろいろ回ってみるといいよ」
あえて否定はしないシィルに、おばちゃんはレジの横に置いてあったパンフレットを渡した。
「はい、これはサービス、主要温泉地なんかの観光名所が載ってるよ」
「ありがとうございます」
シィルはぺこりと頭を下げた。ほぼ同時に、ようやくランスが小冊子から顔を上げる。
「よし、これを買っていこう」
「毎度ー」

その夜。
旅館の一室で布団に俯せに寝転がり、ランスは『JAPAN美女名鑑』を読みふけっている。 その間、シィルはランスの腰やら足やらを一生懸命マッサージしていた。
「この本によると、香姫ってのはどうやら二人居るらしいな」
「えっと、尾張の織田家と貝の武田家ですね、どちらも美しいお姫様です」
先程ランスが風呂に入っている間に、シィルも美女名鑑に軽く目を通してある。
「……しかし織田の香ちゃんは、ちいっとばかりお子ちゃまだな」
「でもとても可愛らしいですよ?将来は美人になると思います」
「うむ、しかしまだ食べ頃ではない、後数年はかかるだろう」
「……」
「というわけで今回は、武田の香ちゃんを目指す、いいな、シィル!」
「はあ……」
シィルの気のない返事に、ランスは気付いているのかどうか。
「よし、景気づけにもう一発だ、行くぞシィル、とー!」
「ひーん、お風呂入ったのに、またですかー?」

◇◇◇

武田城下町である貝に到着したものの、国主の娘である香姫に、いきなり異人が会えるわけもない。 ランスは攻略の糸口を求めて、貝の観光案内書を購入した。
「ほほう、JAPANにも迷宮があるのだな……貝塚か……貝塚?」
「そういえばここの地名も『貝』ですね」
低階層の迷宮である貝塚。かつてこの地には大きな湖があり、食用の貝が豊富に採れたのだという。 中身を食べて余った貝殻を捨てていた場所が貝塚だと、案内書には書かれている。
「貝殻ー!」
「ら、ランス様、落ち着いて……」
「シィル、貝塚に行くぞ!姫さんは後回しだ」
「は、はい、ランス様」
「JAPANにしか生息しない貝もいるからな、珍しい貝殻が手にはいるかもしれんぞ、ぐふふふふふふ」
貝殻集めがランスの趣味だと知ってはいるが、 まさか美女よりも優先されるものだとは思っていなかったシィルは、ランスの興奮ぶりに驚く。 しかし、国主の姫をどうこうするより迷宮で貝殻探しをする方が、シィルにとっても心安らかだ。 鼻息荒く貝塚に向かうランスに、シィルも満面の笑みで付いていった。

「うほほほほほほ、オウム貝に中華貝、日本貝ー!」
冒険者であるランスとシィルにとって、迷宮探索はお手の物だ。 貝塚の最下層まで潜ってお宝(貝殻)を手にするまで、ものの半日もかからなかった。
「しかも極めつけは桜貝のセットだ!」
「ランス様、嬉しそうですね」
「当たり前だ、大陸じゃなかなか手に入らん貝殻ばかりだぞ」
すりすりと貝殻に頬擦りしているランスを、シィルは呆れ半分で見ている。 残りの半分は、嬉しそうなランスが可愛いなあなんて、ランスに知られたら怒られそうな気持ちであったが。
「お土産屋さんにも貝の細工物がたくさんありますね」
「ふん、そのままで美しい貝殻を細工するなど邪道だな」
「それは聞き捨てならない意見だな」
店の奥から、店番と思われる青年が出てくる。青年の顔を見たシィルは、あっと小さく声をあげた。
「ランス様?」
店番の青年は、ランスに瓜二つだった。着ている物はJAPANの着物であったが、茶色の髪と瞳、 すっと通った鼻筋、引き締まってはいるが大きめの口、背格好までもランスとそっくりだ。
「ん?なんだお前は、いやに男前だが」
ランスも青年に気付く。なちゅらるに『男前』と言ってしまうあたり、自分に似ている事に気付いているのだろう。
「俺は勝千代、この店の店主であり貝細工師でもある」
勝千代は店頭に並んでいる細工物から、すっと一つのかんざしを取りあげた。 黒塗りのかんざしに埋め込まれた緑色の貝殻を、ランスはめざとく見つける。
「ヒスイ貝だな」
「そうだ、この艶のある黒漆がヒスイ貝の緑を引き立ててより美しく見せている、そうは思わないか?」
「はい、とてもきれいだと思いま……ひーん」
うっかり同意するシィルの手の甲を、ランスはぎゅうっとつねる。しかし視線はかんざしに注がれたままだ。
「……確かに、ヒスイ貝は単体では印象が薄いからな、しかしこうやって見るとなかなか……」
「こんなのもあるぞ」
勝千代は帯留めを手にとって、ランスに見せる。
「色の薄いヒスイ貝は貝殻としての価値は低いが、こうやって赤漆と金箔で縁取ると……」
「清冽でありながら華やかな印象が加わって、これはこれで良いな」
店先で貝殻談義を始めるランスと勝千代。シィルはぽつんと取り残される。

「うう、わかりません、私には良くわかりません……」
「ああ悪いなお嬢さん、そうだ、お詫びに……」
勝千代は更に別のかんざしを選び出す。 燻銀で出来た銀杏型のかんざしに、ヒスイ貝と桜貝を埋め金箔を散らしたデザインだ。
「綿菓子のような髪のお嬢さんには、これが似合いそうだ」
そう言いながら、勝千代はかんざしをシィルの結った頭に飾った。
「ああっ貴様、シィルに何を勝手な事を!」
「シィルさんというのか、でも似合うと思わないか?」
シィルは恐る恐るランスの表情を窺う。
「……っ、悔しいが……確かにもこもこピンク頭に良く合ってる……」
がくりと膝を付いてランスはうなだれる。
「ははは、この勝負、俺の勝ちのようだな」
「勝負だったんですか!?」

◇◇◇

貝での宿を特に決めていなかったランスとシィルは、勝千代の工房兼自宅に招待された。
「おおっ、細工前の貝殻が山のように……って、ちょっと今イチなものばかりだな」
「細工には難有りの貝殻を使うからな、そのままで美しいものに人の手を加える必要はない」
「うむ、俺様もそれには同意だ」
(同じお顔だと趣向も似ているものなのかしら……?)
店から延々と続くランスと勝千代の貝殻談義を、シィルは話半分で聞いていた。 二人の話が途切れた所で、シィルは疑問を口にする。
「勝千代さんは日本人ですよね、ランス様にそっくりですけど」
「俺の母親が異人だったらしい、つまり俺には大陸の血が入ってるって事だな」
「もしかすると俺様にも、JAPANの血が入ってるのかもな」
顔も同じ、声も同じ、貝殻マニアなところも同じ。 服を代えたらどちらがランスか、シィルでさえも判らなくなってしまうのではないか。それに。
(ランス様が男性とここまで打ち解けあうのって、珍しいなあ……)
会話のほとんどが貝殻談義だとはいえ、あのランスが同世代の男性と楽しげに話している。 しかも、貝塚の情報を得て以来、香姫の事はランスの頭からすっぽりと抜け落ちてしまっているようだ。

きゅうう。
「んん?」
「何だ?今の音は」
「はうう、す、すみません」
シィルは顔を真っ赤にして、慌ててお腹を押さえる。
「腹が減っているのか、話しに夢中で気が付かなくてすまんな、すぐに用意しよう」
そう言って勝千代が席を外す。
「シィール!」
「うう、だって、お昼ご飯も食べてないですし……」
貝塚に潜る前、近くの茶屋でお茶漬けを食べたのはランス一人。 シィルはその横で寂しく水を飲んでいただけだった。
「駄目じゃないかランス、ちゃんとシィルにも食べさせてやらんと」
戻ってきた勝千代は、お盆の上にどんぶりを三つ乗せていた。
「あっ、いい匂い……」
シィルのお腹がまた、きゅーと鳴る。
「……恥ずかしい奴め」
「ははっ、さあ、遅くなったが夕餉にしよう」

「これは味噌煮込みうどんか?」
「違う、『ほうとう』だ、うどんと一緒にされては困る」
「味噌味のおつゆにかぼちゃを潰して溶かしてあるんですね、ほんのり甘くておいしいです」
「野菜も肉もたくさん入っていて食べごたえあるな」
「どんぶり一つでいろいろ食べられるように工夫したんだ」
このほうとうという料理、どうやら勝千代が考え出したものらしい。
「そういえば茶屋のメニューにも載っていたな、どんなものか判らなかったから頼まなかったが」
「ああ、このあたりの茶屋には製法を教えたからな、貝細工と並んで観光の目玉になるといいかなと」
(勝千代さん、お若いのに地元の事とか考えてるんだ)
シィルはほんの少し引っかかるものを感じたが、特に問いただす事もなかった。

◇◇◇

「そうだ、俺様とした事が、香ちゃんの事を忘れていたぞ」
翌朝、ランスが唐突にJAPAN旅行の目的を思い出す。
(このまま忘れていてくださった方が平穏に過ごせたのになあ)
シィルはランスに気付かれないよう、ため息をつく。
「香……?」
その名前を聞いた勝千代が首をひねる。
「武田の美人姫なんだろ?地元民なのに知らないのか」
「いや知ってるよ」
「その香ちゃんをこますのが、今回の旅の目的なのだ」
何故か偉そうな態度のランスに、勝千代は苦笑いで答えた。
「そもそも、そう簡単に会えるとは思えないがなあ」

「はい、ごめんなさいよ、勝千代様、いるかね?」
その時、店先から勝千代を呼ぶ声がした。ランスが声の方を見ると、長髪を束ねた初老の男が立っていた。
「ああ義風か、どうした?こんな朝早くから」
勝千代はちょっと面倒そうに店先に出向く。
「どうしたもこうしたも、今日は大切な集まりがあると、前々から言っておいたでしょう」
「ああ、うーん……俺抜きで進めてくれよ」
「先月もそうおっしゃって欠席したでしょう?今日こそは……」
義風と呼ばれた男は、そこまで言ってからランスとシィルに気付いたようだ。
「おや、異人のお客さんがいらしたとは……すまんねー、べらべらうるさくて」
「なっ、ほら、今日は客もいるから、俺は欠席という事で」
「駄目ですよー」
「むう……」
どうやら勝千代は、その『会合』に出席したくないようだ。
「そうだ、この二人も連れて行っていいなら、出席してもいいぞ」
そう言えば義風が引き下がると読んだつもりだったが。
「異人さんをですか?まあかまわんでしょう、じゃあ行きましょうかねー」

面倒事に巻き込まれそうだと本能で察したランスは、義風の提案に乗り気ではなかった。 笑顔ではあるが本意の読めない義風の表情も、ランスにとって警戒を強める原因だったが。
「そうそう、異人さんは香姫の噂をご存じですか?」
「ああ、すごい美人の姫さんだろう?」
「直接、会ってみたくはないですか?」
「義風!」
勝千代が慌てたようにランスと義風の会話に割り込むが、香姫の話題に食いついたランスは、 勝千代を無視して義風の方に身を乗り出す。
「会えるのか?」
「勝千代様を説得してくださったら、会えるよう手配いたしますよー」
「よし、勝千代、俺様の野望のため……えっと、何を説得するんだ?」
「そろそろ国主のお仕事に取り組んでいただけるようにですねー」
「そうか、勝千代、国主に……国主!?」
義風の誘導に乗せられるままに喋っていたランスは、ようやく気付く。シィルもそこに気付いたようだ。
「勝千代さん、国主って、まさか貝の……?」
「勝千代様は幼名ですね、元服を済ませた今は『武田信玄』と名乗っていただきたいものですがね」