11.魔人再び
◇2006/07/07
「朱雀に続いて玄武が封印されただと?」
JAPAN南端にある、島津領南アフリカ。煉獄こと白虎、式部こと青龍を連れ、
魔人ザビエルは南アフリカまで逃げ延びていた。ザビエル療養中、煉獄は統括する三笠衆を使い、
魔王リトルプリンセス、そして聖刀日光と魔剣カオスの情報を集めていた。
「理由は解りませんが、聖刀使いと行動を共にしている魔王様が、朱雀と玄武を封印したようです」
「なぜ魔王が……未覚醒だからなのか?」
ザビエルは腕を組んで考え込んでいたが、ふいににやりと口元を歪めた。
「……我の復活を邪魔するのなら、魔王も我が敵だ」
「ザビエル様?」
「我が封印されている間であったが、魔人ガイは魔王ジルを殺し、その血を浴びて魔王になったと聞く」
古株の魔人であるザビエルにとって、自分より新参の魔人であるガイが魔王の座に就いた事は、
非常に悔しく腹立たしい事であった。
「ならば、我がリトルプリンセスを殺して魔王になる事も可能かも知れぬ」
人間風情に封印された事も腹立たしいが、それを知っていたにも関わらず、
ザビエルに手を貸さなかった魔人達にも、ザビエルは憎しみをいだいている。
「魔王として君臨し、まずは人間屠殺、そして魔人達をも滅ぼすのも良いかもしれんな」
◇◇◇
武田軍と毛利タクガ軍の戦いは、明らかに武田軍に有利であった。
タクガ攻略を任された、昌景隊、義風隊、透琳隊は、着実に戦果を上げ、タクガを死国に追い込む事に成功した。
「このまま死国門を閉じてしまえば、タクガは反撃出来ず、また、
死国にある地獄の穴から湧く鬼共がJAPANを荒らす事もなくなりましょう」
さすれば武田は毛利攻略に専念できることになり、また地獄の穴封印を行う北条の負担も軽くなる。
「だがタクガの意気、このまま閉じこめてしまうのは惜しくもあるな」
死国は、妖怪によって呪いをかけられた呪い付きと、不具が送られる流刑地だ。
そんな集団が団結し策と力を合わせて死国から脱出した。その勇気と知謀を、信玄は高く評価している。
元就が酔狂を起こしたのも、同じ呪い付きであるという事だけでなく、信玄と同じ心境からだったのかも知れない。
「今後のJAPAN平定に、彼らの力が必要になるかもしれん」
「では、正面から戦いを挑み、制圧する事としましょう」
「武田の領地となれば地獄の穴封印もいくらか楽になる、我々陰陽師も協力しよう」
武を尊ぶ武田の風林火山、そして陰陽師を統括する早雲は、信玄の案に賛同した。
その中で、あまり乗り気でないのはランス一人であった。
「毛利三姉妹も、まだちぬしか捕獲していないしなあ……」
そんなランスを見て、シィルは信玄に何事か耳打ちした。信玄は二三度肯くと、ランスに向き直った。
「ランス、タクガにも若い女性は数多く居る」
「……」
「このまま死国門を閉じてしまえば、彼女達は鬼に襲われ、鬼の子を産み落として死んでいくだけだ」
「何?」
鬼は男性しか居ない種族だ。繁殖するためには人間の女性を必要とする。
その話を蘭に聞いていたシィルは、ランスを動かす動機にならないかと、信玄に持ちかけたのだ。
「それは……うん、ちょっともったいない話だな」
「だろ?」
「うむ、解った、毛利はひとまず防衛に徹して、タクガのかわい子ちゃんを助けよう!」
あっさりとやる気を出したランスに、一同は苦笑しつつも安堵を覚えた。
武田の大攻勢を、戦慣れしていないタクガが防ぐ事は出来なかった。
あっという間にタクガは制圧され、タクガの中心であった龍馬達は、武田の捕虜となった。
龍馬が若い女性の容姿だった事に初めは驚喜したランスだったが、龍馬が女性ではなく両性具有、
つまりふたなりの呪い付きだった事を知り、落胆する。
「うわーん、ナニが付いていては、いくら龍馬ちゃんが可愛くても、俺様には無理だー!」
泣きながらその場を走り去ったランスは、偶然若い女性達が鬼達に襲われている場に出くわし、
勢いで鬼達を退治し、女性達を助ける事になる。そして女性達に(そういう方面で)歓待され、
ランスもとりあえず満足をしたのだった。
「元就について、良い情報があるぜ」
『仲間達が安全に暮らせる土地』と引き替えに武田に下った龍馬が、信玄に持ちかける。
「元就に呪いをかけたのは、だいだーらという妖怪だ」
呪いをかけた妖怪を倒せば、呪い付きから解放される。
元就の異常な強さは呪い付きによるものだから、だいだーらを倒してしまえば元就は弱体化するだろう。
「有用な情報、感謝する」
「本当は俺たちの手で元就を倒したかったんだけど、まあ、あんた達ならやってくれそうだからな」
だいだーらが潜む迷宮黄泉平坂は、毛利領の出雲にあると龍馬は続けた。
その情報を元に毛利軍を消耗させながら出雲を制圧し、黄泉平坂でだいだーらを倒したランス達は、
元就との最終決戦に臨んだ。
「これで毛利を完全に潰す、そして、てるちゃんときくちゃんを手に入れるのだ!」
ちぬに「おねーたま達はまだエッチの経験、無いんだよー」と聞いていたランスのテンションMAX。
そして、ランス扮する信玄に率いられた武田軍も、強敵毛利との戦いを前に、モチベーションは高まっていた。
◇◇◇
「呪い付きでなくなったとはいえ、この元就を舐めてもらっては困る!」
小柄な老人に戻った元就も、十分に強かった。以前対峙した時はその巨大さだけで圧倒されたものだが、
小回りが効く分、今の元就もかなり戦いにくい相手と言えよう。
一進一退の攻防を繰り返し、どうにか赤ヘルの城を陥落させたのは、日が暮れる一歩手前であった。
「よしよし、てるときくは無事捕虜にしたな」
本陣に引き出された捕虜の顔ぶれを、大鎧を付けたままのランスは満足そうに眺めていたが。
「……何で元就のおっさんもいるんじゃー!」
「そ、それが、元就殿の方から捕虜になりたいと……」
捕縛された元就の縄を持つ足軽は、ガクガクと震えながらランスに答える。
「信玄よ、お主との戦い、堪能させてもらったぞ!」
縄をかけられているにもかかわらず愉快そうに笑う元就に、ランスは地味に引いている。
「そりゃ良かった、じゃあとっととどっかに行けよ」
「つれない事を言うな、まだまだ戦い足りぬわ」
「お、やるのか?やるつもりか?」
ランスは無意識の内にカオスの柄に手をかける。その手をはっしと抑える、柔らかい手があった。
「信玄たまー、おとたまもおねーたま達も、みんなで仲良く戦おうよ、ね?」
ランスを止めたのは、元就の三女ちぬだった。この度の大決戦、父や姉とは戦いづらかろうと、
ちぬは後方待機させる予定だった。だが、ちぬ自ら「信玄たまのために戦うのー」と出撃を志願したのだ。
「おおう、ちぬよ、毛利の娘として恥ずかしくないお主の戦いぶり、見事じゃったぞ」
「わーい、おとたまに褒められちゃったー」
くるりと回って喜びを表現するちぬを、元就は嬉しそうに眺めている。
「……親子姉妹が戦ったというのに、何で嬉しそうなんだ」
「クカカカカ、敵対するなら親子であっても全力で戦う、儂の教育の賜物じゃあ!」
「解らん……お前等の考えはさっぱり解らん……」
ランスが元就の言動に困惑している間、信玄とシィルに勧誘され武田配下の武将になる事を承諾した
元就の長女てると次女きくが、ランスの元に連れてこられた。
「てる、きく、お主等も無事であったか」
「ああ、すまんな親父、あたし達の力が足り無くってさ」
きくは申し訳なさそうに頭を掻く。そして、てるが元就の前に跪いた。
「元就、我ら姉妹、これより武田の一員として戦うつもりだ、元就も一緒に来るか?」
「うお、ちょっとまて、勝手におっさんを勧誘するな!」
ランスの事など気にもせず、てると元就は会話を続ける。
そこにきくとちぬも加わり、本陣は突如毛利家家族会議の場と化してしまう。
「そうじゃのう、毛利は倒されたが、儂ら親子はまだ健在じゃ」
「残す勢力は島津くらいなものだが、我ら毛利はまだまだ戦える」
「よし、信玄のため、再びお主等と共に戦うとしよう、楽しくなりそうじゃあ!」
「ああ、楽しく行こう、元就」
「よっしゃー、まだまだ暴れてやるぜ!」
「わーい、みんな一緒、嬉しーな」
「……毛利の皆さん、勝手なことしないでください……」
歓声を上げる毛利一家。そこから少し離れた所にしゃがんで地面にのの字を描いているランスを、
シィルは慌てて慰め、信玄は笑いを堪えながら見ていた。
◇◇◇
島津。
JAPAN南部を制する島津家の当主である長男ヨシヒサ。彼は今、決断を迫られていた。
「狂子……いや黒姫が可愛くば、我に従え」
長きに渡り島津の客将であった黒姫を、長男ヨシヒサは元より、カズヒサ、トシヒサ、イエヒサの
島津四兄弟は、「黒ねーちゃん」と呼び、慕ってきた。女好きで常に誰が一番もてるかを競ってきた四兄弟、
国盗りすら女をたらすための手段に過ぎないと豪語する彼らが、ただ一人心より敬愛している女性が黒姫だ。
何代も前から年も取らず島津家に居た黒姫の正体を、四兄弟は知らなかった。
そこに現れたのは、本能寺から逃げ延びた魔人ザビエル。
黒姫は、500年前に復活した折り、ザビエルが人間の女に産ませた娘であった。
その事を知ったザビエルは、島津を手駒にしようと考えたのだ。
「……わかった」
選択の余地はなかった。大切な黒姫を護るため、魔人に従う事を選んだヨシヒサを、
カズヒサ達は責める事が出来なかった。それが、JAPANを滅ぼす事に繋がるとしてもだ。
「ザビエルが島津を乗っ取ったか……」
毛利領の探索を終えてザビエル不在を確認した後、島津に送った使者は帰ってこなかった。
その後放った忍びから、もはや正体を隠すことなく島津を配下に置いたザビエルの姿が報告される。
「島津を倒し、ザビエルを今度こそ確実に封印する!」
ザビエルが信長の姿を捨てたのなら、もはや隠し立てする必要もない。
配下の武将を集め、信玄は御旗盾無しを前に宣言した。
そして、その夜。
「何だか大変な事になっちゃったね」
美樹と健太郎が、城下の森を散歩していた。
「うん、でも僕頑張るよ」
その二人を木の陰から見ているのはアリオス。そして、ザビエルの使徒煉獄と式部の三人だった。
「煉獄さん、魔王が魔人をそそのかして信長様を殺させたというのは本当ですか?」
卓越した戦闘能力を持つアリオス、煉獄は魔王の身柄拘束のため、彼を利用するつもりだった。
アリオスは、煉獄達が使徒である事に全く気付いていない。
「ええ、信長様の敵討ち、是非お願いします」
「信長様には世話になりました、信長様の無念を晴らすため、頑張ります」
美樹達に近付いていくアリオスを見送ってから、煉獄は式部を見た。
「式部、出番だ」
「ウ、ウン……」
「魔王が人間や使徒にやられる事はない、だが聖刀使いならお前の力で殺す事が出来よう」
「コ……コロス……セイトウツカイコロス……」
「元勇者という人間もついでに始末してしまえ」
「ワカッタ……コロス」
「魔王、覚悟!」
突如目前に飛び出したアリオスに、美樹と健太郎は驚愕した。
「アリオス、死んで無かったのか!」
「勝手に殺すなー!」
美樹に振り下ろされる剣を、健太郎は素早く抜いた日光で受け流す。
「け、健太郎くん……」
「大丈夫、美樹ちゃんは下がっていて」
日光を構えた健太郎とアリオスの間に、異形の女が割り込んだ。
健太郎の目は、異形の女、すなわち式部の胸に吸い寄せられる。
「わっ、おっぱい!?」
「オ、オッパイ……?」
一瞬、式部の殺気が削がれる。
「健太郎くん、その人、使徒だよっ!」
蘭とちぬの体内にいた使徒を眠らせるため一時的に魔王の力を解放した美樹は、
使徒の気配に敏感になっていた。
「多分その人が青龍……白虎も近くに居るみたい」
「式部さんは信長様の部下だ、魔人の使徒なはずは無い」
アリオスが式部の陰から美樹に向かって斬り込む。
「いい加減な事を言うな、魔王!」
人間であるアリオスに斬られた所で、美樹が傷付くはずもない。
アリオスの剣は、美樹のスカートを僅かに裂くだけだ。
「きゃ……っ!」
「美樹ちゃん!」
美樹の叫び声に、健太郎は式部から目を逸らしてしまう。
その隙を狙って、式部の大きな手と長い爪が健太郎を切り裂いた。
「……っ、健太郎くん!」
倒れている健太郎。満足そうな顔をしている青龍。何やら喚きながら剣を振りかざすアリオス。
木の陰に隠れて様子を窺っている白虎。そして、それを見ているだけの──自分。
「……くだらない」
美樹の瞳が赤く、強く光る。
そして、周囲は圧倒的な白い光に包まれた。