武田風雲録

幸運の坩堝P

戦国ランス武田始まりif。武田信玄がランスのそっくりさんだったら。

12.終焉

◇2006/07/07 

貝の城からほど近い森。
異変に気付いたランスとシィル、そして信玄が駆けつけた時、森の中央には大きなクレーターが出来ていた。 そこにいたのは美樹、そして健太郎の二人だけ。気を失っている健太郎を膝に抱き、美樹は遠くを見ていた。
「美樹ちゃん、何があったのだ!?」
「待て、心の友!」
美樹に近付こうとしたランスを、カオスが制する。
「何だよ、こんな時に」
「魔王が……覚醒しておるわ」
遠くを見る美樹の瞳は、血のように赤く光っている。
「……もう、どうでもよくなっちゃった」
美樹は健太郎の頭をそっと抱き上げ、その首に牙を立てた。
「あかん……あのぼうずを魔人にするつもりだ……」
カオスが身を震わせる。健太郎の首から口を離した美樹は、自身の口の端に伝う血をぺろりと舐めた。
「健太郎くん、起きて」
美樹の言葉に呼応するように、健太郎の瞼が開く。
「美樹ちゃん……あれ?僕、まだ死んで無かったんだ」
「健太郎くん、まだ死んじゃだめだよ?」
美樹は健太郎に笑いかけた。いつもの明るい笑顔ではなく、冷たい凍り付くような笑顔。 魔人と化した健太郎には、明るい笑顔よりももっと魅惑的なその笑顔。
「美樹ちゃん……覚醒したんだ?」
「うん、健太郎くんを助けたかったから」

「美樹ちゃん!」
ランス、シィル、信玄がほぼ同時に叫ぶ。
「……うるさいなあ、もう」
健太郎との会話を邪魔され、美樹は苛立った。 立ち上がった美樹は、右手をすっと差し出した。その手には灼熱の炎がまとわりつく。
「みんな邪魔、消えて」
その炎が、まるで生き物のようにランス達目指して走ってくる。
「う、わっ!?」
「心の友よ、早く魔王を斬れい!覚醒したばかりの今ならやれる、さあ!」
「し、しかし……」
戸惑うランス。シィルがスノーレーザーで氷の壁を作って炎を防ごうとするが、 圧倒的な魔力の美樹に敵うはずもない。炎は周りの木々に燃え移り、あたりを赤く照らし出した。

「美樹ちゃん、目を覚まして、お願い!」
シィルは魔法の詠唱を諦め、炎をかいくぐり美樹の目前に立った。 シィルの姿を認め、美樹がはっと我に返る。
「……シィル……おねぇちゃん……」
「美樹ちゃん!」
シィルの悲痛な叫びに、美樹の瞳から、赤い光が消えた。
「……うん、解った、シィルおねぇちゃんの……お手伝いするね」
先程まで燃えさかっていた美樹の手を薄氷が覆う。
「今、火を消すから……」
美樹が放つ冷たい光が、一瞬で周りの木々を鎮火し凍らせた。 先程までの熱気が嘘のように、辺りは冷気に覆われる。ふうっと息をついた美樹は、シィルに笑顔を向けた。
「やったよ、シィルおねぇちゃん……おねぇちゃんっ?」
美樹の冷気が、目の前に立っていたシィルまで凍り付かせていたことに、美樹はやっと気が付いた。
「シィルっ!」
ランスと信玄が叫ぶ。棺のような氷の中に、哀しそうな表情のままシィルは居た。
「そ、そんな……私……!」
「逃げるな!」
思わずその場を走り出そうとした美樹の腕を、信玄が掴んだ。
「は、離して!、私……健太郎くんを魔人にして……シィルおねぇちゃんを凍らせてしまって……っ」
「君が逃げれば、二人は元に戻るのか?」
「う……っ」
美樹はそれ以上何も言えず、ぺたりとその場に座り込んでしまった。

「美樹ちゃん、僕は大丈夫だよ」
健太郎は、優しく美樹を立ち上がらせる。
「でも、私……健太郎くんを魔人に……私と同じ化け物に……」
「美樹ちゃんは魔王だけど化け物じゃない、だから僕も魔人だけど化け物じゃない」
「……」
何か言い返そうとするカオスを、ランスは押さえる。
「それに、私、シィルおねぇちゃんまで……」
「美樹ちゃん、シィルは死んだのか?」
「解らない……大丈夫だと思うけど……」
感情を含まないランスの問いに、美樹は頭を振った。
「生きているのなら氷から出す方法もあるだろう、大丈夫だ美樹ちゃん、シィルは生きている」
淡々と、自分自身に言い聞かせるようにランスは繰り返した。
「大丈夫だ、シィルは俺様が何とかする、だから大丈夫だ」

細心の注意を払って城に運び込まれた氷漬けのシィル。 お湯をかけても氷を削っても、その氷は溶ける事も割れる事もなかった。
「これは『永久氷』かも知れませんな」
織田の香と3Gの協力を得て故信長の蔵書を調べた結果を、透琳はランスと信玄に報告した。
「ヘルマンの外れに住むカラーという一族なら、永久氷を溶かす秘術を持つやもしれません」
「ヘルマン……大陸北の大国だな」
「大陸に戻ろうにも、唯一の交通路である天満橋は、島津領のモロッコか」
氷に封印されたシィルを、ランスはぼんやり見ている。その肩を、信玄は軽く叩いた。
「急いでモロッコまで制圧して、ランスはヘルマンに向かうか?」
「そうだな……いや」
ランスはシィルから視線を外さないまま答える。
「ザビエルを倒す方が先だ」
「……いいのか?」
「俺様抜きでザビエルに勝てると思ってるのか?」
ゆっくりと振り返ったランスの顔には、いつも通りの自信過剰な笑みが浮かぶ。
「それに、JAPANを統一しザビエルを倒しておけば、安心してシィルを残していける」
シィルの表情がほんの少し明るくなったように見えたのは、気のせいだったのだろうか。

◇◇◇

怒濤の勢いで攻め込む武田軍を、島津軍は押さえる事が出来なかった。 魔人に操られている事を知った島津の武将達の戦意が下がっていたためもあるが、 島津四兄弟を倒し、ザビエルを南アフリカまで追いつめるのに、さほど時間はかからなかった。
魔剣カオスを持つランスと聖刀日光を持つ魔人健太郎を中心とした武田の武将達が、 四人の使徒を失ったザビエルを倒すのもまた、容易な事であった。
「では、魔人ザビエルは天志教が封印を……」
「封印ではまた、復活する恐れがある」
前に出た性眼を、信玄は引き留めた。それを見たランスが、美樹の背中をそっと押す。
「うん、解った」
ザビエルの魔血魂を拾い上げた美樹は、それを手でぎゅっと握り潰す。
「ばいばい、もう二度と復活しないでね」

貝の城では、大宴会が催されていた。
「信玄公ばんざーい!」
「ばんざーい」
真実を知る一部の武将以外は、JAPAN統一そして魔人ザビエル殲滅、共に信玄の偉業だと信じていた。 実際、合戦以外では信玄も戦ってはいるのだが、やはり少々居心地が悪い。
「ランス、本当の事を言わなくてもいいのか?」
「構わん構わん、どうせ俺様はJAPANの人間ではないし、ちゃあーんと女の子にもてているからな」
武勲は信玄の物としながらも、その信玄の片腕という形で、風林火山はランスの功績を喧伝した。 信玄と風林火山が認めた異人、ということで、ランスの人気もうなぎ登りだった。
「武田の女の子もJAPAN各地の女武将も、残さずおいしく頂いたので、俺様は大満足だ」
「香も……?」
信玄の問いに、ランスは大げさに頭を抱える。
「しまったー!忙しすぎて香ちゃん口説くの忘れてた!」
「ははっ、そりゃ良かった」
地団駄踏んで悔しがるランスを、信玄は笑いながら見ていたが。
「で、これからどうするつもりだ?」
「ん……明日にでもヘルマンに向かおうと思ってる」
ふと真顔に戻るランス。信玄は深く肯いた。
「そうか……貝も……JAPANも寂しくなるな」

朝まで続きそうな宴会を抜け出したランスは、自室に戻った。 部屋にはあらかじめ運ばせておいた、氷漬けのシィルが居る。
「シィル、俺様は明日ヘルマンに行く」
ランスはシィルの前に立ち、ひやりと冷たい氷に手を触れた。
「氷を溶かす秘術とやらを聞いたら戻ってくるから、ちょっとの間留守番してろ」
氷の中のシィルが返事をするわけもないが、ランスはシィルに向かって語りかける。
「すぐだ……すぐに戻ってきてやるからな、寂しがって泣くんじゃねえぞ」
そっと顔を寄せ、氷越しにシィルにくちづける。
「続きは氷が溶けてからだ、さっ、明日は早いしもう寝るぞ、お前も寝ろ」
そして、ランスは氷の前に敷いた布団に潜り込んだ。

◇◇◇

「もう行くのか」
翌朝、単身旅立つランスを信玄は城門で呼び止めた。
「早く氷を溶かしてやらんと、シィルが風邪を引くかもしれんからな」
「風邪……ひくのか?」
「さあ……?」
ランスと信玄は顔を見合わせて、くくっと笑う。
「しばらくシィルを頼むぞ」
「ああ任せろ」
カラーの秘術以外にも永久氷を溶かす方法はあるかも知れない。 ランスの帰りを待ちながらそれを探すつもりだ、と信玄は答えた。
「つまり、お前が早く帰ってこないと」
「こないと?」
「俺がシィルの氷を溶かして、正室にしてしまうかもしれんぞ?」
「なんだとー!」
カオスを抜こうとしたランスを、信玄は笑いながら宥める。
「それがいやなら、寄り道などせずさっさと戻ってくるんだな」
「お前に言われなくても、解っとるわ!」
ぷんぷん怒りながら去っていくランスを見送った信玄は、 その背中が街道の向こうに見えなくなると、ぽつりと呟いた。
「……割と、本気だったりするんだけどな」