武田風雲録

幸運の坩堝P

戦国ランス武田始まりif。武田信玄がランスのそっくりさんだったら。

抱擁の代償

◇2006/08/24 

「この間同盟を結んだ『巫女機関』とは一体何なのだ?」
西征を控えたある穏やかな一日。ランスとシィル、そして信玄が縁側でお茶を飲んでいる。
「巫女機関、というくらいだから巫女さんが大勢居る所だ」
唐突なランスの疑問に、信玄はちらりとシィルを見てから、歯切れ悪く答える。
「それくらいは予想が付く、巫女さんが大勢居るだけであれだけの軍を抱えている理由が知りたい」
「それは……うーん」
信玄はちらりとシィルを見た。
巫女機関は、総代名取率いる巫女の集団だ。一般には『抱擁』という名の無料娼館として知られているが、 実際の所は、JAPANの文字通り浮沈に関わるオロチという神を管理制御するために設けられた機関だ。 抱擁によって集められた負の感情を贄としてオロチが起こす災害を最小限に食い止める。 それが巫女機関の本当の使命であるという事は、一部の大名家で密かに伝えられるに過ぎない。
武田家は、邪馬台に隣接している事もあり巫女機関の使命についても伝えられているが、 そのことをランスに教えれば、おそらくは肝心の使命よりも『抱擁』のほうに興味を示すだろう。 それを、シィルの前で言っても良いものか。
「私が聞くのは良くない事ですか?」
「うん、まあ……」
「ということは、女関係だな?巫女さんがやらせてくれるとか」
何故かこういう所には鋭いランスの言葉に、信玄はため息をつきシィルは苦笑した。

◇◇◇

翌日。早速ランスはシィルを連れて巫女機関を訪れることにした。その道すがら。
「なんでシィルを連れて行くんだよ」
「置いていったらお前に何されるか解らないからな、というか、信玄こそなんで付いてきてるんだ」
「総代名取に会いたいんだろ、俺の口利き無しじゃまず無理だ」
「うーん、まあそういうことなら……」
信玄の同行を、ランスは渋々受け入れる。
「勝千代さんは、よく巫女機関に行かれるのですか?」
「ぶっ」
シィルの疑問に動揺する信玄を、ランスはニヤニヤしながら見た。
「言ってやるなシィル、もてない男はこういう所でしか発散できんのだ」
「別にもてない訳じゃないぞ、ただこれという女性が見つからなかっただけだ」
今まではね、という言葉を信玄は飲み込んだ。物心付く前になくなった母親は、異人だと聞いている。 異人であるシィルに惹かれるのは、顔も知らぬ母への思慕のせいだと、 信玄は自分自身を無理矢理納得させていた。

峠を越えようやく辿り着いた桃源神社には、男達の長い列ができていた。
「なんだ、あの列は?」
「抱擁は誰でも受けられる訳じゃない、籤を引いて当たった者だけがその恩恵に与れる」
なるほど、信玄の言う通り、列の先頭ではくじ引きが行われている。当たりはずれは7:3くらいのようだ。
「ふんふん、俺様は運がいいからな、絶対に外す事はないぞ」
「……まあ、運の良し悪しじゃないんだけどな」
信玄の呟きは、ランスにもシィルにも聞こえなかったようだ。

列の最後尾に並んだランス達に、境内を掃除していた一人の巫女が近付いた。
「あら、女性が並んでいるなんて……」
男性ばかりの列の中でたった一人の女性、しかも異人であるシィルが珍しくて、ついつい声をかけたのだろう。 緋袴の巫女達の中でただ一人、青い袴を付けた女性は、シィルの横にいた信玄に気付く。
「信玄様、お久しぶりですね」
「名取か、お前が境内に出ているのも珍しいな」
青袴の巫女名取に、信玄は親しげに言葉を返した。
「おっ、びっじーん!君が名取さんか」
際だつ容姿の名取に、ランスのセンサーが反応する。
「籤に当たれば君の抱擁が受けられるのか?」
「いえ、私はもう現役を退いていますので……」
「ええっ、こんなに美人なのにか?もったいない……」
ランスの口説き文句を微笑みでかわし、名取はシィルの顔を見た。
「せっかく並ばれているのに申し訳ありませんけど、女性は……」
「あっ、いえ違います!」
何か誤解をされている事に気付き、シィルは慌てて首を横に振った。
「何となく付いて来ちゃっただけというか、その」
「そうなのですか?」
シィルと名取の会話を聞いていた信玄が、ふと思いついたように名取に耳打ちする。
「あら……ふふ、そうですね、ええと、シィルさん、少々付き合っていただけますか?」
「え?あ、はい」
名取はシィルに手招きをして列から抜けさせると、シィルを連れてどこかへ行ってしまった。 それを見送ったランスは、不機嫌そうに信玄に向き直る。
「信玄、何を企んでいる?」
「ははっ、後のお楽しみだ」

ランス達にそろそろくじ引きの順番が回ってこようと言う頃。
「ランス様ー、勝千代さーん」
声の方を向くと、緋袴に着替えたシィルが走ってきた。その後ろから名取もやってくる。
「ほほう、思った通りよく似合うよ、シィル」
シィルが普段着ている白のミニ袴と比べると露出は控えめだが、 純白の千早と緋袴が桜色の髪とよく合っている。長い袴を捌ききれないのか、ちまちまと走る様も愛らしい。
「勝千代さん、ありがとうございます」
嬉しそうに答えてから、シィルはちらちらとランスの顔を伺う。しかしランスは黙ったままだ。
「……」
「あの……ランス様?」
「おっ、次は俺様の番だな」
あからさまにシィルから視線を外し、籤の箱に手を突っ込むランス。
「とー!」
「あら……」
「へえ……」
ランスが引いた籤は見事に外れだった。
「むがー、なんで外れるんじゃー!」
地団駄踏んでひとしきり悔しがったランスは、険しい表情のままじろりとシィルを睨む。
「びくっ」
「シィール!お前のせいだ!」
「えっ、えっ?」
「お前がそんなえろい格好で俺様を誘惑するから、外れ籤引いたのだー!」
完全に八つ当たりだ。
「う、そんな……それに別にこの服、えっちじゃないですよ?」
「口答えするな!そうだ、名取さん、空いてる部屋はあるか?」
シィルの腕をむんずと掴み、ランスは名取に問いかけた。名取りは軽く首を傾げるが。
「……そこの貴女、お二人を空いてる部屋に案内して差し上げて」
「はい、名取様」
近くにいた巫女に、ランスとシィルを押しつける事にした。

「煩悩の固まりのようなあいつが外すとはねえ……」
二人を見送りながら、信玄はため息をつく。
この籤は、負の感情を溜め込んだ者を選別する籤だ。巫女機関の癒し巫女は、 抱擁つまり身体を重ねる事によって、この負の感情を男性から受け自らに溜め込む。 そして、その身をオロチに捧げる事で、JAPANを災厄から守っているのだ。
「煩悩と負の感情は似て異なるものですから……さあ、信玄様も籤をどうぞ」
「今引いたら確実に当たりそうでいやだなあ」
「それを洗い流すのが巫女機関の……表向きの役目ですよ」
「……違いないな」
名取は微笑みながら籤の箱を信玄に差し出す。信玄は苦笑いでその箱に手を入れた。
嫉妬や羨望といった負の感情、決して好ましいものではないが、 僅かとはいえそれがJAPANを守る力になる事を、信玄は心得ていた。