4.動乱の始まり
◇2006/07/07
「上杉の使者だと?」
「はっ、何でも和睦を申し入れたいと……」
従者の伝言に、信玄はちらりとランスの顔を見る。
「そういうのはお前の仕事だろう、行って来い信玄」
「はいはい……シィル、おいで」
予想通りのランスの答えに信玄は大げさにため息をついて見せてから、シィルに手招きした。
「えっ?あ、はい」
「待てやー何でシィルを連れて行くんじゃー!」
ランスの反論には耳を貸さず、信玄はシィルの手を引いて部屋を出て行ってしまう。
「兄様、シィルさんの事たいそう気に入ったようですね」
香は無邪気に笑っている。嫉妬していると思われたくないのもあったが、
二人きりで香を口説く絶好のチャンスと見て、ランスはとりあえずの怒りを引っ込める。
「シィルさんが義姉様になってくれたらいいのに」
「ぶっ」
「わ、ランスさん、お茶を吹き出しては汚いですよ」
「し、シィルは俺様の奴隷だぞ?」
「恋人ではないのでしょう?でしたら兄様と結婚する事に、何の問題もないと思いますけど」
「だ、だが……」
「国主の兄様とは身分が違うとおっしゃりたいのですか?」
本音を漏らす事も出来ず、ランスは香の言葉に仕方なく肯く。
「それも問題ないと思いますよ、格式よりも本人同士の気持ちの方が大切ですから……
例えば西の毛利、現当主の亡くなられた細君は元は下働きのメイドだったと聞いています」
「や、そうではなくってだな、香ちゃん」
目に見えて動揺するランスに香は可愛らしく首を傾げるが、やがてあっと声をあげた。
「ああ、そう言えばシィルさんの気持ちはまだわからないんですよね、今度聞いてみようっと」
「聞くなー!」
謙信の身柄を差し出し武田に従属する事で上杉の家を残して欲しい、
それが上杉県政の使者からの要望であった。使者を待たせたまま、
信玄は透琳と共にシィルのいる別室に下がる。
「上杉の当主は謙信ではなかったのか?」
「おそらく謙信公を煙たがっている県政殿の独断でしょう」
ふむ、と信玄は腕を組んで考える。
「これ以上戦わずに上杉を陥落させる事が可能、か……」
いかに武田軍が強力とはいえ、合戦になればどうしても血は流れる。
しかも犠牲は兵だけではない。軍事費は民の血税から調達されるのだ。
「……謙信は、その考えには賛成なのかな?」
「いえ、調べさせました所、謙信公は主立った武将と共に拘束されている模様です」
しかも、女性が主力であった上杉軍をこころよく思わない者達によって、
女性武将が辱めを受けていると、透琳は付け加えた。
「そんな、ひどい……」
出来るだけ口は挟むまいと思っていたシィルだが、透琳の言葉にうっかり声を出してしまう。
信玄はふっと笑って、シィルの頭を撫でた。
「そうだな、当主の意見を無視して降伏させるなど、武士の沽券に関わる」
「策略は時には必要ですが、やはり堂々と戦ってこそのもののふでしょう」
透琳の同意に信玄は肯き、シィルは明るい表情になった。
「上杉の逆臣を斬れ、これより本格的にMAZOに侵攻する!」
◇◇◇
武田軍のMAZO大攻勢が始まった。
もちろん先陣を切るのは、紅の大鎧を纏ったランス。謙信や愛をはじめ主立った武将を欠いた上杉軍が、
その大部隊の前に大敗するまで、さほど時間はかからなかった。
合戦を終え、ランスと入れ替わった信玄は、ランスとシィルを連れ、MAZOの城に入る。
「当主上杉謙信が見つかりました」
部下の報告に、信玄は肯く。
「様子はどうだ?」
「監禁生活のため消耗しているようですが、話を聞くくらいなら大丈夫かと」
「連れてこい、丁重にな」
ほどなく、謙信と愛が信玄達の前に連れてこられた。
縄こそかけられてはいないが、消耗のためか逃亡する素振りもない。
「……」
信玄の顔を見た謙信は、俯いて口の中でもごもごと何事か言っている。
「何だ?」
「その……感謝する……あなたには、二度も助けられた」
やっとの事でそれだけ言うと、謙信は更に下を向いてしまう。
「二度……?」
「信玄殿は覚えてらっしゃらないのですか?」
謙信の昔話を聞いていた愛が、僅かになじるような口調で信玄に詰め寄る。
その行動に信玄の部下達の顔色が変わるが、そういう意味での敵意はないと感じた信玄が手で制した。
「すまんが……俺は謙信と会った事があるのか?」
「幼少のみぎり、山賊に襲われた謙信を助けたと聞いておりますが」
「山賊……」
信玄は空を睨んで記憶の糸をたぐり寄せる。
「ああ、国境の山中で賊に囲まれていた女の子を逃がしてやった事があるが……あれが謙信だったのか」
謙信は顔を赤くして俯いたまま、何度もこくこくと首を縦に振る。
それ以上、何も言えなくなってしまった謙信に、愛が助け船を出した。
「これまでは敵同士でしたが、上杉が制圧された今、
信玄公さえよろしければ臣下として誠心誠意仕えたいと、謙信はそう考えております」
武田の軍事行動が自らの欲のためではなくJAPANに平和をもたらすためだと知ってから、
謙信は恋心とはまた違う部分で、信玄に好意を寄せていた。
それは『戦いを鎮めるために戦う』謙信の理念と、なんら矛盾する部分はないからだ。
「謙信ちゃんは強い、しかも美人だ、俺様は歓迎だぞ、だいたい武田は男ばかりで……」
「ランス様が決められる事じゃないですよ」
愛の言葉に反応するランスを、シィルが慌てて止める。
「そちらの異人お二人は……?」
「ん、ああ、武田の軍事顧問だ」
信玄はとりあえずその場を取り繕ってから、真面目な顔に戻った。
「『軍神』殿の力、武田の天下統一のためにぜひともお借りしたい、そして、直江殿の采配能力もな」
謙信と愛を治療のため本陣に送り、隠れていた県政の首を刎ねたところで、上杉制圧は完了した。
県政によって拘束されていた武将達も、全員無事解放された。
その一部はランスに対して『感謝の気持ち』を身体で表現させられたりもしていたが、
県政の無体を嘆いていた上杉家中の者達は、武田の支配を、概ね歓迎をもって受け入れた。
男性主体と女性主体という違いはあるものの、武田も上杉も武を尊ぶ家だった事もある。
「それにしても……」
それなりに楽しんだはずのランスだったが、本陣に戻った途端、不平を漏らす。
「城を落として謙信ちゃんを解放したのは俺様だぞ、何で信玄がもてているのだ」
「仕方ないですよ、ランス様は信玄公の影武者なのですから」
シィルが気の毒そうに慰めるが、ランスの不満は消えない。
「武勲はどうでもいいが、女の子の人気まで奪われるのは腹が立つ」
「諦めるんだな、心の友よ」
「黙れー!」
ランスはカオスを鞘から抜いて地面に放り投げると、がすがすと蹴り付けた。そしてくるりとシィルを振り返る。
「ひーん、何で私まで叩かれるんですかー!」
「うるさい、何となくむかつくからだ!俺様が命がけで戦ってる間、信玄といちゃいちゃしやがってー!」
「ひんひん、いちゃいちゃなんてしてませんってば」
「なんだ、そう思われてるんだったら、本当にいちゃついておけば良かったな、もったいない事をした」
いつの間にか現れた信玄が、ランスにぽかぽかと殴られているシィルを取り上げ、自分の胸に抱く。
「わーん、勝千代さんも、これ以上ややこしくなりそうな事、言わないでくださいー」
「つーか、シィルに勝手に触るな!くそう、謙信ちゃんは絶対に奪ってやるからな!」
半泣きのランスは、信玄を指さして寝取り宣言。しかし信玄はノーダメージだ。
「別に構わないけど……ランスが謙信に夜這いかけてる間、シィルは俺の寝所に来るといいよ」
「なんだとー!」
「よ、よくないです、勝千代さん……」
◇◇◇
その頃の織田家。
「少々後味の悪い結果になってしまいましたね」
幾度かの交戦の後、織田家は原家に対して降伏勧告を出した。
ところが、その返事として帰ってきたものは、昌示とその若き正室阿樹の『みしるし』、すなわち首だった。
「まあ戦国の世にはよくある事だ、アリオスが気にする事はないよ」
織田当主の信長は、現在客将として織田に居候している異人アリオスを慰めた。
大陸からやって来たアリオス・テオマン、自称元勇者。勇者としての力を失った彼は、
世のため人のため戦える力を付けるべく、修行の旅をしているのだという。
その途中JAPANの尾張を訪れたアリオスは、『茶屋のぶ』にて茶屋主人妹製作の団子を食し昏倒。
茶屋の主人すなわち──織田信長の城で介抱を受けた。そして感謝のしるしにと、
弱体化した織田家の当主代理として、アリオスが合戦の指揮を取るようになったのだ。
信長の実弟信行の反乱を素早く鎮圧した後、隣国である原家が重税を課し民を圧している、
という噂を聞きつけたアリオスは、原家が治める伊勢の民を救うべく立ち上がった。しかしよくよく調べてみると、
元々昌示は民に慕われていたのが、阿樹姫を娶ってからは彼女に言われるままに
財産を浪費し民を圧迫するようになったのだという。そこで思い直して降伏を勧めてみたところ、
近年の昌示と阿樹の所業に耐えかねた臣下達が、思いあまって二人の首を差し出してきたというわけだ。
「まあ、うまくやれば二人とも捕虜という形ではあるけれど、生き延びさせる事も出来たんだけどねえ」
「うっ」
「兄上、アリオスさんはJAPANの……しかもこの戦国の世の特殊な風習に慣れていないのですよ?
そう意地悪な事を言っては可哀想です」
アリオスをいじめて楽しんでいる風の信長を、妹の香が嗜める。
『ちいっとばかりお子ちゃまだな』の一言で、ランスのターゲットから外れた、もう一人の香姫。
病気がちな兄が床に伏せている間に彼女が作った団子のせいでアリオスを瀕死にさせてしまった責任を感じ、
香は何かとアリオスの肩を持つのだ。
「……さてアリオス、これからどうするのかな?」
可愛い妹に怒られたためか、あるいは目に見えて落ち込んでしまったアリオスを慰めるためか、
信長は話題を変えた。
「俺の考えを言わせてもらえば、二つも国があれば、将来香が暮らしに困る事はないと思ってるんだけど」
「そうですね……いたずらに敵対国を増やしても仕方ありませんし、尾張と伊勢の国力を上げる事に、
力を尽くすのがいいかと思います」
「そうだねえ」
「失礼します」
そこに飛び込んできたのは、織田家老である電話妖怪3Gとその部下えっぢだった。
「なにかあったのかい?」
「足利家が宣戦布告をして参りました!」
足利家。
帝としてJAPANを平定した足利尊氏を祖に持つ、由緒正しき大名家だ。
しかし、百余年ほど前にいかなる理由からかその政権は崩壊し、JAPANは第四次戦国時代に突入する。
百余年の間に足利家はすっかり没落したが、近年当主になった超神が復興に力を注いだ結果、
どうにか他の大名家と渡り合える程度になった。しかし、そのための超神のやり方は綺麗なものではなかった。
8年前の妖怪大戦争と呼ばれる妖怪と人類との大戦、
当時最大勢力を誇った織田家はその戦いを鎮めたものの、当時の当主である先代信長を失った。
当主交代で慌ただしいその隙に、織田の領地や同盟国をちびちびと削って手に入れたものが、
現在の足利の基盤となっている。
国を盗ったり盗られたりは戦国の世の倣いとはいえ、
正攻法ではなく策略のみで領地を拡大してきた足利のやり方は、他国からは歓迎されていなかった。
「ぷぴーっ!」
京にある足利の城から、人のものとは思えぬ声がする。
怪音の発信源は、これまた人とは思えぬ容貌をした足利家当主足利超神であった。
「我が妹阿樹が斬首されたじゃと?それはまことか、のう、一休」
「はい、織田に攻められ焦った臣下によって首を切られたそうですよ、ねえ母上?」
「むむっ、織田か……最近異人を招聘して調子に乗ってるでおじゃるな」
「はいはい母上……そうですか、原と戦って疲弊した今なら、簡単に織田を陥とせると」
「そうか、よし、早速織田攻めじゃ!見事打ち散らしてくれようぞ!」
そして。
大方の予想通り惨敗したのは足利であった。
足利が擁していた武将はそのほとんどが元々織田の配下であったため、そのまま織田家武将へと移行した。
問題は超神とその幕僚である軍師一休の処遇であったが、原家降伏の際の苦い思い出が残っていたためか、
この問題児二人をアリオスはとりあえず捕虜として牢に繋いでおく事に留めた。