5.陰陽師救出
◇2006/07/07
「上杉が武田に下っただと?」
上杉陥落の報せを受けた北条当主、北条早雲は、驚きのあまり、
報せを持ってきた部下の言葉をそのまま繰り返した。
「それは……まずいな、上杉との同盟が合ってこそ、武田の侵攻を防げるのに……」
「どうするの?早雲」
「小松思うんだけどー、いっそウチも武田の保護下に入ったらどうかなーって」
陰陽師主体の北条軍では珍しい武士、大道寺小松が軽い調子で言う。
「何言ってるのよ!」
小松に突っかかるのは、北条の実質No2である南条蘭。
「武田に吸収されたら、陰陽師としての本質的な仕事が出来なくなるかも知れないのよ?」
「んー、でも北条家の使命って、各地の鬼を退治してー地獄の穴を封印監視する事でしょー?
下手に天下統一のために他国と衝突して力を削られるよりも、
武田の属国になってそっちのお仕事に全力を向けた方がいいんじゃないの?」
「……小松の言う事にも一理あるが……」
早雲は難しい顔をしたまま、頭を横に振る。
「北条を吸収した武田が、陰陽師をどう扱うかは全く解らない、危険な賭だな」
早雲が判断を先送りにしている間に、武田より北条に宛てて宣戦布告が為される。
風林火山の火、すなわち「侵掠すること火の如く」の言葉通り、
ランス扮する信玄隊と彰炎隊を中心とした武田軍は、またたく間に北条軍を江戸まで追いつめた。
その最悪なタイミングで、凶悪な鬼ミナモトがまむし油田にある石油穴に出現との報が入る。
「すまんが俺はミナモト退治に出かける」
「うん……仕方ないよね」
北条家の存亡よりも鬼退治。それは陰陽師としては当然の選択だ。
「無理はするな、武田に敗れても構わないから、絶対に生き延びるんだ」
「……」
「蘭」
「そうね、生きていればきっとまた早雲に会える……だから早雲も……」
「ああ」
唇が触れ合うだけの幼いキスをかわし、それぞれの役目を果たすため、二人は離れた。
北条軍の善戦むなしく、江戸最後の城が陥落したのはそれから数日後であった。
当主代行として捕らえられた蘭は、牢の中で早雲がいまだに帰らない事を知る。
(早雲……どうにかして助けに行きたい……!)
共に捕らえられた小松は、信玄の軍事顧問だという異人によって連れ去られ、
今では武田の武将として働いているという。
(ここを出るには武田の武将になるしかない……)
「おっ、まだ可愛い子が残っているな」
悶々とする蘭に、格子の向こうから声をかける者がいた。緑の服にJAPANの者ではない鎧を付けた男だ。
「……あなたがランスね?」
「おお、俺様、陰陽ちゃんにも知られるほど有名なのか?」
「これでも当主代理だったもの、一応敵方の武将くらいは把握しているわ」
(あなたが武田信玄と瓜二つ、だという事もね)
「勉強熱心だな、その情熱を武田のために使う気はないか?」
蘭の顔に緊張が走った。ここでうまく駆け引きが出来れば、早雲救出を引き替えにする事も出来る。
「……一つだけ、頼みがあるんだけど」
「俺様の恋人にして欲しいとか?」
「違うわよ、北条の本当の当主……北条早雲を救出してくれるのなら、私は武田に仕官するわ」
「早雲……ああ、どこだっけかで行方不明になっているという」
「そうよ、早雲は強力な陰陽師よ、救出すれば、彼もきっと武田のために働くと思うわ」
蘭は、宣戦布告直前の小松の言葉を思い出す。
(早雲は危険な賭だと言っていたけれど……)
「男はいらん」
「えっ……」
「最も、君が俺様の女になるというなら話は別だ、俺様の女の頼みは出来るだけ聞いてやりたいからな」
ニヤニヤと笑うランスに、蘭は駆け引きに負けた事を悟る。
それでもランスの言葉尻に最後の期待を込め、半ばやけっぱちに叫んだ。
「う……解ったわよ、だから早雲を助けて!」
「早雲はJAPAN最強の陰陽師だ、彼の手を借りられる事は武田の利にも繋がるだろう」
事のあらましをランスに聞いた信玄は、早速軍議を開かせた。
「まむし油田……現在織田の支配下にある国か」
「武田軍を率いて早雲殿救出に向かうのは難しいな」
「先にまむし油田を制圧したらどうかの?」
「いや、早雲殿が相手をしているのはかなり凶悪な鬼らしい、時間をかけては早雲殿の命が危うい」
早雲を救出したら蘭とエッチ、の確約を得ているランスは、苛々しながら風林火山の話を聞いている。
「だったら個人で石油穴とやらに潜って、早雲を救出すりゃあいいだろ?」
「簡単に言うなよ……ん、そうか」
ランスの言葉に、信玄は出会ったときのことを思い出す。
「そういえば、ランスとシィルは貝塚を攻略してるんだよな?」
「ああ、今更貝殻返せなんて言うなよ」
「言わないよ……二人で貝塚の最下層まで行けたなら、もう何人か付ければ石油穴探索も可能かもな」
◇◇◇
ランスとシィル、そして信玄と透琳、蘭と小松の6人は、石油穴に向かった。
幸いにも織田は迷宮には興味がないようでろくな警備を置いていず、
一行は咎められる事もなく石油穴に潜る事が出来た。
「臭うな」
「燃える水……石油の臭いか?」
カオスの呟きに信玄が答える。
「うんにゃ、魔人……いや使徒の臭いだ」
カオスは魔人を斬る剣なので、魔人やその使徒の気配には敏感だ。
そのカオスが言うのだから、確かに近くに使徒がいるのだろう。
「鬼だけでも面倒なのに、使徒の相手までするのは怠いな」
ランス達の会話に、小松が割り込んだ。
「ねえ、魔人とか使徒とかって、何の話?」
「JAPANでは魔人と魔王の事は知られていないのか?」
「そうですな、大陸に比べると、あまり知られていないかも知れません」
豊富な知識を誇る透琳が、ランスの疑問に答える。
かつてザビエルという魔人がJAPANで暴れ回ったという記録はあるが、
その詳細を知るものはほとんどいないのだという。
「大陸では、頻繁に魔人の襲撃があるのですか?」
「ランス様の周辺が特別なんですよ」
魔剣カオスを入手するきっかけとなった元魔王ジルの封印劇に始まり、
イラーピュで見た仮死状態の魔人レキシントン、そしてゼスの崩壊と再生に関わった魔人カミーラとその一派。
三年ほどの短い間にこれほどの魔人と関わったのは、歴史上でもランスくらいなものだろう。
そんなシィルの説明に、ランス以外の面子は信じられないといった様子だ。
「貴様等、俺様が魔人を何人も撃退してる事を信じてないな?」
「それも儂の力有っての事だぞい」
「黙れ、使い手が俺様だからこその戦果だろうが」
ランスとカオスの子供じみた言い争いを、蘭は呆れたように制した。
「使徒でも鬼でも何でもいいから、さっさと倒して早雲を助けに……」
「おお、そうだな、そして蘭ちゃんとエーッ……ぐふっ」
「あーあ、蘭ってば、男の人のそこは蹴り上げちゃ駄目なんだよー?」
「……とにかく先に進もう、早雲も心配だしな」
信玄の提案に、一行は足を進める事にした。
石油穴六層目。
「本当にここに早雲はいるのか?もう死んでるんじゃ……」
「早雲は死んでなんかいない!」
「そうよ、早雲様は最強の陰陽師だもの、そう簡単にやられたりしないわ」
蘭と小松に詰め寄られ、ランスは渋々前言を撤回する。
「だが、確かに人の気配はないな……」
信玄は迷宮の壁をぐるりと見渡す。
「……ここ!」
蘭は壁の一点を指し示す。
「この向こうに、早雲がいるような気がする」
蘭が指している壁に、シィルが物質調査魔法をかける。
「ランス様、この壁は他の壁と違います、最近、人為的に作られたものかと」
「そうか、仕方ない、壁を崩して向こうに行くか」
「仕方ないってどういう意味よー!」
きーきー喚く蘭をシィルに命じて壁から引き剥がさせ、ランスは信玄と小松を呼び寄せた。
「一点に攻撃を集中させる、お前等も手を貸せ」
「ああ」
「了解ー」
崩した壁の向こうにいたのは、巨大な鬼ミナモトと息も絶え絶えの早雲だった。
「早雲!」
蘭は懐の式札を取り出し、鬼を召喚してミナモトにぶつける。
「きかんなあ」
「く……っ」
逆にミナモトの爪が蘭に襲いかかる。小松の太刀がその爪を狙い軌道を逸らした隙に、
信玄が蘭を抱えてその場を離れた。ランスの目配せにシィルは戦列を離れ、倒れている早雲に駆け寄る。
「行くぜ、でかぶつ!」
透琳の弓の援護を受け、ランスはカオスを振りかざしてミナモトに向かう。
「何!?」
「どりゃああっ!」
さすがに一撃でとはいかなかったが、気を取り直した蘭の防御式紙、信玄と小松の攪乱もあって、
ほどなくミナモトは動かなくなった。
「そうだ……早雲は!」
「疲労が溜まっていますけど、ご無事です」
早雲に回復魔法を掛けていたシィルが、蘭に明るく答えた。
「ミナモトは……」
「安心して早雲、みんなで倒したわ」
早雲はゆらりと立ち上がると、倒れたミナモトの背後を指した。
「地獄の穴……は、まだ閉じてないな」
「え……っ?」
早雲の言葉に一同は振り返る。妖しい光と共に小さな穴から、新たな鬼が湧きだしていた。
「ちっ、鬼は一匹じゃなかったのかよ」
ランスは舌打ちしてカオスを構え直す。信玄と小松も刀を構え、透琳は弓に矢をつがえた。
最後の鬼をランスが斬った時、ぱあんと迷宮に柏手が響いた。
「な、何の音だ?」
「早雲が地獄の穴を閉じたのよ」
蘭の言葉の意味がわかる小松は、ふうっと息をついた。
「さっすが早雲様ね、これでもう、ここから鬼が湧く事は無いわ」
「なるほど、これが北条家当主の特殊能力か……」
信玄は感心したように呟き、その場にへたり込んだ早雲の手を取った。
「早雲」
「……君は武田家の……」
「北条家は我が武田が吸収したが、これからも各地の鬼退治は貴殿に指揮を取ってもらいたい、
陰陽師の保護・育成にも尽力しよう」
信玄の提案を早雲は黙って聞いていたが、ややあって、大きく肯いた。
「それは……むしろありがたい提案だな」
「実際こうやって鬼と対峙してみて、その危険さが解ったからな」
そう言いながら笑う信玄に、早雲も釣られて笑う。
「……その合間で構わないから、武田の天下統一にも力を貸して欲しいのだが」
「ああ、出来る限りの事はしよう」
◇◇◇
「そう言えば、使徒の気配がするとかと言ってたバカがいたが」
武田の城に戻り、首尾良く蘭を賞味してご機嫌のランスは、
自室に戻って放り出したままのカオスをぐりぐりと足で踏んだ。
「ああん、やめてやめて」
「気持ち悪い声を出すな、結局迷宮内ではそれらしい奴に会わなかったではないか」
「……あの場では言っていいものかどうか、迷ったからのう」
真調子に戻るカオスの声に、ランスは足を退かせてカオスを拾い上げた。
「どういう事だ?」
「あのぼんぼん付きの嬢ちゃん……」
「蘭か?」
「あの嬢ちゃんの中に使徒が封印されておる」
「何?」
ランスの顔も真顔になる。
「最もあの嬢ちゃん自身は気付いてはおらぬようだが……」
「……」
「今すぐどう、という事はないだろう」
「だったら気を持たせるような事を言うな!」
ランスは、ぺいっとカオスを投げ捨てた。
「ところでシィルはどうした?」
「信玄が来て、どこかに連れて行ったぞい」
「何だとー!」
その頃、信玄とシィルは城の天守閣にいた。
月明かりと淡い灯明だけが照らす部屋で、二人きり酒を酌み交わしている。
端から見ればちょっといいムードではあったが。
「魔人ザビエル……か」
「早雲さんの話では、ザビエルの四人の使徒を、四人の陰陽師が自らの体の内にそれぞれ封印したとか」
「その内の一人が、蘭……南条家の祖先だったという事だな」
ランスの留守中、カオスと早雲から魔人とその使徒の情報を得た二人は、
あえて他の者がいない場所を選んでその話をしている。ザビエルの使徒封印の事は、
北条家当主だけに語り継がれる機密事項だと聞いたからだ。
「北条家以外でザビエルの事を知るのは天志教のみ、事情を説明して協力を仰ぐべきかもしれんな」
カオスの話と早雲の話、それぞれを組み合わせてみると、
民の平安のために天下統一を為そうとしている信玄にとって、愉快ではない事態が容易に想像される。
500年前、天志教による二度目の封印を破って現れたザビエルは、
日本人を皆殺しにしようとする危険な復讐者だったという。当時の勇者によりザビエルはみたび封印されたが、
時期的には三度目の復活があってもおかしくない頃らしい。
「魔人の事を知るランスとシィル、そして魔人を斬る剣カオス、
お前達がこのタイミングでJAPANに来たのは、偶然なのか……」
信玄はくっと杯を煽った。空になった杯に、シィルが酒を注ぐ。
その杯もすぐに空けてしまうと、信玄はシィルに杯を握らせ返杯した。
「あ、勝千代さん、わたしもうお酒は……」
「そう言わずに付き合え、飲まなきゃやってられんよ」
信玄に突かれて仕方なく、シィルは金色のお酒を舐めるように飲んだ。
ふうっと息をつくと、シィルの頬が桜色に染まる。
桜色の髪、桜色の着物、そして桜色の頬。信玄は困ったように頭を掻いた。
「……参ったなあ」
「そうですね……もしもザビエルが復活するような事があったら……」
「ああ、そうじゃなくて」
「……?」
「日本人はね、桜が好きなんだ」
「桜、きれいですよね、でもいきなりどうしたのですか?」
「……何でもない、うん、何でもないんだ」