6.魔人の兆候
◇2006/07/07
翌朝、天志教へ使者を送る指示を終えた信玄の胸元を、ランスはぐいっと掴んだ。
「何だよ、いきなり」
二日酔いの残る信玄は、その手を不機嫌そうに払おうとするが、ランスは決して離さない。
「昨夜シィルに何をした!」
「大声を出さんでくれ……今の俺を見れば解るだろ、一晩中酒を飲んでたんだ」
途中逸れそうになった話題を理性で押しとどめ、信玄はシィルと夜が更けるまで話し込んだ。
信玄が主に聞きたがったのは、やはり魔人と対峙したときのことだった。
仮死状態のレキシントンとランスをよりしろに彼を復活させようと企んだ使徒アトランタ、
魔血魂に戻ったジークとやはり彼を復活させるために敵であるランス達に頭を下げた使徒オーロラ。
「魔血魂というものが残っていれば、魔人は何度でも復活すると?」
「はい、あの時はランス様がそれを止めましたけど……」
「そして、使徒は主人を復活させる事に力を注ぐ、ってことか」
蘭に封印されている使徒は、おそらく魔人ザビエルの配下だろう。
「蘭が使ったという強力な召喚、朱雀──それがおそらく使徒なのだろうな、
活性化した朱雀がザビエルを復活させる可能性は、かなり高いだろう」
「今の所は早雲さんの言いつけで、蘭さんは朱雀を使わないようにしているみたいですけど」
「朱雀を使って消耗させた方がいいのか、あるいは天志教に依頼して完全に封印させた方がいいのか……」
「なんにせよ、天志教の返事待ちですね」
「本当にそれだけか!?シィルの奴、今朝はまだ起きてこないぞ?」
「ああ、結構飲ませちゃったからなあ」
もう飲めませんと涙目のシィルに、無理矢理杯を重ねさせ酔い潰してしまったのは。
(──嫉妬、だな)
寝入ってしまったシィルをどうこうしようというほど、信玄の理性は飛んでいなかった。
寝言にランスの名が出るたび、信玄の酒量は増える。
これほどまでに慕われてなお、他の女性に目を向けるランスに対する苛立ちもあった。
「では、シィルは二日酔いで寝込んでいると?」
「多分な……俺も昼まで寝てくるわ」
ようやく力の緩んだランスの手を、必要以上に乱暴に振り払い、信玄は部屋を出て行った。
(うう……頭が痛い……気持ち悪い……)
いつもなら世話係より早く起きて身支度を整えているシィルだったが、さすがに今朝は無理だった。
世話係に声をかけられ体を起こそうとするが、景色がぐるぐると回ってそのまま布団に突っ伏してしまう。
酔い覚ましにと剥いてもらった柿をつまんで、シィルは再び布団に潜り込んだ。
(魔人ザビエル……ランス様は、また魔人と戦わなくちゃいけないのかな……)
ランスの勝利を疑うわけではない。それでも、言いしれぬ不安がシィルの心を過ぎる。
信玄に無理に勧められただけではなく、自身の不安を紛らす意味もあって、ついつい酒が過ぎてしまったのだ。
「シィル」
「……?」
シィルはぼんやりと声がする方を見た。
「ランス様……うーん……勝千代さん?」
声の感じからランスだと思ったのだが、着ている物はJAPANの和服だ。
貝に来てからそこそこ経つが、ランスが和服を着ているのは信玄と入れ替わっている時だけだった。
「どっちだと思う?」
「んっと……」
むくりと半身を起こすシィルに、大ぶりの湯飲みを寄越す。
「ほれ梅昆布茶、二日酔いにいいんだと」
「ん、おいし……ありがとうございます」
シィルは湯飲みの梅昆布茶を飲み干すと、ふうっと息をついた。
「……優しいから、勝千代さん、かなあ?」
「……」
ぽんぽんとシィルの頭を撫で、空の湯飲みを受け取る。
手を貸してシィルを横にしてから、布団をかけ直してもう一度頭を撫でた。
「昼まで寝てれば楽になるだろう、おやすみ、シィル」
「おやすみなさい、勝千代さん……」
すぐに聞こえるシィルの寝息を背に、部屋を出てふすまを閉める。
「ちぇっ、なんだよ、『優しいから』ってのは……」
シィルが空にした湯飲みの底に、ランスは小さく不満を漏らした。
◇◇◇
天志教から返事を持ってやって来たのは、大僧正性眼であった。
「これはこれは……大僧正殿自らお出で頂くとは」
「魔人ザビエルについては我らが天志教最大の存在理由だからな」
天志教。
大陸のAL教の影響を受けていないJAPANでは、最大勢力を誇る宗教組織だ。
一般には単なる信仰団体としか思われていないが、
実際は魔人ザビエルの封印と監視を目的として設立されたのだと、性眼は説明した。
性眼の説明もまた、天志教本来の目的とは異なる物であったのだが、この時代、それを知るものは居ない。
「過去、ザビエルを三度封印したのが天志教だな、そこで相談なのだが」
陰陽師を統括する早雲、魔人と対峙した経験を持つランスとシィル、魔人を斬る剣カオス、
そして信玄と性眼だけを残し人払いした座敷で、信玄は切り出した。
「魔人ザビエル復活の兆しがある、というわけだな」
「蘭……かつて使徒を封印した陰陽師の末裔が、最近、鬼とは違う種類の魔物を召喚出来るようになった」
早雲は北条家に伝わる資料から導き出した答えを、勿体ぶらず性眼に告げる。
「蘭は、その魔物を『朱雀』と呼んでいた」
「朱雀か……ザビエル配下の使徒の名は、青龍、朱雀、白虎、玄武だと、こちらの記録にも残っている」
JAPANの行く末に関わる大事ゆえ、性眼もまた包み隠さず手持ちの情報を開く。
「玄武……」
「どうした、異人のお嬢さん?」
シィルの呟きを性眼が聞き咎めた。
「あっ……その、ちょっと前の事なんですけど、異次元空間に建つJAPAN風のお城に迷い込んだ事があって」
「ああ、リズナが囚われていた……そういえばあの城を造ったのは玄武とか」
城内に残された和華人形とその元となった和華の残留思念に、魔人ザビエルの使徒玄武が、
和華を監禁しておくために作ったのがあの玄武城だと聞いた事を、ランスも思いだす。
「ザビエルに呼ばれて戦いに出た玄武が帰ってこなかった、とも言ってたぞ」
「おそらく500年前の封印の時の事だろう」
「異次元に築城するほどの魔力の持ち主……しかもそれが魔人ではなく使徒の力か……」
一同は黙りこくってしまう。静寂を破ったのは魔剣カオスだった。
「魔人には無敵結界があるはず、天志教はザビエルを封印したと言っておったが、どうやったんだ?」
「500年前の時は、聖刀日光を持った勇者がザビエルを弱らせ、
その隙をついて奴を八分割し、それぞれを八個のひよこたん瓢箪に封印したのだ」
「ひよこたん瓢箪……変な名前だなあ」
「見かけもかなり変わっているぞ」
「何だ、その瓢箪を見た事があるような口ぶりだな、信玄」
「ああ、ウチにあるからな」
「へっ?」
「天志教に認められた有力大名の証、といわれて代々伝えられているんだ」
まさか封印された魔人が入っているとは思わなかったが、と信玄は続けた。
「瓢箪は八個有るんだよな?後七個はどこにあるのだ?」
「北条でも預かっている……が」
早雲は厳しい表情になる。
「武田に吸収された際、どうなったかは解らない」
「それは拙いな」
早雲の告白に、性眼も厳しい顔をする。
「残す瓢箪は、足利、伊賀、織田、毛利、明石、そして上杉……」
「早急に北条と上杉との瓢箪を探させるか」
「残る瓢箪は天志教の方で臨時検分しよう」
後日の協議を約束し、性眼は天志教本部のあるなにわへ帰っていった。
「やはり無いか……」
早雲は北条の城に戻り、ひよこたん瓢箪を隠した場所を調べたが、そこには何もなかった。
瓢箪の存在理由を初めから知っていれば城を落とした時に確保出来たのに、とランス達は臍をかむ。
「上杉の瓢箪も無くなっていたし……ザビエルの手の者の仕業、と見ていいだろうな」
「武田の瓢箪は厳重な警備を付けさせた、後は残る瓢箪の無事を祈るだけだ」
数日後、瓢箪の検分を終えさせた性眼が、武田の城を訪れた。
「伊賀、毛利、明石の瓢箪は、ひとまずこちらで回収した」
歯切れの悪い性眼の言葉。
「……織田に向かわせた使者は帰ってこない、織田には足利の瓢箪も有る……いや、有ったはずだ」
一同に緊張が走る。
「織田家中……もしくは旧足利家中に、ザビエル復活を望む者が潜んでいる可能性が高い」
性眼に言われるまでもなく、全員がその結論に達していた。
だが、それを口にして良い物かどうか迷っていたのだ。確認を取るかのように性眼は続ける。
「北条と上杉の瓢箪を持ち去ったのもその者達だろう、どうしたものか……」
◇◇◇
「えっ、兄上が城を出られた?」
3Gの報告に、香──織田香は首を傾げる。
「ここの所、あまり体調がよろしくなかったので」
「空気の良いで静養したいとおっしゃいましてな」
「儂らが止めるのも聞かず、数人の護衛のみを連れて本能寺に向かわれたのですじゃ」
「本能寺……天志教のお寺がある所ですね」
信長は熱心な天志教信者であったとはいえない。しかし、民の心の平安を導くものとして、
それなりに敬意を払っていたはずだ。病気で弱くなった心を支えるため、信仰に頼ったのだろうか。
「兄上……」
「大丈夫ですよ、殿様はきっと良くなります」
不安そうに俯く香に、アリオスが声をかける。アリオスの慰めに、香は無理に笑顔を作って応えた。
「ありがとうございます、アリオスさん……兄上不在の間は、織田をどうかよろしくお願いしますね」