8.本能寺
◇2006/07/07
「こっちだ、魔人の臭いがプンプンするぞ!」
本能寺に潜入したランスとシィルは、カオスの誘導に従って最上階を目指す。
性眼とは本能寺手前の茶屋で落ち合う手筈になっていたが、ランス達が到着した時には既に姿がなかった。
伝令役に残されたと思われる僧兵も、大きな爪のようなもので切り裂かれ絶命していた。
「間に合うか……!」
ランスは板戸を勢いよく開けた。
「武田の……?……いや……お前達は日本人ではないな……?」
血溜まりの中に伏しているのは、大僧正性眼と変わったデザインの刀を手にした青年。
彼らを足蹴にしているのは、黒い炎を身に纏った男だった。
「お前がザビエルか!」
「いかにも……異人とはいえ、我の復讐を邪魔だてする者は容赦せぬ」
信長だった者──魔人ザビエルは、炎を揺らめかせながらランス達を見据える。
「黙れい、魔人など、儂が成敗してくれるわ!」
「それは俺様のセリフだー!」
カオスの口上にランスがむきーっと言い返す。それを、呆れたように眺めるザビエル。
偶然出来たその隙を見逃さず、ランスはカオスを振り上げた。
「隙有りっ、とーう!」
通常の武器は、魔人の身体に傷を付ける事は出来ない。
カオスを知らなかったザビエルは、ランスの攻撃を避けようとしなかった。しかしカオスは魔人を斬る剣だ。
「……っ?」
予想だにしなかった傷を付けられ、ザビエルは動揺する。
カオスによる攻撃は、肉体よりも激しくザビエルのプライドを傷つけたようだ。
「何故我の身体に傷を……小賢しい異人があっ!」
炎に包まれた拳がランスに襲いかかる。
ぎりぎりまで引きつけてからそれをかわし、ランスは再びカオスで激しく斬りつける。
新しい傷口を押さえ、ザビエルは歯ぎしりした。
「くっ……何故……何故だっ!」
「これで終わりだ、死ねえっ!」
ランスが渾身のランスアタックを叩き込もうとしたその時。
「殿様、加勢に参りました!」
本堂に走り込んできた赤毛の異人が、ザビエルとランスの間に割り込んだ。
「邪魔するな、一緒に殺すぞ!……って、アリオス!?」
闖入者にランスは踏みとどまる。アリオスも改めてランスの顔を確認し、驚く。
「ランス……何故お前がここに?」
ランスにしてみればアリオスの私怨、アリオスにしてみれば勇者の行く手を阻む極悪人討伐として、
二年ほど前剣を交えたランスとアリオス。当時まだ勇者だったアリオスの無敵属性のため、
ランスは重傷を負いながらもどうにか引き分けに持ち込んだ事があった。
「アリオス、知り合いかい?」
禍々しいオーラを押さえ、ザビエルは信長のふりをしてアリオスに問いかける。
「殿様、こいつは極悪人です!今もまた殿様の命を狙って……こいつは僕が倒します!」
「ああ、頼むよ、アリオス」
「何言ってやがる、そいつは魔人だぞ!元勇者のくせに魔人の味方をするのか!?」
アリオスとザビエルの会話に業を煮やし、ランスはカオスを構えなおした。
「魔人?何を言ってるんだ、この方は織田国主信長様じゃないか」
アリオスがまだ勇者であれば、信長を乗っ取った魔人ザビエルの気配に気付いたかも知れない。
だが、現在のアリオスは勇者の定年を過ぎた一般人だ。
「たしかにその身体は信長とやらかもしれん、だがもう、魔人ザビエルに乗っ取られてしまっているんだぞ」
「お前が武田に与しているという話は知っている、言いがかりを付けて織田を乗っ取ろうとするのか」
勘違いにつけ込んで、ザビエルは更にアリオスを焚きつける。
「アリオス、織田を守るため、その男を倒してくれるかい?」
「お任せください殿様、この男は僕が倒します」
「ああもう、この解らずやが!」
アリオスに阻まれてザビエルに切り込めないと判断したランスは、剣先をアリオスに向けた。
アリオスの背後で、ザビエルがニヤリと笑った。
幾度かの剣戟の後、床に倒れたのはアリオスだった。
「……ふん、無敵属性さえなければ、お前など俺様の敵ではないわ」
勝利をもぎ取ったものの、ランスもまた肩で息をしている。
「次はザビエル、貴様だ!」
「疲労した身体で、我を倒せるとでも思っているのか?」
ザビエルが信長の振りをやめ、本性を現す。その身を包む黒い炎は、先程よりも激しさを増していた。
(……まずいな、一撃で倒せるかどうか……)
アリオスとの戦いで消耗しているランスは、舌打ちした。
(それでもやるしか……)
ランスが最後の力を振りしぼってカオスを振り上げた、その時だった。
「隙有りー」
「な……っ!?」
いつの間にか立ち上がっていた健太郎が、背後から日光でザビエルを斬りつけた。
ザビエルの身体が、ぐらりと傾く。
「く……っ、聖刀使いめ、回復していたとは……」
ザビエルは蹌踉けながら窓辺へと移動する。
「逃がしてたまるか!」
「ふんっ!」
ザビエルを包む炎が、一段と激しさを増した。
「何っ?」
激しい炎のため、ランスも健太郎もザビエルに近づけない。
やがて窓に辿り着いたザビエルは、大きく開けた窓から身を躍らせた。
「……っ!」
「ザビエルの死体は見つからなかったか……」
焼け落ちる本能寺を見ながら、ランス達はため息をついた。
生き残っていた性眼配下の僧兵達が、窓から身を投げたザビエルの行方を必死で捜したが、
結局見つからなかったのだという。
「あそこでアリオスが乱入してこなければ、ザビエルを倒せたのに……ぐおー、むかつく!」
シィルのヒーリングを受けながら、ランスは地団駄を踏む。
「織田の客将である赤毛の異人、ってアリオスさんだったんですね」
「あの人は、美樹ちゃんを殺そうとしたひどい人だ」
「……っていうか、お前誰?」
「あ、僕は小川健太郎といいます、シィルさん、さっきはヒーリングありがとう」
健太郎は無駄に明るい笑顔でランスに自己紹介した。
「さっき……?」
「ランス様がアリオスさんと戦っていた時ですよ、性眼さんに頼まれたんです」
倒れている性眼に回復魔法を掛けようとした時、「聖刀使いの回復を優先してくれ」と言われたのだ。
「……ふーん」
ランスは何となくおもしろくなかったが、嫉妬していると思われるのもいやなので、
不機嫌そうに鼻を鳴らした他は何も言わなかった。
◇◇◇
「信長を乗っ取ったザビエルは行方不明……か」
健太郎と美樹を連れて戻ってきたランス達の話を聞いて、信玄は厳しい表情になった。
「織田にとっては、信長がやられたという程度の認識なんだろうな」
武田の客将ランスと天志教の依頼で動いていた健太郎、この二人が信長を暗殺したという噂が、
早くも織田家中に流れているらしい。
「こりゃあ、本格的に織田と交戦する事になりそうだなあ」
信玄の予想通り、『信長の弔い合戦』を掲げた織田軍の攻撃は激しくなった。
それまではザビエルの指示で足止めを目的とした散発的な攻撃だったのが、
明らかに武田を滅ぼす勢いで攻め込んでくる。
織田と同盟を組んだ浅井朝倉家、徳川家も加わり、合戦は苛烈さを極めた。
「武田領より東にあるのは、独眼流政宗が治める妖怪帝国のみ、
ここにザビエルが潜伏する事はまず無いだろう」
本能寺以降、武田の主立った武将には魔人ザビエルの話を通してある。
軍議の席で信玄はJAPANの地図を広げ、今後の策を練る。
「西にはまだ毛利や島津を初め強大な勢力が残っているが、
ザビエル探索の協力を得ようにも織田領が邪魔だな」
比較的フリーで動けた天志教も、『信長の仇』と称され今は織田領内を通る事が出来ない。
武田と連絡を取るのさえやっとといった所だ。
「織田を倒す、これは心ならずもザビエルに身体を奪われた信長公の仇討ちにも繋がる事だ」
武田織田の大合戦は、カオスと日光による傷を癒すため隠れていたザビエルの耳にも入った。
「くくっ、日本人同士が争っているのか……おもしろい」
「ザビエル様、もう一つ気になる情報が」
「なんだ?」
「リトルプリンセス様……現在の魔王様が、聖刀使いと共に武田に保護されているとの事です」
「魔王が聖刀使いと……?」
「はい、魔王様はまだ覚醒されてないご様子ですが」
「ふむ……」
煉獄の報告に、ザビエルはしばし考え込む。魔王が覚醒すれば魔人の魔血魂も活性化する。
瓢箪を割らずとも全ての力を手にする事も出来るかも知れない。
「煉獄、調査を進めよ、風は我に向いておるかも知れぬぞ」
「御意、ところで……元勇者と名乗る異人アリオスはいかが致しますか?」
「あれはまだ、我が信長であると思いこんでおるようだ、使えるなら自由に使うが良い」
◇◇◇
「シィルおねぇちゃん、これはどうするの?」
「皮を剥いたら四つに割って、先に軽く茹でておくのよ」
シィルが美樹に煮物の作り方を教えている。
「美樹ちゃんはやけにシィルに懐いているな」
「同年代の友達、ましてや美樹ちゃんが魔王だと知ってなお仲良くしてくれる人は、今までいなかったから」
仲良く料理をするシィルと美樹を、ランスと健太郎そして信玄が眺めている。
「魔王……魔王か、あんなかわいい女の子が魔王とはなあ」
覚醒する前に美樹を殺すべきだと主張したカオスだったが、周りからやいのやいの言われ、
今では美樹を護ろうとする日光に不本意ながらも同調している。
「ヒラミレモンさえあれば、覚醒を抑止出来るけどね」
それもいつまで押さえられるのか、その不安はあえて健太郎も口には出さない。
「まあ覚醒さえしなければ何の害もない、今は見守っておくのが良いだろう」
美樹への下心を慎重に隠したランスの言葉に、信玄も健太郎も黙って肯いた。
「煮物出来たよー」
「わあ、おいしそうだ、美樹ちゃんすごいや」
「シィルおねぇちゃんが丁寧に教えてくれたから」
「美樹ちゃんの手際が良いからよ、そういえばリーザスで料理屋をやってたのよね?」
嬉しそうに笑う美樹には、言い伝えられている魔王の残虐さなど欠片も感じられない。
美樹が運んできた大皿から、早速一つつまんで口に放り込むランス。
「おお、なかなか美味いぞ美樹ちゃん」
珍しく合戦のない穏やかな一日。
(この穏やかな日々を守るために)
皆と煮物をつつきながら、信玄は心の内で密かに誓う。
(魔人ザビエルを倒し、JAPANを統一する……それが俺の、戦国の世に生きる国主の最大の目標だ)
「そうだ美樹ちゃん、使徒の活動を押さえる事って出来るか?」
「……うーん」
ランスの問いに、美樹は可愛らしく首を傾げる。
「やってみないとわかんないなあ」
蘭の中に封印されている使徒朱雀。いったんは活性化したものの、
ザビエルを瀕死に追い込んだおかげか現在のところはおとなしくしているようだ。
一方的な取引だったとはいえ、抱いた女には情をかけるのがランスだ。
出来る事なら使徒を完全に封印して、蘭の憂いを無くしてやりたいと思う。
ランスはシィルと美樹を連れて蘭の私室に訪れた。
「朱雀を……押さえる事が出来るの……?」
「出来るかも知れない、だ、まあほどほどに期待しておけ」
「美樹ちゃん、頑張ってね」
「うん」
美樹は蘭の胸のあたりに手をかざす。
「使徒さん、私の声が聞こえる?」
「……っ!」
その声に応じるように、蘭の身体がビクンとはねた。シィルが慌てて蘭の身体を支える。
「あのね、この人から出てきちゃ駄目だよ」
ガクガクと大きく震える蘭の身体。蘭に向けられた美樹の瞳が、赤く光ったようにシィルには見えた。
「私の命令、聞けるよね?」
もう一度蘭の身体がはねる。そして、荒かった呼吸がゆっくりと鎮まった。
「……」
「……」
「……やった、のか?」
「うん、多分もう大丈夫、少なくともこのお姉ちゃんが生きている間は、使徒さんは動けないと思う」