武田風雲録

幸運の坩堝P

戦国ランス武田始まりif。武田信玄がランスのそっくりさんだったら。

10.西征

◇2006/07/07 

シィルが私室でかわら版を読んでいる。
「『信玄餅が東JAPANで大人気』か、すごいなあ、勝千代さん」
織田を吸収し天志教と同盟を結んだ事で、妖怪帝国を除くJAPANの東半分は、武田が掌握している。 織田と交戦中は独立勢力だった今川家の東海道、伊賀忍の大和、巫女機関の邪馬台も、交渉で同盟国とした。
西JAPANでのザビエル捜索と討伐が今後の課題ではあるが、とりあえず一息ついた所で、 貝名産としてちゃっかり信玄餅を売り込んだ信玄の手腕に、シィルは苦笑しつつも感心していた。
「ザビエル討伐でJAPANがまとまれば、勝千代さんの内政の才能が必要になるんだよね……」
「まあそうかもな」
一人だと思っていた部屋でいきなり相づちを打たれ、シィルは飛び上がらんばかりに驚いた。
「ひゃっ、勝千代さん……ううん、ランス様?」
「どっちだと思う?」
シィルの背後に立っている男は和服を着ている。以前はあまり和服を好まなかったランスだが、 合戦前後の信玄との入れ替わりや五十六を騙す為もあって、最近ではよく和服を着ていたのだ。
「ちょっと、失礼しますね」
シィルは立ち上がって男の胸に顔を寄せた。
「あっ、ランス様です、当たってますか?」
簡単に当てられてしまったランスは、ちょっと驚いたようにシィルの顔を見た。

「何で解った?」
「匂いですよ」
シィルは嬉しそうに笑って見せた。
「ランス様と勝千代さんは、見た目はほとんど同じですけど、匂いが違いますから」
「匂い……?」
ランスは自分の腕や懐を嗅いでみる。ランスは風呂から上がったばかりだ。 自分では石鹸の匂いしかしないように思える。そしてその石鹸は、信玄と同じ物を使っているはずだ。
「どんな匂いだ?」
ランスの問いに、シィルは少し迷ってから、思い切って打ち明けた。
「ん……汗と埃と……血の匂いですね」
昔、ランスに買い取られて初めて家に上がった時、家の中に充満するこの匂いを、シィルは嫌っていた。 どうにかしてこの匂いを消そうと、掃除洗濯に精を出したが、結局匂いは消えなかった。 幾度かランスと冒険に出て、ランスに好意を寄せるようになった時、 シィルはこの匂いをむしろ好ましく思うようになっていた。
「……」
(ランス様を怒らせちゃったかな……?)
正直に言いすぎてしまった事で不安そうな顔をしているシィルを、ランスはいきなり抱き寄せた。
「……!」
「そうか、お前が好きな匂いなのか」
「……ランス様の匂いだから、ですよ?」
シィルはランスの胸の中で、大きく息を吸い込んだ。微かに感じる汗と埃と血の匂い、 不快に思う人の方が多い匂いだが、戦いに身を置く者だけが持つこの匂いは、ランスにふさわしいとシィルは思う。
「……お前は日向の匂いがするな」
ランスはシィルの髪に顔を埋めた。ランスの匂いが戦いの──非日常の匂いなら、 シィルの匂いは日常の心安まる匂いだ。そこまで考えた所で、ランスは急に落ち着かない気持ちになる。
「……すまん」
「えっ?」
いきなり謝られて、シィルは訳が解らずランスの顔をじっと見た。 何故急にシィルに謝ったのか、それはランス自身にも良く解らない。

「何でもないっ」
戸惑う顔を見られたくなかったランスは、いきなりシィルを押し倒した。
「きゃんっ、ランス様いきなり……」
「がははははは、お前の好きな匂い、久しぶりに存分に嗅がせてやるわ!」
「じゃあお布団敷きますから……あっ、その前に避妊魔法を……」
五十六を妊娠させるために、常にランスに掛けていた避妊魔法は解除してあった。 呪文を唱えようとするシィルの唇を、ランスは人差し指でそっと塞ぐ。
「ランス様?」
「……シィル、お前今日、危ない日か?」
「えっと……うーん、多分大丈夫だと思いますけど」
「ではこのままゴーだ!たまにはスリルがあっていいぞー」
「ええっ、困ります、困りますよう、ランス様あ」

◇◇◇

「種子島と明石は同盟を結ぶ事を承諾しました」
種子島の丹波、明石の姫路には、ザビエルらしきものが潜伏している様子はないとの情報も入手している。
「毛利は……さすがに同盟は無理でしたな、おかげで島津にはまだ使者を送れません」
もう一つ気になる情報がある、と透琳は続けた。
「北条領の死国ですが、死国送りになった者達が決起して独立しました」
武田と北条がぶつかり合って視察が手薄になった時期を狙い、 坂本龍馬という呪い付きの若者を中心として、死国にタクガと称する国を立ち上げた。 死国を脱出した龍馬達に、同じく呪い付きの毛利元就が、毛利領だった中つ国を酔狂で与えたのだという。
「タクガ独立はザビエルの差し金なのか?」
LP年間になってそのほとんどが閉じられた地獄の穴だが、死国にはまだ大きな地獄の穴が残っている。 魔人ザビエルが鬼を味方に引き込んでいたら、かなり厳しい戦いになると予想される。
「それは無いようです、タクガの者は、安全に暮らせる土地を欲していただけのようですから」

毛利。
国主元就が呪い付きになって以降、周囲の大名家と合戦を繰り返し、急激に拡大した勢力だ。
「武田か、おもしろいのう」
東JAPANを支配した軍事大国武田からやって来た和睦の使者を、元就はそのまま帰した。 「和睦はせぬ、毛利が欲しければ攻めてこい」と伝言を持たせて。
「元就、武田と戦うのか」
使者が帰った毛利の城に、元就と三人の娘、てる、きく、ちぬが居る。
「おおう、異人の客将を迎え、あっという間にJAPANの半分を制圧した国じゃ、きっと戦いがいがあるぞ」
「タクガも実質毛利の子分だし、武田を負かせばJAPANのほとんどが手にはいるってわけだな」
「わーい、武田騎馬隊、出てくるかな?」
「てる、きく、ちぬ、お主等も戦場に立ってもらうぞ」
「元より承知、毛利の名に恥じぬ戦いをしてくれよう」
「ああ、腕が鳴るねえ」
「ちぬも頑張るのー」
(……ちぬはどこまで頑張れるか、わからないけど)
気勢を上げる元就と二人の姉に同調しながら、ちぬは心のどこかに冷めた部分を持っていた。
己の内にある異質の存在に気が付いたのはいつの事だったろう。 ウブな姉たちとは違い男遊びの派手だったちぬは、最初その存在が避妊の失敗によるものだと考えていた。 しかし、その存在は赤子などではなく、ちぬ自身を破って外に出ようとする者だと、はっきりと悟ったのは。
(いつまでも、おとたまとおねーたま達と……楽しく過ごしたかったな……)

毛利とタクガからほぼ同時に宣戦布告をされた武田は、開戦準備に追われていた。
「あっちこっち吸収して武将も増えたから、二面戦とは言えやりくりに苦労はないが」
「毛利とタクガが組織的に連携してくると、多少はきつくなるかもな」
新興勢力であるタクガの戦力は全くの不明だ。
「ランス……いや信玄公、どう攻められる?」
タクガは頭数こそ多いものの基本はゲリラ戦向きで、大規模な合戦はこれが初になるだろう。 毛利もゲリラ的な部分はあるが、尼子、大内と相対し、合戦経験も豊富と見ていいだろう。 武田にとって脅威となるのはおそらくは毛利、だがタクガも油断ならぬ相手だ。
おおよその戦力分析情報を手渡されたランスは、きっぱりと言いきった。
「俺様と女性武将が毛利担当、風林火山とその他大勢はタクガ担当、以上!」
あえて脅威である毛利に自ら立ち向かおうというランスに、 風林火山はじめ武田の武将達は賞賛のまなざしを送る。最も、ランスが毛利を選んだのは、 美人と名高い毛利三姉妹目当てでしかなかったのだが。
「さすがよのう、だがせめて風林火山の内一人はお連れくだされ」
「仕方ないな、ど・れ・に・し・よ・う・か……」
「儂が行こう」
立ち上がったのは馬場彰炎、その巨体を併走する二匹のてばさきに乗せて戦う、風林火山の『火』の男だ。 武田武人の模範とも言える彰炎は、北条攻めでランスの供をした際、その戦いぶりに感嘆していた。
「うーん、まあお前ならいいか、付いてこい」
彰炎はお世辞にも美形とは言えない風貌をしている。 三姉妹ゲットの邪魔にはならないと考えたランスは、彰炎の同行をあっさりと許可した。

◇◇◇

「うはー、いきなり元就登場かよ!」
斥候によってもたらされた情報に、ランス扮する信玄は舌打ちする。 だが、毛利三姉妹が元就と共に出陣している事で、ランスのテンションは大幅アップしていた。
「さくっと親父を殺して、三姉妹を頂くか」
「城を落とさずして毛利陥落か、さすがじゃのう!」
ランスのおおざっぱな戦略に、彰炎は豪快に笑いながら紅の大鎧を叩く。
「叩くな、中でがんがん響くんじゃー!」
「……信玄様、お気を付けくださいね」
「うむ、さっさと済ませてくる、お前は本陣で朗報を待て」
ランスは心配そうなシィルの頭をぽんぽんと叩く。そして、ランスの鎧を付けた信玄を見た。
「シィルを頼んだぞ」
「任せておけ、万が一本陣まで攻め込まれても、シィルは俺が守る」
石油穴での早雲救出行の後、ランスと信玄は何度か一緒に迷宮に潜っている。 個人戦での信玄の強さは、ランスも承知していた。だからこそ、シィルを残して合戦に出られるのだ。
「そろそろ行くぞ、てばさきひけー!」

日が暮れ合戦を終えて戻ってきたランスは、捕虜として毛利三女小早川ちぬを連れていた。
「今日は残念な事に一人しか捕まえられなかった」
本当に残念そうなランスの表情に、信玄は苦笑しシィルは頭を抱える。
「信玄たま、ちぬ、どーなるの?」
「貝にお持ち帰りだ、俺様……いや、ランスの女になるも武将として武田に仕えるも、好きにするがいい」
ランスとしては全力で前者を薦めたい所だが、まだ信玄のふりをしたままなので、そうもいかない。
「んーと、じゃー武将として働きながら、ランスたまの女になるー」
「えっ?」
「ぶっ」
「……ラッキー?」
にこにこ笑いながら即答するちぬに、ランス達は面食らう。
「でも、あんまり長くは働けないかも……」
「どういうことだ?」
「……」
相変わらず笑顔だが、ちぬはそれ以上答えない。代わりにランスの腰に下げられているカオスが口を開いた。
「メイドの嬢ちゃん、ぼんぼん付きの嬢ちゃんと同じだな」
「わあ、剣が喋ったー?」
ちぬは剣が口をきいた事に驚き、カオスを指先でつんつんと突く。
「ああん、そんな所突かれたら、儂もう」
「悶えるな!それより蘭と同じって事は……」
「嬢ちゃんの中に使徒がおるな」

「しと?ってゆーのよく解らないけど、ちぬの中に別の人がいるの、知ってたよ」
「何だって?」
「その人が出してくれーっ、てゆー声が最近どんどん大きくなってるの、多分もうすぐだと思う」
けろりとした顔で答えるちぬ。
「解ってるのか、使徒が外に出るという事は……」
「うん、ちぬ、死んじゃうね」
相変わらず笑顔のままでちぬは答える。
「だからね、それまでは信玄たまの部下としていっぱい働くから、 ランスたまにもいっぱいご奉仕するから……ちぬの事、忘れないでね?」

急いで貝の城に連れ帰ったちぬを、美樹に引き合わせる。使徒朱雀を封印した時と同じように、 魔王の力を少しだけ解放して、ちぬの中にいた魔導という名の使徒を眠らせる。
「魔導?ザビエルの使徒は、朱雀、青龍、白虎、玄武だったのではなかったか?」
「んっとね、この使徒さん、玄武って呼ばれる事もあるみたいだよ」
異次元に玄武城を作る程の魔力を持った使徒玄武。残る青龍と白虎の行方は知れないが、 朱雀と玄武、半分の使徒を削り、ザビエル戦を少しでも有利に進められるようになった事は大きな収穫だ。
「ちぬ、死ななくてもよくなったの?」
「ああ安心しろ、だからいっぱい奉仕してもらうぞ」
「うん、ちぬ頑張る!」
嬉しそうなちぬと上機嫌のランスを、ちょっぴり肩をすくめて見送ったシィルは、美樹の異変に気付いた。
「美樹ちゃん……?」
「……」
美樹の瞳がうっすらと赤く光る。
「美樹ちゃん!」
シィルの呼びかけに、美樹から禍々しい──おそらくは魔王のオーラが消え、いつもの美樹に戻る。
「あ……シィルおねぇちゃん……」
「どうしたの?大丈夫?」
「……うん、蘭お姉ちゃんの時より使徒さんが活発化してたから、ちょっと無理しちゃった」
「美樹ちゃんごめんね、魔王の力を使わせてしまって」
シィルは美樹をぎゅっと抱きしめた。
「ううん、もう大丈夫、ヒラミレモンを食べれば大丈夫だよ」