1.冒険者時代
◇2004/05/02
大陸が統一されて200年。謎多き初代シャングリラ皇帝と皇妃について、
先ほど興味深い資料が発見されたことをご存じの方も多いだろう。
宮殿の地下深くに注意深く隠された部屋には、皇妃にまつわる数々の品が納められていた。
その中に、皇妃の手によると思われる数冊の日記があり、皇帝と皇妃の生活が綴られていた。
この日記は旧魔法文字で書かれており、解読に多少の時間を費やしたものの、
判明した内容は、現存する歴史書とは違った新鮮な驚きを、我々史家に与えてくれたのだ。
ここでは、日記の内容と歴史書を照合し、皇帝と皇妃の関係から見る帝国史を、
著者なりの解釈でまとめてみたいと思う。
◇◇◇
初代シャングリラ皇帝ランス一世が、かつて冒険者であった事は、公式記録にも残されている。
初代皇帝の皇妃シィル=プラインも皇帝と共に冒険の旅に出ていた、という事も、周知の事実だ。
剣士である皇帝と、魔法使いしかも攻撃魔法も回復魔法も習得していた皇妃、という組み合わせは、
当時の冒険者としては理想的な組み合わせであったといえよう。
元々は金銭によるパートナー契約(一説には皇妃は奴隷として購入されたとも言われている)
だったようで、日記の初期には、皇帝に対する不満がいくつか見られる。
曰く『金遣いが荒い』『気分屋』『女性関係にだらしない』。
その全てが、逸話として伝えられている皇帝の若き時分の悪癖と符合する。
日記が当時の標準的な魔法言語であった旧魔法文字で綴られているのが
これらの不満を皇帝の目に触れさせないためであったとすれば、
この日記がまさしく皇妃の物であるという根拠の一つになろう。
またこの時期の日記には『(皇帝を)理解できない』という言葉も頻出しており、 現在伝えられている皇帝と皇妃の仲睦まじさからはほど遠い関係であったようだ。 最も、これだけの不満を抱えつつも離れることなく常に共にいた事実を考えると、 やはり二人の間には、単なる仕事上のパートナー以上のものがあったのかもしれない。
◇◇◇
それからしばらく日記には、冒険者としての日々が書かれている。
仕事上のちょっとした収支メモなども書き込まれており、当時の経済や風俗などを窺い知る事が出来る。
このころの日記に頻出する単語に『へんでろぱ』というものがある。どうやら当時の庶民料理らしいのだが、
現在では製法が失われており、どのようなものであるかは想像も付かない。
しかし、皇帝はことのほかこの料理を好んだらしい。
皇帝の出自ははっきりしないが、皇妃についてはある程度確認されている。
皇妃は、ゼスの高名な魔法使いの孫娘として生を受けた。
当時魔力による差別政策を敷いていたゼスに於いて、強力な魔法使いを輩出した家は
それ以前の身分にかかわらず貴族待遇を受けていた。皇妃もいわゆる良家の子女であった。
幼い頃より魔法使いとしての高い能力を有していた皇妃は、その魔力を伸ばすべく、
大切に育てられていたと推測される。「魔法使いは魔法を使わない時は息をする以外何もしない」と
揶揄されるような環境で育ったにも関わらず、皇妃は自己の向上のため修行の旅に出、
そして皇帝と出会い行動を共にするようになる。
自由都市群の名も無き家の出身であろう皇帝との生活は、お嬢様育ちの皇妃にとっては
苦労が絶えなかったのだろう。この時期の日記には、細かい愚痴もしばしば見受けられる。
こと食の問題は根が深かったらしい。
『何を作ってもまずそうに食べるだけ』との記述が続く中、仕事で立ち寄った田舎の食堂で出された 『へんでろぱ』という料理を皇帝が喜んで食べていた、と書かれている。 数日後、記憶を頼りに作ってみた『へんでろぱ』は、皇妃にとっては失敗としか思えない出来であったが、 それでも皇帝は初めて料理を褒め、残さず食べたのだという。
──今までは、作ってやっている、という奢りが私の中にあったのだろう。
初めて作ったへんでろぱは、味も変で見た目も不格好だったけど、それでも、うまいと言って
残さず食べてくれた。喜んでくれた事が何より嬉しい。今度はもっと上手に作りたい。
『嬉しい』の上に赤インクで花丸が書かれている。10代の少女らしい喜びの表現だろう。
そして、事務的なメモや愚痴で埋め尽くされていた日記が、その記述を境に大きく変わる。
◇◇◇
大陸史に初めて皇帝(当時はギルド所属の冒険者)の名が記されたのは、LP2年のリーザス解放戦線の時だ。
ヘルマンの王族が、悪意ある魔人に操られて、リーザス城に襲撃をかけたとされる事件である。
後に、皇帝がリーザス王としてヘルマンを併合した際に、その当時の公式記録を全て破棄させたため、
現在では詳細不明となっている。これは、ヘルマンの国民感情に配慮した結果であると伝えられている。
しかし、記録を破棄した際の日記には、こう書かれている。
──NEW図書館(ランス様らしいおおざっぱなネーミングだ、との注釈が付いている)の
完成に伴い、リーザス史をまとめた書をNEW図書館に移管するかどうかで、ランス様とマリス様
(訳注:リーザス筆頭侍女にして影の宰相と言われたマリス=アマリリス)の間で口論が起きていた。
マリス様は移管すべきだと主張していたが、ランス様は面倒だの一言で突っぱねる。
別にランス様が直接書物を動かすわけでもないのになぜ面倒なのか聞いてみたところ、
リーザス解放戦線の後、イラーピュ(訳注:現在の闘神都市。当時は浮遊都市であったらしい。)に飛ばされ、
リーザスが捜索隊を出した事を歴史に残したくないのだそうだ(訳注:この後何か書き込んで消した跡がある)。
結局はランス様が実力行使に出て、リーザス解放戦線とイラーピュ捜索の記録を破り捨ててしまった。
それ以外の史書は、旧図書館でマリス様が管理する事になったらしい。
この記述から、皇帝は自らの失敗を隠蔽するために記録を破棄したとも読みとれる。 しかし、イラーピュ捜索についてと思わしき消された箇所からかろうじて読みとれる『私が死んだと勘違いして』 『心配をかけてしまって申し訳なかった』等の語句から、皇妃に関わる何かを隠蔽することが 皇帝の目的であったのではないかと推測される。
一般に伝えられているリーザス解放戦線での皇帝の立場は「リーザス救国の英雄」であり、 その当時の日記にも『さすがはランス様だ』と、惜しみない賞賛の言葉が書き連ねてある。 自らを、大陸始まって以来の天才と豪語していた若き頃の皇帝が、その言葉を喜ばないはずがない。 にも関わらず記録を抹消してしまったのは、大きな疑問が残る。
そこで、当時のリーザス忍者部隊の長、見当かなみの手記を紐解いてみたい。
偽書との疑惑も多いが、正史に残せない裏歴史の参考書として、目を通している史家もいまだに多い。
見当手記には、イラーピュ捜索時に『彼女の暗殺を請け負った』と書かれている。
依頼主は書かれていないが、忍者であるかなみに暗殺任務を与えることのできる者といえば、
当時の主君であるリア=パラパラ=リーザスとみて間違いないだろう。
手記には『彼女』としか書かれていないが、捜索前にはイラーピュの詳細は知られておらず、
まさか同じ捜索隊のメンバーを暗殺するとは思えないので、おそらく目標は皇妃だと思われる。
任務に失敗してむしろほっとした、との趣旨の文の後に、皇帝に対する罵詈雑言が書き連ねてあるところから、
皇帝の介入によって皇妃暗殺に失敗したと見て良いだろう。
俗な表現をすれば、暗殺者(ここではかなみ)の手から皇帝が皇妃を守った、といったところか。
表面上は皇妃を乱暴に扱っていた(しかしその当時でも見る者が見れば不器用な愛情表現であったという)
皇帝にしてみれば、気恥ずかしい出来事であると同時に、
依頼主と思われるリアの目を逸らす意図もあったのかもしれない。
◇◇◇
──明日からヘルマン入りだ。寒いところが嫌いなランス様が、冬のヘルマンでの仕事を引き受けるなんて珍しい。 何か起こりそうな気がする。
LP3年が始まって間もない日記にはそう書かれていた。
そして確かに、この時の仕事である盗賊退治がきっかけで、
皇帝と皇妃の生活は大きく変わっていくのであった。