5.リーザス王時代04
◇2004/05/02
ゼス侵攻の前に、皇帝は何度かAL教団本部を訪れていた。
幾度かの訪問の後、当時の法王ムーラルルーの不正を暴き、これを討伐する。
それまでは皇帝の大陸統一に否定的だったAL教団も、それをきっかけに態度を軟化させた。
ここで、AL教団の協力が得られなかったとしたら、大陸統一はあと3年は遅れていただろう、と、
軍事研究家達は主張する。
◇◇◇
──志津香さん(訳注:魔法使い魔想志津香)の敵が、志津香さんに向けて挑発するような念話を送ってきた。
指向性の無い念話だったので、たまたま私もキャッチしてしまったようだ。
念のためランス様に報告に行ったら、気が向いたら決闘の観戦に行こう、とのこと。
相変わらずふざけたような態度だけど、やっぱり志津香さんの事が心配みたいだ。
ゼス侵攻が始まって間もなく、志津香とチェネザリ=ド=ラガールの一度目の決闘があった。
リーザスとは直接関係のない事件であり正史には記録が残されていないが、リーザス王即位以前より
皇帝と皇妃と親交のあった志津香が関わるため、日記にはその詳細が克明に残されている。
皇帝は皇妃と共に決闘現場に乗り込み、一対一といいつつも
ゼス四天王の一人ナギ=ス=ラガールを出してきたチェネザリのやり方に憤り、勝負を流してしまったという。
そして、改めて志津香とチェネザリとの決闘の場を設ける約束をしたらしいのだが、
代価として志津香の身体を求めたと、日記には書かれている。
──あの余計な一言さえなければ、志津香さんもランス様に素直に感謝するんだろうけど。
◇◇◇
後に魔法研究所の研究員となるパパイア=サーバーが開発したとされるピカという
強力な破壊兵器が登場したのは、ゼス侵攻も中盤に差し掛かり、首都であるゼス宮殿を守る四天王の塔に
王手をかけた頃であった。
当時主戦場からは外れていたアダムの砦を調査するため派兵された、魔王と火星大王の部隊が、
突如光に包まれ跡形もなく消滅した、それが現在語り継がれている「ピカの悲劇」だ。
建造物やゼスの一般兵をも巻き込んだピカの威力に、誰もが恐怖したという。
幸い、といっていいのか魔王だけがリーザスに帰還したので、何が起きたのかを把握する事が出来たのだが、
そうでなければ、いやが上にも恐怖は膨れあがり、ゼス侵攻ひいては大陸統一に支障が出ていたと思われる。
──簡単な偵察任務だから、と、当初アダムの砦には、美樹さん(訳注:魔王リトルプリンセスこと
来水美樹)と私の部隊が向かうはずだった。なのに直前になってランス様は、
最近挙動不審のガンジーさんの監視を指示してきた。同じゼス出身だから、というのが主な理由らしい。
いつもの気まぐれと思ってそれに従ったけど、そのおかげで命拾いする事になるとは思わなかった。
私の代わりに犠牲になった火星大王さん達には本当に申し訳ないと思う。
でも、ランス様の盾になって死ぬならともかく、あんな理不尽な死に方はやっぱりいやだ。
今回ばかりは、ランス様の気まぐれに感謝しよう。
皇帝は、戦闘については天才と言っても過言ではない勘を有していたと伝えられている。
皇妃は『いつもの気まぐれと思って』いたようだが、何か感じる所があって皇妃を偵察任務から外したというのも、
十分考えられる事だ。
皇帝は皇妃を失わずに済んだ、それだけが事実であって、後は推測でしかないのだが。
──ゼス侵攻も佳境に入ってきた。ゼスは私の出身地でもあるし、やっぱり複雑な気持ちだ。
ゼスの人達にとって、やっぱり私は、裏切り者でしかないのだと思う。
たとえ私の家が戦火を免れていたとしても、きっと二度と帰る事は出来ないだろう。
もう、私には帰る所なんて無いんだなあと、うっかりランス様の前で泣いてしまった。
やっぱり怒られたけれど、その後、私の帰る場所はランス様の居る場所だと、確かにランス様は言った。
今はその言葉だけを信じて、ランス様に付いて行こう。
そんな皇妃の胸中を知ってか知らずか、ゼス侵攻時、皇妃の出撃回数は極端に少なかった。 皇妃を戦場に同行する事に拘った皇帝だが、再びピカを使用される事を恐れていたのかも知れない。
◇◇◇
「ピカの悲劇」の直後ガンジーは身分を明かし、皇帝への協力を改めて申し出たとされる。
それによって四天王の塔に張られた強力な結界は解かれ、ゼス侵攻は怒濤の勢いで進展する。
そして、ナギの塔攻略時、志津香はチェネザリに一騎打ちを申し出、念願の敵討ちを果たした。
しかし、ナギの申し入れにより、皇帝は志津香を解雇しナギを軍に加える事になる。
この時もやはり皇妃は同行しておらず、後に皇帝から聞いたと日記には書かれている。
残る四天王も順次陥落しゼス宮殿を接収したことで、人類領統一は果たされた。
そしてその後、ほんのわずかな休息期間をおいただけで、皇帝は魔人領の平定に乗り出す事になる。
◇◇◇
──サバサバにある「サクラ&パスタ」は、ゼスのみならず大陸中の誰もが知っている有名なレストランだ。
ランス様は料理に満足したのはもちろん、料理長のマルチナさん
(食の女王と伝えられているマルチナ=カレー)のこともたいそう気に入ったらしく、
一夜の権利をかけて料理勝負をすると、とんでもない事を言い出した。マルチナさんの料理が大陸一なのは、
誰もが知っている。なのに勝負なんて対戦相手がかわいそうと思っていたら、私が指名されてしまった。
自分では会心の出来だと思ったけど、やっぱりマルチナさんにはかなわない。
対戦後マルチナさんが、味付けがちょっと一般的じゃなかったかも、とこっそり教えてくれた。
この頃の皇妃は決して料理が下手だったわけではないようだが、
どうしても皇帝好みの料理・味付けに偏ってしまうらしく、皇帝と嗜好の似ている者以外には、
必ずしも好評ではなかったと言われている。
皇帝にしてみれば最も美味な料理なのだろうが、まあ普通に美味しい、といった程度だったようだ。
端から見れば、それこそ「ごちそうさま」といったところか。