6.リーザス王時代05
◇2004/05/02
現在も魔王の側近として人類と友好関係を保っている魔人ホーネット。
ホーネット率いる魔王派と、魔人ケイブリス率いる反魔王派の対立が激化したのは、
皇帝が人類領統一を成した頃だった。
魔王の身柄を保護していた皇帝が反魔王派と衝突するのは、必然であったといえよう。
当初反魔王派はリーザス領内で散発的な攻撃を繰り返していたが、
皇帝が魔人領侵攻に着手した事で、戦場はリーザスから魔人領へと移っていく。
──全ての人類領、そして、魔王城以外の魔人領は全てランス様の支配下にある。
後は反魔王派の筆頭、ケイブリスとその軍勢を残すだけだった。
そして今日、とうとうランス様はケイブリスにとどめをさしてしまった。
喜び集まる兵士を振り切って、後方に待機していた私に、どうだ俺様はすごいだろう、と胸を張った。
それがまるで冒険者だった時の任務達成時と同じような口調だったのが、ちょっとだけおかしかった。
でも、本当にすごい事をやってしまったんだ。ランス様はやっぱりすごい。
この日の日記は、最後の方はインクが擦れ文字が隣のページに転写されており、
よっぽど慌てて書いたように見受けられる。
皇帝のハーレムには多数の美女が名を連ねており、皇妃が呼ばれる事は月に一度あるか無いかだったと
言われているが、記念すべきこの夜、やはり皇帝は皇妃を呼び、喜びを分かち合ったのだろう。
◇◇◇
その後、謎の地震とエンジェルナイトと思わしき軍勢により、大陸のいくつかの都市は壊滅的な打撃を受ける。
そして「空白の一週間」と呼ばれる、どの歴史書にも記述されていない一週間を経て、
大陸は、永き平和の時を迎える事になる。
皇妃の日記が発見された際、学者達の関心の的は「空白の一週間」についての記述であった。
しかし、やはり数ページが破り取られているのだ。事実を見てきたはずの魔人達でさえ、
この件について口を開く事はない。
オカルティックな史観を持つある一派は、皇帝が神と対決したと主張するが、根拠となる物は何もない。
──ランス様に一生付いていきます、と、何度言ったか解らない。
でも一度だけ、本当に付いてくる覚悟があるのか、とランス様は真顔で言った。
もちろんだと答えると、神にさえ喧嘩を売るかもしれんぞ、と言う。
それでも、私はどこまでもいつまでも、ランス様の側にいたい。例え世界中を敵に回しても。
◇◇◇
──昨日はランス様の誕生会が盛大に行われた。堂々とランス様の隣にいられるリア様が羨ましい。
LP5年1月5日、皇帝の誕生日。日記には何も書かれていない。
──隅っこの方でマリアさん達と、林檎酒をやたらと飲んでいたような気がする。
でもその後の記憶がない。気が付いた時にはもう今朝になっていて、自分の部屋で寝ていた。
しかも、隣にはランス様がいた。その上、体中アザだらけになっていて、
ところどころ血が滲んでたりもしたので驚いてしまった。しばらく大風呂には行けそうもない。
アザを付けたのはランス様らしい。何か怒らせるような事をしてしまったのか、
と聞いても何も答えてくれない。一体何があったんだろう。心配だ。
ランス様を好きでいる事が辛い、苦しい、という話を、マリアさん達としていた記憶はある。
嫌いになれたらどんなに楽だろう、なんて事も言ったと思う。まさかそれを本人の前でも言ってしまったのか。
アザを付けた事を謝るつもりはない、とランス様は言った。私が望んだからやったのだとも。
それでも、今日一日、ランス様は優しかった。心でも体でも、私が本当に弱ってる時は、いつも優しい。
だからやっぱり、辛くても苦しくても寂しくても、ランス様を嫌いになる事なんてできない。
この跡は数日消えなかったようで、その後の日記にも何度か出てくる。
──まだ消えてくれないアザを隠すため、長袖でスカートの長いワンピースを着ていたのだけど、 ミリさんに見つかってからかわれてしまった。首のアザは隠しようがないからなあ。
日記では『アザ』と表記されているものの、経験のある者には一目瞭然だったようだ。
そして同年の皇妃の誕生日。
──朝一番に、ランス様がプレゼントをくれた。金色の古い指輪。 呪い封じの効果がある、貴重なアイテムなのだそうだ。でもそんなことより、 ランス様がくれた物だという事が、私は嬉しい。しかも、おそろいの指輪をランス様も付けている。
この日の御前会議で、皇帝はリーザス王退位を宣言する。
あまりにも突然の話で、常に冷静なマリスが人前で最も狼狽した日だと、リーザス史には残されている。
さらに統一以前の国境通りに、リーザス、ヘルマン、ゼス、JAPAN、魔人領、自由都市連合の独立を指示。
各国の主権をそれぞれ、リア、パットン、ガンジー、五十六、ホーネット、エレノアに一任。
皇帝自身はシャングリラに移り、統一シャングリラ帝国初代皇帝として大陸に君臨する事となる。
──指輪をはめてくれながら、リア様とは別れる、とランス様は言った。
王様をやめてしまうのか、と言ったら、王様じゃなくかったら嫌いになるのかと、逆に聞かれてしまった。
◇◇◇
宣言から実際の退位までの半年間、皇帝の毎日はなかなか多忙であったようだ。 軍事以外の政治に無関心だった皇帝だが、この時期に限っては、かなり積極的に動いていた。
リーザス軍は一時解体され、各部隊の将兵は、各自の希望に添って、皇帝直属のシャングリラ軍・
新生リーザス軍・各出身国の軍に復役したり、あるいは退役して新しい人生を歩んだりした。
そして、大陸の戦力地図はほどよくバランスが取れ、現在に至る。
各国間の諍いは基本的にはそれぞれで収めるものとし、
第三国に飛び火した場合のみシャングリラ軍が介入する事になった。
政治的にも各国の立場は平等とされ、その上にシャングリラ帝国が位置づけられた。
それまで、独裁に近い立場だったリーザスの一部の官僚からは不満が多く出たが、
それらは全て、皇帝の心情悪化を懸念するマリスや軍部により押さえられたようだ。
それ以外の国では、人間である皇帝に支配される事を嫌った魔人(現在記録は残されていない)と
旧体制で特権階級であった者達による造反が少々あったものの、
統一以前より一般国民の生活が向上したこともあり、この新体制はおおむね好評であったようだ。
──政治って難しい。ランス様の人望と、周りの皆さんの手助けがあるからこそ、 私でも何とかやりくりできている感じだ。
帝国樹立への準備期間とも言えるこの半年間、皇妃は、マリスやホーネットに教えを請い、
政治的感覚を身につけたようだ。それでも、皇妃の政治能力は決して高いとは言えなかった。
冷酷になりきれない皇妃は、時に曖昧な判断で混乱の種を蒔いてしまい
皇帝が軍を持って解決した事もあった。逆に、皇帝が独断で進めた政策に対して挙がった不平を
皇妃がとりなし穏便に収めた事も何度かあった。
それは、互いの足りない部分を補い合って任務を遂行した冒険者時代と同じ構図であった。
大陸の覇者となってもなお、皇帝と皇妃の関係は変わらなかったのである。