始まりの記憶
ランスVIシィルSPイベントより『もっとロマンチックな思い出』。◇2004/09/21 R6
気が付いた時には、薄暗い部屋で鎖に繋がれていた。
それまでの事は、頭の中に霧がかかったようにはっきり覚えていなかった。ただ、ものすごく怖かったという記憶だけ。
「おっ、この娘に目を付けたのかい、あんたも」
奴隷商人の一人が、戦士らしい男と一緒に部屋に入ってきた。私を見て、なにやら下卑た評を交わしている。
「こっそりさわるだけだぞ、団長には内緒だぜ」
奴隷商人が背後から私を抱え上げる。下着を付けていない下半身に男が顔を寄せてきた。
「……っ……」
何故私がこんな目に遭っているのだろう、怖くて気持ち悪くて……でも、もう全てがどうでも良いような気もして。
ただ、男のなすがままになっていた。
それからしばらくして。
「この女はもらっていくぞ!」
あの時の男が、上機嫌で現れた。
「あんたすげえな、本当にこの娘を買い取る金を作ってくるなんてさ」
「がはははは、俺様はやると決めた事は必ず実行するのだ」
どうやら、この男が私を買い取る事になったらしい。
誰に買われたって結局は同じ、ゼスの二級市民の女性が、奴隷として買われた先でどんな目になっているかなんて、
子供だった私でも知っている。
これはきっと神様の与えた罰。魔法が使えるくらいで特権階級に座ってきた、魔法使いの一人である私への罰。
「この呪文を唱えれば良いんだな?」
「ああ、それで絶対服従の魔法が完成する」
男は、耳元で囁くように紙に書かれた呪文を詠唱する。そして最後に。
「俺様の名前はランス、これからは俺様がお前のご主人様だ、いいな?シィル・プライン」
「はい……ランス様」
繋がれていた鎖が外され、代わりに絶対服従の魔法が私の心と体を縛る。
「へえ、そんな声してたんだな」
男──ランスは、私の手を取って立ち上がらせた。
外に出ると、陽の光がやけに眩しい。長い事暗い部屋にいたせいなのだろうけれど、
奴隷となった私が責められているような気もして、哀しくなる。けれど、涙は出なかった。
「ゼスのお嬢様って言ってたな、どうして奴隷商人に売られていたんだ?」
ランスが住んでいるというアイスの街に向かう途中、ランスはいきなり話しかけてきた。
「……覚えていません」
「あ?覚えてないって、お前……」
実際覚えていないのだからしょうがない。たぶん、思い出したくもないような理由だったのだろう。
「……まあ、どうでもいいけどさ」
ふと、ランスは立ち止まった。そっと周囲に目を配る。
「……?」
「……シィル、俺から離れるんじゃねえぞ」
右手で私の腰をしっかり抱いて、ランスは腰の剣に手をかける。いつの間にか、数人の野盗に囲まれていたようだ。
「いい女連れてるじゃないか、なあ?兄ちゃん」
「ちょっくら俺たちにも回してくれよ」
どきん。胸の鼓動が早くなる。こんな事が前にもあったような……?
「断る!これは俺の女だ、お前らなんかに触らせてたまるか」
そっとランスの顔を見上げる。私が見た事のある、いやらしそうなにやけ顔じゃない、戦う男の表情だった。
「生意気な、たたんじまえ!」
野盗が手にした武器を振りかざし、私たちに飛びかかってきた。
「っ!」
恐ろしさに、私はぎゅっと目を閉じる。肉を断つ音、生暖かい飛沫。ランスが私を抱く腕に力が入る。
「こいつ……強え!」
目を開けた時、そこに立っていたのは、私と返り血に濡れたランスだけだった。
「あ……」
「大丈夫か、怪我はしてないな?」
「は……い……」
「そうか、良かった、……っ!」
倒れている野盗の一人が、最期の力で私に向かって短剣を投げてきた。
「きゃ……」
「くっ」
私の胸をめがけていた短剣は、ランスの腕に刺さっていた。
「あ……」
「ふん、つまらん事しやがって」
ランスは短剣を抜いて地面に投げ捨てた。返り血ではない鮮血が、たらりと流れる。
「あ、あの……っ」
「ああ、大丈夫だこのくらい、すぐ治る……シィル?」
「い……いたいのいたいの……とんでけ……っ」
ランスの傷口に回復魔法を唱えながら、自分の躰が震えているのがわかる。
もっと集中しなくちゃ治らない、頭ではわかっていても、躰が言う事を聞かない。
「いたいのいたいの……っ?」
ランスが怪我をしていない方の手で私の頭を撫でている。その温かさに安心して、不思議と躰の震えが収まる。
「……とんでけぇっ!」
傷跡がきれいに消えたのを確認し、私はほっとため息をついた。ランスはそっと私を抱きしめた。
「ありがとな、シィル」
「う……ひっく……」
「おい……どうした?もう大丈夫だぞ?」
広い胸に頭を押しつけ泣き出してしまった私に、ランスは慌てている。
「わ、私……うう……」
そう、思い出してしまった。
魔法学校に入学するため、生まれた町から学校のある都会へと向かう途中。
今のように野盗に襲われ……ただ一人生き残った私は、奴隷商人に売られたのだった。
「……そうか」
私の話を聞いて、ランスはもう一度ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた。
「でももう大丈夫だ、これからは俺がお前を守ってやる」
「ランス様……」
「高い金払って買ったんだからな、他の男には指一本触れさせない、だからもう泣くんじゃない」
乱暴な言葉とは裏腹に。
優しく唇を重ねられて、溢れそうになる涙を私は必死に堪えていた。