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短編物語 井戸の話

「よお。なぁあんた、ちょっと時間良いか? ん、オーケーオーケー、余裕なんだな。じゃあ少し俺の話を聞いてくれよ。
いやそこにある井戸の話なんだけどな。一応、この旅館全部にも関わる話だ。そういや、あんたも知ってるかも知れな
いな。いや、知ってたら悪い。とりあえず聞き流しといてくれ。さて、昔々ある所に一人の女が住んでいました。ははは、
つってもそれほど昔でもねえし、そのある所ってのはこの旅館なんだけど。この旅館、昔はただの民家だったんだよ。
いや、ただのってのもおかしいな。こんなにでけえんだし、けっこう良い感じの家だったらしい。話がぶっ飛んだな。早く
始めろってんだよな。悪い悪い。ああっと、それで、ここに一人の女が住んでたんだよ。家の門限やら何やらが厳しくて
な、女はすげえ箱入り娘状態だった。飯の作法から友人との付き合い方に至るまで全部、親や教育係に躾けられてた
んだよ。まあ普通ならぐれるわな。少なくとも俺なら三日で放り出すね。でもその女はそんな生活にこれっぽっちの不満
も持ってなかった。何でだろうな。これ、俺が最初にこの話聞いた時おかしいと思ったんだよな。いや、まあ良い。そん
で、女はただただ親に言われるままに生活してたんだけどよ、ある時、隣のアパートに一人の男が引っ越してくる。そい
つがまた変わった奴でさ。親に金ももらわずに自分でバイトしまくって、何とか金貯めて生活してたらしい。ま、女とは正
反対の人間って奴だな。それで、ほら、勘づくだろ? ここまで言われれば。よくある話さ。自分とは全然違う人間を好
きになるってな。かくして二人は両思いになりましたとさ。はい。……つって終わったらクソつまんねえ話だよな。そう簡
単には上手くいかねえ。女の親がそんなもん許すわけがねえだろぉー? めちゃめちゃ厳しい家だって言ってんのに
さ。いやしかもな、予想を上回るほどに頭いかれてたんだよな、この親が。邪魔な男は排除しちまおう、て事で。二人が
愛し合ってるって事を知った次の日の夜中に男が住んでるアパートをぶっ潰しちまったんだってよ。男ごとな。幸いなの
かどうかは知らねえが、すげえさびれ具合だったそのアパートに住んでるのはその男だけだったから良かったんだけど
なあ。しかししかし、だ。その男は死ななかった。ギリギリのとこで生きてたんだよ。片腕はなくしちまったんだけどな。
さ、良かった良かった。生きてて良かった。で終わるわけはねえな。復讐さ。一夜の恐怖体験で男もどっかおかしくなっ
ちまったってのもあるらしい。男は、女とその親がグルだって思いこんじまったんだ。そこでさあ大変だ。男は深夜、病
院を抜け出し、その足で女が住む、この旅館へと向かった。窓を割って侵入し、とりあえず見つけた従者やら家政婦や
らまあその辺をみんな刺し殺した。次に女の親父、母親も見つけて殺す。最後は、自分が愛した女だ。男は女を見つけ
た。当然女は命乞いをする。しかし、その言葉の途中で男は女を刺し殺しちまった。そんで、女がもう助からないってと
こで、女は無実だって事に気づいたんだから、男のショックったらねえよな。そりゃあそりゃあショックさ。そして愛する女
と一緒に死のうとしたんだろう。男は今もそこに残ってる井戸へと向かい、散々涙を流した後、その中に飛び込んだ。男
は即死だ。次の日、井戸の中からは一組の男女の遺体が発見された。いやいや屋敷の中にはその何倍もの死体が
残されてたんだけどな。そこは置いとくとしようぜ。で、だ。その後ここにはこの旅館が建設された。この話も封印されて
な。しかし、見りゃわかるが、そこでこの話が丸く収まるわけがねえ。男のな、幽霊が出るようになったんだってよ。それ
もただの幽霊じゃねえ。悪霊。大悪霊だ。井戸に近づく人間を片っ端から呪い殺したらしい。旅館と井戸とは少し離れ
てるから建設中に死人が出る事はなかったらしいんだが。男も、女との二人きりの場所を邪魔されたくなかったのかね
え。しかしそのおかげで旅館の運営はめちゃくちゃだ。噂はたちまち広がり、それと同じくして、さっきの話もばっと広ま
った。客なんて来るわけがねえよなあ。経営は成り立たなくなり、やむなく旅館は閉鎖だ。ぶっ潰れちまった。それが何
年前の事だったかなあ。今じゃ、こんな廃墟になっちまってる。以上、おしまいだ。この建物が廃墟になった経緯でし
た。聞いてくれてあんがとなあんた。さて、と。そんで俺もここに肝試しに来たクチなんだけどよ。俺の友達、知らねえ
か? さっき井戸の方に行ったっきり戻ってこねえんだ。今の話もあるからちょっとずつ俺も不安になってきてよぉ。あ
んた向こうで誰か見なかったか? いや、あんた井戸の方から来たんだろ? そっちから歩いてきたし。ああ、見てない
なら良いんだ。仕方ねえ。そうだな。俺がちょっと行って探してくるか。はは、いや全く困るよな。俺の事も考えろっつー
のあいつ。あー、そういやあんたも肝試しか? 一人で? 連れは? いやぁ………勇気あんなあ。さすがに俺も一人
じゃここには来れねえよ。………と、あんた、よく見たら、左手がねえのか?」



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