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短編物語 七月二十四日、樹海にて。

 今、どうして私がここ、樹海を歩いているのかと問われれば、自殺を決意したからだと答えられよう。
 背負うリュックサックにはロープ……などは入っていない。あるのは薬が一杯に詰まったビン一つだけ。首吊り自殺は
とても辛い物だと聞く。これ以上辛いのは嫌だ。どうせなら、最後ぐらい安らかに、睡眠薬での死を私は選びたい。
 思えば、私の人生は孤独なだけだった。
 学生時代も社会に出た後も、大した友人はいなかった。かといって、まともに付き合った女性もいない。私の努力次
第でそれらは簡単に得られたのかもしれないが、しかし、そのような気分になった事は一度もなかった。
 私と、周りの人間とでは、感性が違うのだ。彼らが笑いあっている時でも、私だけが輪の外側にいた。彼らの笑いに
ついていく事がどうしてもできなかったのだ。何故笑っているのかが私だけ理解できない。
 それだけではない。喜怒哀楽。どの感情も彼らと共有できない。彼らが笑っている時に私が笑えないのと同様に、彼
らが怒っている時には私は怒りを感じないし、悲しんでいる時も私の目から涙は流れない。
 あぁ、この場所は私が生きる世界ではないんだな。
 そう悟った。
 決意の瞬間であった。
 未練などないし、死に対する恐怖もない。だが幸せそうな彼らに迷惑をかけるのも気が引ける。だからこそ、樹海に
来たのだ。
 全ての準備は済んでいる。
 こんな私を止めようとしているのか、森の奥に進むにつれ、自殺防止の看板が多く見られる。
 例えば先程見た看板はこれ。

『引き返せ! あなたの家族はいつでもあなたを待っています! 今ならまだ大丈夫! 生まれ変わろう!』

 元より私に姉弟はないし、配偶者もいない。先日、両親も共に事故死した。家族が私を待っているというのならそこは
死の先にあるだろう。
 歩を進めていると、また看板が見えてきた。

『引き返せ! あなたの友人はいつでもあなたを待っています! 今ならまだ大丈夫! 生まれ変わろう!』

 友人などいない。私の生きてきた中でそのような存在は一人たりとも出来た覚えがない。誰が私を待っているというの
だ。このような文句も、少しは考えてから物を言え。
 さらに、右手に看板が現れた。量を用意しても意味などないというのに。

『引き返せ! 見知らぬ誰かがいつでもあなたを待っています! 今ならまだ大丈夫! 生まれ変わろう!』

 宣言する必要もないほどわかりきった事だが、見知らぬ誰かが私を待っているはずがないだろう。それに、見ず知ら
ずの人間に帰りを迎えられても全く嬉しくなどない。苦し紛れにも程がある。下手な鉄砲は数を撃っても当たらないの
だ。
 だというのに、看板はまたも私の目の前に現れる。もはや呆れるしかない。いや、逆に好奇心が刺激されるか。同じ
文体でどれほどまでにこれを続けられるのだろう、と。さすがに先程の物でネタ切れのようには思うが。
 私はそこに書かれたみすぼらしい文字に目をやった。

『引き返せ! ミポロブア星人はいつでもあなたを待っています! 今ならまだ大丈夫! 生まれ変わろう!』

 何だこれは。………いや、先程と違う点が一つ。文章がまだ続いているな。

『あなたは実はミポロブア星人だったのです! このような薄汚れた星で命を絶つ事などありません! さぁ、ミポロブア
星へ帰りましょう!』
 
 私の頭に衝撃が走った。
 一目見た時は冗談かと思ったが、よくよく考えてみれば、そうか。私はミポロブア星人だったのだ!
 今までの人生全てに説明がつく。
 どうして私は孤独を感じていたのか。私の居場所は本当にここではなかったからだ。私はミポロブア星人。私がいる
べきなのは地球ではなく、ミポロブア星だったのだ……!!
 霧が晴れる。辺りが光に包まれる。上空に浮かぶ円盤型の物体(名をユボルファドメントスという)の中からは他のミ
ポロブア星人達が私に向かって手を振っている! 
 今までの看板は全て彼らが設置した物か。成程。ミポロブア星には本当の私の家族がいるし友人もいる。見知らぬ
誰かも、地球に置き去りにされた私を待っているのだ!
 私は自殺をする必要などない。そう。これは生まれ変わり。今、私は本当の自分へと生まれ変わるのだ。
 さよなら地球。私は自分の星へ帰るよ。
 ミポロブア語で言うと、『アニャロンポテポテ。テラッチョキナアダボロンカチュ』だったかな? はは。




『―――――近くの国道を自動二輪車で走行していたAさんの証言では、樹海上空に出現した光の玉は一分も経たな
い内に消滅してしまったようです。また、警察の調べでは、出現地帯周辺に男性の物と思われる衣服とリュクサックが
残されており、リュックサックの中から大量の睡眠薬が見つかったため、男性は自殺をするために樹海へ向かった物と
思われます。しかし、その男性の遺体は見つかっておらず、また、現場からは謎の言葉が書かれたメモも発見されたと
いう情報も入っています。このメモの内容が東京各地で起きた大量失踪事件の現場で残されていた物と酷似していた
事から、警察は事件に何らかの関連があるとみて―――――』



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