走る右手を伸ばす




追いつけない晴天

晴耕雨読の生活に不満は無い。地を耕すのは生きていく為(死なないため)。書を読むのは欲を満たす為(退屈で死なないため)。
収穫した人参は今年初めて作ったもので、要領がわからずにひょろひょろだった。それでも一人の食卓には十分な量。粥にぶち込めば上等。火が通りきる前に椀に注いだ。腹が膨れればそれでいいのだ。
「いいもの食ってるね、」
開け放していた戸口に見たことも無い男が立っていた。耳と手が長い。
「よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
聞いてはみたがその男は首を横に振って、ただ私を見ていた。男から目をそらし、粥をすする。
鍋にはまだ半分ほど粥が残っていたが、それ以上食べる気も起こらなかったので椀を置いた。鍋に蓋をする。晩に温めなおそう。洗い物もあとにしようか。
「どいていください」
晴天。今日は耕す日だ。外へ出て、明日の腹の足しを作らなければならない。田の草取りもしよう。
「なにをするんだ?」
「世話をしてやらねば、作物は死にます。」
見てもいいかと言うので、いいと答えた。

雨。食事をするのも億劫で、寝て起きた姿のままぱらぱら書を読んでいた。文机に左肘をつき、足も崩している。
「あいすみません」
「どうされました」
びしょ濡れの男が戸口に立っていた。
「閉めてくださいね」
勝手に上がりこんできた男は後ろ手に引き戸を閉める。靴を脱ぎ板間まで上がって来た。目の前から書と私の顔とを覗いた。
「黴びちまうんじゃないのかい」
「きちんと管理しています。」
天気のせいでパリッとしない書を巻いて机の端に置いた。
「何用ですか」
「違う、紙じゃなくてあんたがってこと。」
頭やら袖やらから雫をポタポタ垂れ流し、私の家を水没させながら。男はニヤニヤ笑いながら質問をかわす。 嗚呼、この人は床を拭いて帰ってくれるだろうか。床はどんどん濡れていく。
「黴て腐って、土に還るのかい?あんたは。」
言った男は急に立ち上がって、着物の裾を絞り始めた。
「世話してやらないと、死んじまいそうだぜ」
一緒に来いと言い残して、強くなった雨の中を男は帰って行った。まるで春の日差しの中を散歩しているかのように、ゆるりと歩く後姿を見た。
「閉めてくださいよ、」
つ、と水が流れて、足が濡れる







あの空の向こうには無限の宇宙が広がっているそれはとても恐ろしい所だから人々は有限な大地にしがみついている
私的水魚 水=劉備 魚=孔明 三顧の礼二日目