使用例版権物



13 Go Go Go * 雪中行軍 [GW:イチニ]

「ったりーんだよ〜」
男子更衣室。思春期の男たちの話題は専ら、これから行なわれるマラソンに対する愚痴だった。
「そうか?講義に比べりゃ何倍もマシだぜ。」
この場に似つかわしくない、長いみつ編みが揺れている。
「デュオが運動バカだからだろうが」
「バカってなんだよバカって」
チャイムが鳴って授業が始まった。グズグズしていた数名(含デュオ)は運動場までウォーミングアップすることになる。

集合の合図に従って整列。集団走、準備運動。列を乱さぬようにと、まるで軍を思わせる動きで授業が進んでいく。個人での活動を鍛えられてきたデュオにとって、その動きは面倒でもあり、面白くもあった。ヒイロはどう思っているのかわからないが、とりあえず教師の指示に従ってきちんと授業を受けている。相変わらずの仏頂面ではあるが。
一通り基本の動きが終わって、マラソンに入る。雪が、ちらりと舞っていた。
「いっちばーん!」
皆なかなかスタートラインに近づこうとしない中、デュオはおどけるようにそのラインの上にたった。走る距離は一歩でも短い方が良いに決まっている。文句ばかりの馬鹿連中を振り返ろうとした時、真横にヒイロがいる事に気付いた。
「お、やっぱお前だな。」
「………」
ヒイロの反応は無い。そんな事にかまう事無いデュオは、そのまま更に一人言葉を続けようとしたのだが
「おい、お前ら」
教師の声がかかる。背後からジャージの襟を掴まれ、後ろへと引きずられた。デュオとヒイロの二人。
「二人は20分遅れでスタートな。」
その教師はサラリと言って去っていった。他の生徒をスタートさせる。
「ちょっとまてぇ!オレ、一番にゴールする予定だったのに!!」
デュオは思わず叫んだ。
隣には過去5回、一位をキープし続けている男。
「…今まで、お前が一位になったことは一度も無い。」
「ヒイロがバケモンだからだろっ。」
「…………」
二人とも一般からすればバケモノ並である。故の時間差スタートだろう。デュオがなんのかんのと言っている間に、20分がすぎた。二人がスタート。

雪が降るほどであるから、もちろん空気は冷たい。息を吸うのもいやなほどに。顔と、手との露出した部分は冷たすぎて痛く感じるほどだった。それでも、二人は軽快に飛ばしていた。デュオは鼻歌まで歌っている。
「〜♪なぁなぁ!これって本当の雪なんだよなー、すごいぜ!!」
童謡に謡われる犬とはこいつの事だろう。そう思いながらヒイロは空気よりも冷たい一瞥をくれてやった。いつの間にか、雪が強くなっている。
「こいつら、人間が何にもしなくても振ってくるんだろ。信じらんねぇ!」
デュオはわざわざヒイロを振り返り、後ろ向きに走りながら大げさに言った。雪なら先日も降り、とけ残った物がちらほらと日陰に残っている。それでもまだデュオは雪が物珍しいようだ。
「黙れ。」
ちえ、デュオは呟いて進行方向に向き直った。それでもはしゃぎようは変わらない。いつもよりは少し早いペースで走りつづけていた。
しばらくの間、耳につくのは二人の足音と息遣いだけだった。ヒイロの目の前で、みつ編みが揺れている。手を伸ばして、掴む。
「!?ってーー!」
バランスを崩したデュオだが、どうにか持ちこたえる。引っ張られた後頭部を手で押さえ、振り返った。
「なんだよっ!」
膨れっ面である。ヒイロはかまわず近寄ると、触れるか触れないか程のキスをした。そ知らぬ顔で再び走り始める。
「一番になるのではなかったのか」
デュオは我に返ると、ヒイロの後を追った。クラスメイトたちはまだかなり前方にいるのだろうが、追い越すべき人間は目の前に見えている。

「っくしょー!」
結局、一位はヒイロだった。息が上がったままのデュオは編んだ髪が乱れることも気にせずに、頭を掻き毟っている。ヒイロはストレッチなどしながらそんなデュオを見ていた。
「なんだったんだよ!?」
それだけで通じる事を、喜ぶべきか悲しむべきか。
「雪は、勝手に降る。それと同じだ。」
理解に数秒を要した。
「ワガママ」
ヒイロは応えず、更衣室へ向かう。地面には薄く雪が積もっていた。



14 内部凍結 [GW:イチニ]

珍しい。稀有である。希少価値のある。
寧ろ珍妙である。
珍しい事に、その日、デュオは酒でも飲まないかと誘われたのだ。
目下懸想中の同僚、ヒイロから。
「今夜暇か」
デュオはもちろん暇だと答えた。ならば酒に付き合えと言うヒイロ。一も二もなく承諾する。
それから就業時間を終えるまで、自分が何をしていたのか、デュオは覚えていない。いつもならやる気の起きないデスクワークを上の空のままで片付けていたのだ。
定刻にヒイロが現れ、連れ立って職場を後にする。連れて行かれたのは夜景の有名なホテルにあるバーだった。
「奢る」
そう言ったっきり、黙々と酒を飲み始めたヒイロ。ならば遠慮なくと、デュオもかなりの量を飲んだ。柄にもなく緊張したのか、普段のおしゃべりは引っ込んでしまっている。弱い方ではないはずなのに、一気に酔いがまわっていた。
見慣れた自分の部屋で目覚めて、酔いつぶれた事を思い出す。家まで送れと言った事も。ほとんど会話もなくて、本当に一緒に酒を飲んだだけだった。そういえば夜景を見なかったなと、少し惜しく思った。

珍しい事に今日、デュオは一人、自分の部屋で飲んでいた。
缶ビールを、明かりもつけていない部屋であおる。話し相手もなく、つまみもないまま大量の資源ゴミをつくっていった。どれほど飲んでも、一向に酔いがまわらない。
そういえば、とプルタブを引きながらベランダに出た。見下ろすほどの夜景はないが、丸い月が浮かんでいる。
「ほら見ろよ、お空に穴が空いてるぜ」
隣にいない、ヒイロへと呟いた。酔ってはいない。



15 いつまでも * 革命 [GW:イチニ]

我思う故に我有り
と言うなら、コイツはたぶん死んでいる。



「でさー、」

デュオはヒイロが聞いているのかいないのか、時に気にはならないらしく。
ただ黙々と目的地へ向かうヒイロへと話し掛け続けていた。

「あ、ネコじゃん」

かと思えば話は中断され道端のネコとじゃれはじめる。
食べ物を出されればマズイものとキライなもの以外は食うだろうし
快楽を与えれば反応を返すのだろう。
エージェントとして最低限の能力は持っているが、それは生きるために組み込まれた本能とかわりがない。
自我というものも、無機物へと電気信号で製作できる時代である。

「オイ、まてよ」

ネコに飽きたのか、走って追いかけてきた。

「なぜついて来る」

「…さぁ。なんとなく?」


  ああ、コイツは死んでいる


「それよりさ」

デュオはぬるい手をヒイロの手に絡めた。

そうか、ネコの次は俺か。
良いだろう、勝手にしろ。
コイツに思考するだけの脳があるのかどうか
調べるまでも無いことだろう。


死人のことなど





我思う故に我有り
と、言うならコイツはたぶん死んでる。



「でさー、」

ヒイロはデュオの話どころか存在にさえ気づいているのかどうか怪しい。
まるで他人、といった足取りでデュオのやや前方を歩きつづける。

「あ、ネコじゃん」

道端の陽だまりでまどろんでいたネコに気付いた様子もない。
メシだと言って出せばどれほど不味いものでも食うのだろう。
毒が入っていても効かない。
俺が快楽を求めればそれを与えてくれるのだろう。
エージェントとして最高の能力を持っているが、それ故に持たないものはどれほどだろうか。
今時のAIよりも無愛想。

「オイ、まてよ」

本気で無視されているのかと、慌てて追いかける。

「なぜついて来る」


ああ、コイツは死んでいる  


「…さあ。なんとなく?」

「それよりさ」

突っ立ったままのヒイロの手を、デュオが握った。
無機物だといわれれば信じるほど酷く冷たい手。

例えばコイツが俺の腹のなかに熱い精液をぶちまけた瞬間に
その事を告げられたって。
俺は信じるんだろうな。


コイツのことなんか