笹嶋は定時に昼食をとる。それは彼が時間にうるさいからだとか食い意地がはっているからではない。
「おい、メシだメシ。」
こう言って坪田が現れるからだ。そして笹嶋は坪田が現れるまでに午前の仕事を一区切りつける習慣が出来た。そして余裕があれば手ずから茶を入れて坪田を待つ。今日も早めに仕事へ見切りをつけて茶をすすりながら坪田を待っていた。
「おお、どっか外行こうぜ。」
いつもなら笹嶋の仕事机の上から書類を追い出して食事となる。二人とも大概は妻の弁当を持参していたし、そうでない日は出前で済ませていた。今日も例外なく笹嶋は弁当を持っている。
「でも、僕お弁当だよ。」
「ああ俺もだ。」
どういうことだと首をかしげる笹嶋に、どうもこうもただ単に屋外で弁当を食べたい気分なのだと坪田は伝えた。
坪田が外へ出たがったのもうなずけるうららかな陽射。
二人は建物に囲まれて坪庭のようになった一角の木の下に腰を落ち着けた。
坪田はそそくさと水筒に詰め替えてきた茶を飲み始める。
「僕の分も残しておいてよ、」
さらりと釘を刺しておいてから笹嶋は弁当を広げた。妻の弁当には必ず玉子焼きが二切れ入っており、笹嶋はそれを最初と最後に一切れずつ食べることに決めている。一切れ目を口に運んだ時、聞きなれた声がした。
「坪田中佐!見つけましたよ」
「ちぃっ、」
現れたのは浦辺。二cmほどの厚みの紙束と小さな包みを持っている。浦辺はずずいっと坪田へにじり寄って紙束を投げつけんばかりの勢いで押し付けた。
「僕の昼休み返してくださいよ!」
階級など無視して噛み付いた浦辺は勤務態度がどうだのこうだのとわめき始める。だが小言を食らっているはずの坪田は書類を脇によせ、そ知らぬ顔で弁当を食べ始めた。小言を言うのに忙しいのか、それでも諦められないのか、浦辺はがみがみと怒鳴り続けている。
「浦辺くん、」
「なんですか、ささ」
笹嶋の方へ首を回した浦辺の口の中に何かが放り込まれ言葉がとまる。
にっこり笑う笹嶋を見ながら咀嚼するとそれが玉子焼きだと分かった。
「はんぶんこ。」
二人のやり取りに見入っていた笹嶋は一口食べた玉子焼きを箸に掴んだままだったのだ。友人への助け舟ではないが、浦辺に休みを与える方法を考えた結果がこれだった。
「口に合わなかった?」
「…いえ、大変美味しいです。」
どうせだから一緒にお昼を、と当然のように笹嶋が浦辺を誘う。あきらかに渋い顔をした坪田だが、それでも浦辺が座るスペースを作った。二人に挟まれて背中を木の幹に預けた浦辺がもっていた包みを開くと、中には乾パン。重箱に入った愛妻弁当をむさぼる坪田がからかった。
「おいおい、そんなもん喰ってんのかよ」
「誰かさんのおかげでゆっくりメシ食う時間も無いんですよ!」
「おいおい、ヒトのせいにするなよ。お前の要領が悪いんじゃねぇのか?」
誰も貴方だなんていってませんけど、売り言葉に買い言葉でまた坪田と浦辺の口論が始まった。笹嶋は二人とも仲がいいなぁと考えながら自分の弁当を食べすすめる。玉子焼きが残った。一口かじって浦辺へ声をかけた。
「なんですか、あ!?」
「はんぶんこ。」
驚いたのか恥ずかしかったのか、浦辺は少し赤くなりながら玉子焼きを嚥下する。その間に手早く弁当箱を片付ける笹嶋。
「お昼休み、終わっちゃうよ?」
口論に夢中だった二人は仲良く慌てて昼食をかきこんだ。
いこい