千早の隣で、麗子は機嫌が悪かった。
どれ程かと言えば美しい子猫の毛並みを毟り取ってしまいそうなほどである。
「初姫様。乳母が探しておりますよ」
主人の登場に助かったとばかりの表情を表す千早。麗子は彼女の毛並みをガシガシと執拗なほどに撫で回していたのだ。賢い千早は邪険にも出来ず、されるがままだったのだ。
「いや。きょうはなおえとねるの。」
抱き上げようとした直衛の腕を拒否し、麗子は千早にしがみつく。
「何があったのですか、初姫様。」
まるで直衛が麗子をかどわかしたかのような剣幕で乳母が訪れたのは数刻前。初姫様はどこへ行ったのかと考えて思い当たるのは千早のもとだけだった。
「れいこはおかわいそうなんかじゃないの」
大抵の場合子供の言葉からその真意を見つけ出すことは難しい。だが直衛は麗子のその言葉だけでおおよそを把握した。
つまり、口の悪い女中達の言葉を聴いてしまった、と。
「ちはやもなおえもこわくなんかないもん。それになおえはれいこのだんなさまでしょ。だんなさまのところならいっしょにねてもいいんだから」
「初姫様。」
女中達の会話が聞こえてくるようで直衛は気分が悪くなった。更に麗子は
「れいこってよぶのよ、なおえ。とおさまもかあさまをなまえでよんでたもの。」
などと言うものだからお手上げである。
「分かりました。麗子様、」
意固地になった子供には唯々諾々と従うしかない。
「何、なおえ!」
言い分が通ったせいか、麗子は機嫌が直りはじめている。その直衛を呼ぶ様子の母親に似ていることといったら、。
妻子 12
(悪妻の日企画 提出)