窓の外を見た、室内が異様なほど暗く感じる。夏の色が好きで、それはもしかしたらいつまでも冬を好きになれないことからきているのかもしれない。とどめは去年のだろうな、と、兵藤は昨年12月の大会を思い出した。正確には大会の後、胴着のまま帰路についた先輩の後姿。雪の振り始めた夕暮れ、新城の上にだけ雪の舞い落ちない様子が記憶に焼きついている。自分の肩には薄く雪の積もっていたことも。
17 不落
('07肉企画提出)
空調の音に重なって蝉の声がしていた。聞こえる温度と感じる温度の差にめまいを覚え、兵藤は数学のプリントを放り出す。こんなものが一体いつ必要なのかと思春期には幾度となく湧き上がる疑問に、現に今必要だろうと自答してから机へ倒れこんだ。うつらうつらしている間にチャイムを聞きプリントを提出する。クラスの誰よりも先に教室を飛び出して部室を目指した。
「兵藤さん、」
「ああ、どうだった?」
部室には先に妹尾が居た。兵藤はとりあえず模試の成果をたずねる。
「回答例を見た感じではは95〜90くらいでしたけど。」
「は?うちのクラス模範解答とか貰ってないし、」
あのクソ守原、と担任を罵りはじめた兵藤に、妹尾は鞄からわら半紙をとりだして兵藤に渡す。開けば手書きの回答例。氏名欄に笹嶋定信とあった。
「笹嶋センセすげーな…。あー、俺も九割八割っぽい。」
回答例を妹尾に返して、兵藤は着替えを始めた。着替えを終えている妹尾は、返ってきた回答例を眺めながらため息混じりにつぶやいた。
「先輩ってすごかったんですね。」
妹尾の言う先輩とは新城のことだ。進学校として数えられるこの学校では、スポーツ推薦を受ける者を除いて三年生は部活動禁止と決まっている。それを全国模試で必ず10位以内に入るという条件で覆したのが新城だった。
「ま、俺はあんなの無理って言うかお断りだね。というわけで、オベンキョの気晴らしと行こうか。」
着替え終わった兵藤が竹刀を掴んで妹尾を体育館へと促した。
先輩、と声をかけられて脚を止めれば声の主は金森だった。
「新城先輩かと思いました。」
気晴らしと名づけられた部活の帰り、ついでに走りこみでもと思い立った兵藤は胴着のまま二駅先の家を目指していた。新城と間違えられたことに驚きつつ、胴着のままってかなりはずかしいぞと返事。先輩も同じ事を言っていましたよと笑われて、兵藤も笑った。
「でも兵藤さん、部活ばかりやってていいんですか。何でスポーツ推薦貰わなかったんです?」
もったいないと言いたげな金森にこれと同じだよと胴着を指さした兵藤。二拍ほど置いてああとうなずいた金森にそれじゃぁと返して走り出した。それから二拍後、もう一度金森に呼び止められて振り返る。
「新城先輩は、冬暗くなってから走ってましたよ。」
寒いのは嫌いなんだと答えながら兵藤は片手を振った。8月の6時、まだまだ昼の暑さと明るさ。肩に雪が積もらなければ、冬を好きになれるかも知れないと兵藤は思った。