06 ひとひら舞うにしき
湯飲みを抱えた漆原は少し上目遣いで兵藤と妹尾を交互にうかがっていた。その様子が癪に障ったのか、兵藤が切り出した。
「なんか話でもあんの、漆原。」
「んぶっ!」
勢い良く黒茶を噴出しむせかえる漆原。その背中を妹尾が大丈夫ですかと軽く撫でた。
「漆原きたなーい」
「兵藤さん!漆原さんも、言いたいことがあるなら言って下さいよ」
水臭いじゃないですかと言った妹尾からは聖母オーラがにじみ出している。これに対抗できるのは剣牙虎のアニマルテラピー的オーラしかない。らしい。
「…新年会で、新城さんの隣に、いた」
漆原がもぞもぞとつぶやく様にしゃべる。その手は無意味に回転させていた湯飲みを
「猪口さんがどうかしたって?」
「違うっ!反対側にいた桜色の着物のっっ」
机に叩き付けた。兵藤を睨みつける。数秒後、耳まで真っ赤になりながら続きを声にした。
「…お、んな、の…人……はだれですか」
だれですかの問いかけは間近にいた妹尾ですら聞き取りにくいほどの声量だった。
その人物に懸想したのだと漆原の首の色の赤さが物語っている。
「あー。猪口さんの奥方の、」
「もう!兵藤さん!?」
先に言っておこう。兵藤は悪くない。少なくともこのときはもちろんまず間違いなく猪口さんの奥方の着物を着た西田だと漆原に伝えるつもりだったのだ。ならば妹尾が悪かったかというとそうでもない。彼は兵藤がこの手の冗談をよく言うことを知っていたし漆原がそれを信じてしまうことも知っていたのだ。だから兵藤の言葉を切った。しかしそれによって兵藤にいらぬ心が生まれてしまったことを思うと妹尾が悪いのであるがいらぬことを思いつく兵藤が悪くないわけはない。結局は新年会に遅れてきた挙句色恋に目を眩ませた漆原が悪いのだマル。
「え、あ。そう、ですか」
真に受けた漆原は途端に肩を落した。
「嘘だよウソ。」
漆原は生気を取り戻して声を大にして問う。
「じゃあ一体誰…」
「ホントは新城さんのあいじn」
「もーまた!」
「うぅ…そう、ですか」
とまぁ、どこからそんなに湧き出てくるのか、出るわ出るわ兵藤の口からでまかせ。さらに2、3回このやり取りを繰り返した後、業を煮やした妹尾が兵藤をどうにか押しとどめて真実を伝えた。
「西田さんですよ!」
ところが漆原は羹に懲りて膾を吹く・疑心暗鬼を生ずるといったまぁかわいそうな状態に陥ってしまったので我らが聖母・おにぎり妹尾の言葉すら信用できなかったのだ。
「妹尾まで!もういいよ新城さんに訊くから」

「ん?あぁ。西田……の妹だよ」