ザクッザクッザクッザクッ………。
砂粒を踏み締める音だけがあたりに響く。
脳天を焦がすような日差しや、頬を焼くような熱風も無い。
二つの欠けた月が高くのぼり、深い闇を淡く照らす。
そんな静かな夜。
ヴァッシュは、そっと気配だけで後方の様子を伺った。
自分が立てる音とは少し違うものが、確かにそこに在る。
そんなに体躯の差は無いのに、それが大きく聞こえるのは。
男が、驚くぐらい重くて巨大な物を背負っている為か。
あるいは自分が、男の立てる音に過敏に反応している為か。
はたまた……
(………もう、勘弁して欲しいよ……)
男は何も言わずについてくる。
付かず離れず、後方数メートルの距離をキープしている。
たとえ振り返ってみたところで、その視線は黒いサングラスに覆われ、
計り知れないだろう。
いっそのこと、今、この瞬間、全力疾走をして逃げ出してみてはどうだろう。
そんな考えも脳裏を過ぎる。
不意打ちをかけた分と、相手は重い銃器を抱えて走る分。
身軽なこちらに分があるのではないか。
……しかし。
「!」
背後から聞こえた溜息のような音に、ビクリと小さく身体が震えた。
前髪をほんのわずかに揺らすぐらいの緩やかな風。
それに乗って、男が燻らせた紫煙の匂いが鼻腔を掠めた瞬間、
身体中が何かに絡め取られた。
背中が全て目と耳になったように、背後の男の一挙手一投足に神経が向かっている。
捕らわれているのだ、完全に。
逃走計画は、一瞬で打ち砕かれた。男の吐息一つで。
歩みを止めることも、振り返ることも、声を発することも出来ず。
ただひたすら月の照らす白砂を踏み締め続ける。
その音に紛れ込ませるように。
絶対に気取られぬように。
ヴァッシュは一度だけ、小さく小さく溜息をついた。
小さくコツンとカウンターを叩く。
すると、コクリコクリと舟をこいでいた年配の男がハッと目を覚ました。
「部屋はあるかい?」
時間が時間なだけに、声を潜めて極めて穏やかに問う。
ようやく辿り着いた小さな街の、これまた小さなホテル。
街中捜してもおそらく一軒しかない宿屋であろう。
野宿は慣れているが、それはまわりに砂と岩場しかないところで夜を明かさねばならぬ、やむを得ない場合であって。
こんな時間とはいえ、街に辿り着けたのなら。
しかも屋根とベッドと食事と、運がよければシャワーにありつける場所を見つけたのなら。
縋るような瞳で受付に居る男を見つめる。
このホテルの主人であろう壮年の男は、ヴァッシュを上から下まで一瞥した。
そして、視線を後ろへ走らせる。
「……一部屋?」
「はっ!? えっ、あ、いや……」
「二部屋や。空いとるな」
低い声が、ヴァッシュの声を遮った。
ゴトリ、と背後から音がして、わかっていたのに肩を震わせてしまう。
男が抱えていた物をおろした音だ。主人の視線がそこに集中している。
身の丈ほどある巨大な十字架。
それを抱えるのは、咥え煙草な上、サングラスで表情を隠した黒スーツの男。
自分だって真っ赤なコートに身を包み、色こそ違えど同様にサングラスをかけている。
が、それでもおそらく。
全身から不穏なオーラを出しまくっている男よりは、まともに見える……ハズだ、多分。
「…………」
主人は、自分と背後の男を代わる代わる見つめ、深い溜息をついた。
やっぱり駄目か、野宿決定……と頭を垂れかけた時。
チャリ、と目の前に茶色の塊が置かれた。
「……あっ」
「厄介事は御免だ。隅っこの角部屋でいいか」
顔を上げると、苦虫を噛み潰したような顔をしている主人がいた。
その手の中には部屋の鍵が握られ、受付のテーブルに置かれている。
「も、勿論! 厄介事なんてと〜んでもない。平穏無事が一番。この世はラブ&ピースで溢れていますよ」
「………前金で頼むよ」
「ハイハーーーイ♪」
笑顔で鍵を受け取ろうとしたところを、直前で引っ込められてギョッとする。
主人は再び大きな溜息をついた。
「何かあったら……」
「な、何か……って……なんでしょう?」
ジロリ、と睨まれる。
「部屋のすぐ横が裏口だ」
「……………………ワカリマシタ」
未だ渋い顔をしている主人から鍵を受け取り、静かに足早に指定された部屋へ向かう。
古びた廊下を進むと他の部屋とは違う、ちょっと奥ばった造りの場所に目的地はあった。
見てみると、主人が言った通り部屋のすぐ隣に扉がある。
此処を開ければ、宿から裏通りへ出られるのだろう。
もし………図らずしも厄介事が起こってしまった場合には、
ここからとっとと出て行ってくれ。そういう意味なのだろう。
そういうことが、以前にもあったに違いない。
そう推し量れるような態度だった。
「…………オイ」
納得して自分の部屋へと足を踏み出しかけた時。
低い声に呼びとめられてギクン、と身体を強張らせた。
「な……ナニかな〜?」
ギギギッと音がしそうなくらい不自然に振り返ると、ぬぅっと大きな掌が伸びてきた。
「………鍵」
「えっ、あっ! あぁ、そうだね、うん。これ、どうぞ!」
言われて初めて、自分が二つ分の部屋の鍵を握りしめていたことに気づく。
慌てて鍵を差し出すと男は無言でそれを受け取った。
「じゃあ……」
ギクシャクと男に背を向けて、自分に与えられた部屋のドアへ手をかけた瞬間……
「トンガリ」
「は、はいっ!」
思わず背筋を伸ばして『気をつけ』をしてしまった自分に向かって、男は更に続けた。
「ようやく色々片付いたんや。今夜はこっちで一杯ぐらい、やってくやろ?」
「え、いや、その……えっと……」
恐る恐る振り返ると、チャリ、と手の中の鍵が目の前で振られる。
男の口元は、緩やかなカーブを描いていた。
「やってく、よなぁ?」
しかし、その声は。
今まで聞いたどれよりも優しく、穏やかで。
「…………………………………………ハイ」
地の底を這うほど、低かった………。
小さなショットグラスに注がれた酒を、ちびちび口へ運ぶ。
その合間にそっと視線をあげると、男がクッと一気にグラスをあおるところだった。
普段見えない喉元が露わになって、ドキリ、と胸がはねる。
「久しぶりやなぁ」
「え、あっ、うん。そうだね………」
言葉には他にも意味が含まれているような気がして、少し慌てるが、
男は意外と平然としている……ような気がする。
「しばらく会ってへんかったから忘れとったけど、思い出したわ。小さな騒ぎもオドレが絡むとメガトン級になるってな。」
「そ……そんなコトは……」
やっぱり……気がしただけだった。どうやらこの男は自分に訴えたいことがあるらしい。
「無いとは言わせんで。相変わらずあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。厄介事ばかり起こしとるんやろうな」
「ひどいなぁ。そんなこと無いよ。久しぶりに会ったってのに、キミの方こそ相変わらず失礼だな」
中身が空になったグラスを置こうとすると、間髪いれず次を注がれた。
男が目の前で、クイッと飲み干したので、思わず勢いで自分も一気にグラスをあけてしまう。
喉元をかぁっと熱が通過して、腹の底にたまった。
「事実やろ。オドレ、人類初の局地災害指定にされて、600億$$の懸賞金までかかっとるやないか」
「うっ!」
「おどれが通った後は、草一本生えとらんっちう話やないか。ちょっとは人の迷惑を考えて大人しくしとれっちうんじゃ」
「草一本〜……ってのは単なる噂だろ。そんなの信じてんのか?」
深い溜息と共に一気に不満をぶつけられ、さすがにカチンとする。
自分は酒には強い筈だが、今日は何故かまわるのが早いように感じた。
頬がじわじわと上気する。
いつもこうだ。
この男の傍にいると、つい自分を隠せなくなる。
そのことがやけに腹立たしくて、更に酒をあおった。
「強盗の助っ人をしてた破戒牧師には言われたくないね。お前、ほんとに聖職者かよ」
「仕方無いやろ。こっちかてな、男の事情ってヤツがあるんや。そもそもオドレが好き勝手投げたサイコロのせいで、いっつも大迷惑や」
胸元から出した煙草を咥え、わざとらしいほど深い溜息と共
に紫煙を吐き出す男を睨みつける。
「キミには関係ないだろ! だからついて来るなっ、て……」
自分が言い放った言葉に、一気にまわりの温度が下がったのを肌で感じた。
しまった! と口を押さえても、もう遅い。
「……ほぉ〜〜〜っ」
「あ、いや……えーと……」
「『関係ない』、やと?」
目の前の男からおどろおどろしいオーラが溢れ出している。
「ワイは『関係無い』奴の為に車走らせたり、流砂に飛び込んだり、強盗団に突っ込んで雑魚共を蹴散らしたりしたんか」
「ご、ごめん、その、違うんだウルフウッド……!」
慌てて謝るが、男は聞こえぬふりで自分のグラスに並々酒を注いで一気に飲み干した。
タン! とテーブルにグラスを置く。
グラスが割れるんじゃないかと思うような勢いに、謝罪と言い訳の続きが完全に遮られた。
ゆらり、と男が椅子から立ち上がる。
座る場所が無くてベッドに腰かけていた自分に顔を向けたので、ビクンと身体が竦み上がる。
男はゆっくりと口角を上げた。
それは表情の分類からいくと『笑』にあたりそうだが、どう考えてもそうは思えなかった。
かけていたサングラスを外し、その瞳の色を見た瞬間、凍りつく。
「…………やっぱ、ヒネる」
「は……えっっ!?」
「後で『ヒネる』て言うたやろ、もう忘れたんかい」
「あ、いや、その……まさか……」
身体を横へずらして少しでも男から遠ざかろうとする。
しかしコートの裾を自分で踏んでしまい、上半身がベッドへ倒れこしまう。
慌てて起き上がろうとしたが、あっという間に押さえ込まれて上から覗きこまれてしまう。
「手加減せぇへんで。覚悟しとき」
そう言って形だけは笑った男の口元から、その名に相応しい鋭い牙がのぞいていた。
「……ぁっ、も……無理、だっ………」
もう何度絶頂を迎えたかわからなかった。
身体の中も外も二人分の体液でどろどろに濡れそぼっている。
男の上に跨る形で脚を左右に限界まで開かされ、最奥を熱い楔で深々と犯されていた。
身体を支えきれずに倒れこみたいのに、意地悪な男はそれを許さない。
「無理、ちゃうやろ?」
「んんっ! は、あ、あぁっ………!」
大きな手の平が、踝から膝裏を掠め、脚の付け根へとゆっくり上がっていく。
達するたびにもう限界だと思うのに、この男に触れられた部分は、次から次へと新たな快楽が湧きおこる。
それが証拠に白濁を放って柔らかくなっていた中心には、もう芯ができ、硬く勃ち上がっている。
その先端からはとろとろと粘り気のある液体が溢れ出していた。
「アカンなぁ。こっちは仕置きのつもりやのに、そんなに悦ばれたら調子狂うわ」
「よ、悦んで、なん、かっ……ん、んんっ!」
あまりの言い草に眉間に力を込めて思い切り睨もうとした。
しかし不埒な指が器用に感じる部分を探し出し、それを邪魔する。
脇腹を覆う鉄板の隙間を撫でられ、下腹へと広がる傷跡に爪を立てられ、内股の際どい部分を引っ掻かれた。
全身の感覚が鋭敏になって、どこを触られても感じる。
あと少しでイけるのに、決定的な刺激が無いのでぎりぎりのところで達することができない。
身体の内部でとぐろを巻くどろりとした欲望が、どこまでも奥深く計り知れなくて戦慄する。
「ひぃっ! …っく……ん、あ、あぁっ……は………」
首を左右に振ってできるだけ耐えようとしたが、身じろいだ弾みで内部に埋まった男の屹立を締め付けてしまい、更に追いつめられてしまう。
かと言って好き勝手に腰をくねらせ、自分で慰めながら極めるなんて出来る筈がないし、したくもない。
だが、延々と続く苦痛にも似た快楽に、やせ我慢も限界を迎えようとしていた。
「……ぁ、ウル、フ……ウッド……」
懇願の眼差しで見下ろすと、呼ばれた男は片頬を吊り上げた。
「あぁ、悦えトコに刺激が足りひんのやな」
図星を指されてかぁっ、と頬が熱くなる。
しかし、そこを撫でられて、小さくだが素直に頷いてしまう。
頬からゆっくりと手が離れ、下方へ降りていく。
ようやく望んでいるものを与えられる、そう思った瞬間。
「じゃあ、どこを『捻って』欲しいん?」
「……えっ!?」
「おどれの好きなトコ、全部したるわ」
ウルフウッドはニッコリ笑って、信じられないような言葉を口にした。
「な……で、おま……そんな、意地悪……」
「言われへん?」
「…………」
「はぁ〜っ……ほな、しゃあないなぁ………」
男は、わざとらしいぐらい大きな溜息をついた。こちらに手を伸ばす。
伸びてきた指先に、傷だらけな胸元の僅かな飾りをつままれた。
「いっ……は、あぁっっ……!!」
きゅ、と力を込めて抓られて悲鳴のような嬌声をあげてしまった。
鋭い痛みと、それをはるかに凌駕する爛れそうな快楽に眩暈がする。
「お、なかなかええ表情するやん」
「んぁっ! ……は、うっ……」
「おどれが好きそうなトコ、探したるわ」
熱を持ったまま、未だジンジンと痺れている尖りを爪ではじかれた。
その後、するりと指が後方へまわってギョッとする。
「ん〜? 違うんかな。さぁて、お次は……ココか?」
「や、ぁああっっ!」
身じろぐ間もなく、押し広げられて薄くなった皮膚を抓られた。
ビクン! と大きく身体が震え、後ろに力を入れてしまう。
男の硬さと形をありありと感じて、腰の奥が甘く痺れた。
頭を必死に振って衝撃に耐える。前からは、とぷり、と濃度の増した蜜が溢れた。
「あれ、やっぱ違うんやなぁ。あとはどこやろか?」
内股をくすぐり、脚の付け根へ辿りついた不埒な指が、硬く勃ちあがったモノの下でふるえている双球に辿りつく。
「お、すごいなぁ。ぱんぱんになっとるで。ココとか思いっきり捻ったら、白いのだけやのうて別のモンも出そうや」
「ん、んんっっ! いや、だ……触ん、なっ……」
「嘘つけ。前からはめっちゃ垂れよるし、後ろはキュウキュウ締まってきよるし。気持ちよぉて堪らんやろ?」
丸みを帯びた形をなぞって緩めに揉みしだかれる。
「あぁっっ…は、あっ、あああっ!」
「ふぅ〜、ココも違うんか。あとは………どこやろ?」
するりと離れていこうとする意地悪な手をつかまえる。
「なぁ、頼む、から……も、うっ………」
「久しぶりやから、ようわからんねん。やから……教え?」
「…………っ………」
羞恥の余り気を失いそうになる。
しかし、もう限界だった。
ぎゅっと目をつぶって、ウルフウッドの指を自分の張り詰めた欲望に押し付ける。
「では、ご要望にお応えして……」
男の指が、幹をぎゅっと絞りあげた後、先端のくぼみ部分をきつく捻りあげた。
「ひぃああぁああああああああっっ………!!」
白濁液を男の腹にまき散らす。
気の遠くなるような我慢の末の放出は、下肢が瓦解するかと思うぐらい鮮烈で長く長く続いた。
その後も散々啼かされ、堕とされて。
最後には意識を飛ばした自分を目の当たりにして、流石に少し悪いと思ったらしい。
男は汚れた身体を清め、せっせと水分を運び、隣の部屋から剥ぎ取ってきた真新しいシーツに替えたベッドへ運んでくれた。
息も絶え絶えだった状況から、少し復活したのを見て少し安心したのか、ようやく男はベッドから離れた。
「? 何か落ちたよ」
煙草を吸うためにウルフウッドが引き寄せた黒い上着から落下したものを見つめる。
立体的なそれは、そのまま木の床を転がって停止した。
しかし男はそんなことは気にせず窓辺で煙草を咥え、火をつけて一服している。
全く拾う気が無いのがわかったので、できるだけ体勢を変えずにベッドから手を伸ばす。
「ん……っと、あれ、これって……」
淡い月明かりに中、手に握りこんだものは見覚えのあるものだった。
「サイコロ? キミ、こんなもの持ってんだ」
「あぁ、ちゃうちゃう。それキャラメルや。盗賊の頭が好きみ
たいでな。しょっちゅう食うとったわ」
「え? あ、ホントだ!」
「いらん、ちうたのに押し付けられたんや。オドレにやるわ」
よく見ると箱型のそれは開けられるようになっており、中身は男の言うとおりキャラメルだった。
蓋を閉め、手の中でサイコロをころころと転がしてみる。
「……………」
「おい?」
「え、あっ……なにかな?……」
くるくると出目が変わるサイコロに、つい見入ってしまった……わけではなく。
ふと思いの底に沈んでしまっていた。
「何や、やっぱシンドイんか?」
眉を顰め、ウルフウッドが咥え煙草のままベッドへ近づいてくる。
「違うよ、平気……ホントに大丈夫だから……」
気遣って指をこちらへ伸ばそうとするので、慌てて身体を起こした。
甘い痛みや後を引く痺れがあちこちに残っているが、それを顔に出さないように微笑む。
「じゃあ……何や」
「え?」
「オドレがその辛気臭い笑い方したときは、何かあるんやろ。言うてみい」
「!」
男はじっとこちらを見据えていた。言い逃れも何も出来ぬ、その強い視線に。
一度は誤魔化そうかと思案を巡らせたが、叶わなかった。
かなわないなぁ、と思う。
覚悟を決めて、手の中にあるサイコロを床へと放る。
再びころころと転がったそれは、赤い目を上にして止まった。
「………俺はさ」
視線を上げぬまま、呟く。
「これまでにもたくさん、サイコロを投げてきたんだ」
「………そう、みたいやな」
男が溜息と共に紫煙を吐き出したのがわかって、ますます顔が上げられなくなった。
「でもさ。キミも言った通り、我ながら出目はかなり悪い方だと思うんだよなぁ、これが!」
しかし、出来るだけ平静を装って軽い口調で言う。
でないと、この後言わねばならない大切な言葉が出てこなくなりそうだからだ。
「だから………」
胸の奥が軋むように痛む。ぐっ、と力一杯奥歯を噛み締めた。
今回出来事には、最後の最後にほんの少し救いがあったから良かったのだ。
強く、美しい瞳を持つ女性は、母の託した思いを受け継ぎ、父親を救った。
ガスバックからアメリアの母へと渡されたものは、『希望』。
未来へ繋がる希望(アメリア)という名の救いが、長い年月暴走を続けた男を止めたのだ。
それでも。
自分の投げたサイのせいで。
悲しんだり苦しんだりしている人がいるのは、間違いない。
今、この瞬間もだ。
飛んできた手配書に書かれていた顔と名前を思い浮かべる。
これからもきっと、自分が投げたサイコロを追うような旅を続けていくだろう。
予測不可能で危険やトラブルや災難まみれ、そんな旅を。
だからこそ。
「俺について来な………い〜ふぇふぇふぇっ!(イテテテッ)」
ようやく決意して顔を上げた瞬間、強い力で口角が引っ張られた。
驚いて振り払おうともがく前に、口の中へポイポイと何かが投げ込まれる。
拘束が解放されようやく閉じた口内には、じわりと甘みが広がった。
「んん!?……これ、キャラメル………?」
驚いて男を見つめる。
ウルフウッドもまた、手の中でサイコロを転がしていた。
「なぁ、トンガリ」
「え、何?」
ぴたりと手を止め、サイコロを目の前に突き出される。
「この目、なんぼ?」
「は?」
「ええから!」
「……………『1』」
強く促され、訳がわからずぼそりと呟くと、男はわざとらしくうんうんと大きく頷いた。
「ほな、この裏は? なんぼ」
「……『6』」
「じゃあ、『2』の裏は?」
「『5』でしょ」
「『3』の裏は?」
「『4』……って、何なのキミ!?」
至極当たり前のことを聞かれ、何事か問おうとするのを手の平一つで男は遮る。
「そや。サイコロは表と裏、その目を足したら全部『7』になるんやで」
「うん、そうだね」
「おいおい、『7』やで、『7』。ラッキーセブンやないか」
「…………だ、だから何だよ」
言葉の意図が未だ読めず眉間にしわを寄せると、男は楽しそうにニヤリと笑った。
「まだわからんか。おどれが放ったサイコロの出目がどんなに最悪でもな………」
言いながらウルフウッドはサイコロを放った。ころころとそれは床を転がっていく。
「えっ……あ………」
それは、先ほどヴァッシュが転がしたサイコロの横で、ピタリと止まった。
出目は………『6』。
「ホレ、見てみぃ。ワイがその横でサイを放れば、最悪どころかラッキーセブンにだってなるかもしれへん」
茫然としたままサイコロを見つめていると、それを拾い上げた男がベッドに腰かけた。
手の平にその二つを落とす。
それを慌てて受け止めて、そのサイコロと男の顔を代わる代わる見つめる。
「なぁ、ワイお得やろ? 男前で強うてその上、床上手! おまけに幸運まで引き寄せる牧師さまや」
「よ、よく言うよ……」
声が掠れそうになるのを必死に堪える。
「そやから『関係無い』だの、『ついて来るな』だの言うたら、バチ当たるで」
「……………………うん」
長い長い年月。
自分が信じた道をたった一人で歩いてきた。
これからもずっと一人で歩いて行くと思っていた。
それなのに。
目の奥が急に熱くなって、慌てて瞳を閉じる。
すると、頭を引き寄せられ、白いシャツの胸元へ押し付けられた。
軽くポンポンと頭を叩かれる。
「何だか……キミが優しいと気味悪いな」
「ふん、アホぬかせ。ワイはいつも優しいやろが」
耳に響く声が心地よくて。
そのぬくもりが嬉しくて。
ふわりと胸の中が温かくなる。
「…………あ、鼻水たれた」
「あっ!? シャツで拭くなドアホ!」
「チ〜〜〜〜〜〜ンッ」
「かむなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
死神、とか悪魔、とか呼ばれている自分だから。
こんなことを思ってはいけないのかもしれないけど。
今だけ、ほんの少しだけ。
「………好きだよ、ウルフウッド」
「………………」
「あ、照れてる?」
「! やかましいクソガキッ、さっさと寝れっ!!」
幸せ、ってもしかしたらこんな感じなんだろうか、なんて。
思ってしまうのを………どうか赦してください。
ザクッザクッザクッザクッ………。
砂粒を踏み締める音があたりに響く。
脳天を焦がすような日差しが降り注ぎ、頬を焼くような熱風が吹き抜ける。
太陽は天高くのぼり、白い砂丘を照らしだす。
そこに、二つの色濃い影があった。
「………なぁ、ウルフウッド」
「あ? 何やトンガリ」
真っ赤なコートを着た青年が黒スーツの男に呼びかけた。
咥え煙草のまま、男はこちらを向いた。服と同じ色のサングラスが僅かに透けている。
「なぁ、もしもだよ。俺が投げたサイコロの目が、運悪く最悪だったとして……」
「まぁ、局地災害指定されて600億$$の賞金首になっとるおどれの場合、十中八九そうやろな」
さらりと言う男の言葉にちょっとカチンときながらも、それは抑えて続けることにする。
「その後、キミが投げたサイコロも最悪だった場合は……どうする?」
うかがうように男の瞳を覗きこむ。
すると、一瞬目を丸くした後、男はニィッと笑った。
「まぁ、そん時はしゃあない。二人でケツ捲って逃げたらええやん」
「に、逃げるのかよ!?」
「ほな……蹴散らして、握り潰すか」
「怖いよ、お前。もっとラブ&ピースでいきましょうよ!」
でも、これだけはわかる。
多分、これからもきっと。
自分が投げたサイコロを追うような。
そんな旅を続けていくのだろう。
良い目が出るか、悪い目が出るか。
全くわからない。
それで、もし振って出た目が最悪であったとしても。
きっと隣を歩いてくれるこの男が、次のサイを投げてくれるに違いない。
「おい、トンガリ! ぼやっとすんな。日が沈むまでに次の町まで行くで。三日連続野宿は勘弁や、しっかり地図見てナビせぇよ」
「………あれっ!」
「? 何や」
「ごっめーん。地図反対に見てたよ。逆。町って全然逆方向」
「なっ!? ……こ…の、クソトンガリーーーーーッ!!」
『幸せ』という名の希望にかけて
物語(たび)は、どこまでも続いていく。
END
劇中の牧師「ひねる」発言で、コレしか考えられなかったんすよ!(笑)
勢いで書いてしまいました。えへー。楽しかったです。WV最高vvvvv
二人の幸せのカタチをこれからもボチボチ描いていけたらいいなと思います。
読んでくださってありがとうございました。
ブラウザを閉じてお戻りください
→ NEXT KAGUYA’S STORY